16 一人目ですネ
「【幸運のサイコロ】?」
効力を説明すると(もちろん、きちんとデメリットも説明した、簡潔にではあるが)そんな便利なアイテムがあるのか、と今日何度目かの驚きをあらわにするハウザー。【幸運のサイコロ】は課金アイテムであるから、もしかしたらこの世界には存在しないのかもしれない。だからといって、せっかく使えるアイテムがあるのに使わない、という選択肢はもちろん秋良にはない。そしてハウザーにももちろんのこと、無いようだった。
「使えるものは使うのが俺のポリシーだ」
なければどうしようもないが、あれば使う、と堂々と言い切った。
「だよな」
あるのに使わないなんて意味がない。アイテムとは使ってこそ意味があるのだ。
「それはいいがな、何で俺がサイコロ振る役なんだ?」
「?だって、使えるものは使う、でしょ?」
わざわざ自分がリスクを冒すことはない。なぜなら今はそこにハウザーがいるからだ。
「‥……鬼か、お前は」
唸って、頭に手をやる。なぜだろうか。普通だよな?
押し問答の末、結局ハウザーがサイコロを振るはめになった。初めからこうなる予感はしてたんだ、というハウザーの負け惜しみは聞かなかったことにしておこう。
「振るぞー」
秋良が魔法をかけ終わったと告げると、ものすごいやる気のない声と、やはりやる気のない顔で、適当にサイコロを投げる。
こん、こん、こん、と何回か床をはねてサイコロが転がる。
「お」
「あ」
「大当たり」と「大外れ」の合間でゆらゆら揺れていたさいころがピタリと止まった。
「「大当たり」だ。よかったな」
「なんでお前そんながっくりしてんだ」
何となくがっくりとした気分で呟いた秋良に、ハウザーが鋭い視線を投げかける。
「えー、気のせい、気のせい。被害妄想じゃない?」
「・・・・・・・・そうか?」
疑わしげな視線を避けて、早速宝箱を開けよう、と努めて明るい声を出す。
納得したのかも早あきらめの境地に達したのか(おそらくは後者だろう)ハウザーは一つため息をつくと宝箱を開けた。真ん中の、一番豪華な宝箱である。
中には、手のひらサイズくらいの鏡がひとつ、しまわれていた。
「ばっちりじゃないか。さすが【幸運のサイコロ】いい仕事してますねー」
一発目で引き当てて、機嫌良く秋良が鏡を取り出す。
「おいおい、俺にも少しは感謝しろよな」
危ない橋を渡ってやったんだから、といわれて、確かにその通りだとうなずく。
「そうだな。じゃあ魔法技能【守護障壁】【強化レベル六】【全ステータスアップver3】を掛けといてやるよ」
「なんだそりゃ」
「つまり守りの魔法と強さアップの魔法ってこと。効果は丸二日」
「そんな便利な魔法が使えるのか」
その言葉にこそ、秋良は驚いた。むしろ、使えないのか。強化魔法さえ?肉体強化魔法は悪魔族が得意とする魔法だったはずだが。
「はあ?使えねえぞ。そんな便利な魔法使えたらかなりいろいろ便利だがな。障壁魔法は高位神官なら使えた気はするが」
少なくとも肉体強化なんて言う魔法は聞いたこともない。
「あ、そうなの?」
いろいろ使い勝手のいい便利な魔法なのに。
「あとで教えてくれ」
もし覚えれるようなら覚えたい、というハウザーに秋良は快く了承した。教えるのはたやすいし、ハウザーは魔法の素質がかなりあるから(悪魔族なため使える魔法は限られるだろうが)簡単に覚えられるだろう。世話になっているし、これくらいはな、とたまには殊勝なことも考えられる秋良なのだった。
そのあと、二人は片端から扉を開けたが、行方不明者はみつからなかった。
「この階にはもういないんじゃないか?」
「そうだね。もう一つ部屋が残っているには残っているけど」
なるべくなら、開けたくない扉である。
この扉の奥には、最強の魔獣と呼ばれる【ドラゴン】が。それも、レッドドラゴンとかブラックドラゴンとか、ホワイトドラゴンとか『色』のつくドラゴンだって十分に強いのだが、それよりもさらに強い、古代の神龍の末裔といわれるエンシェントドラゴンと呼ばれる種なのだ。
「だから何でそんなのがこんなところにいるんだ」
エンシェントドラゴンはグリフォンよりもさらに貴重で、高い山の頂にしか生息していない。基本的に山から下りてくることはないし、ヒトでは到底たどり着けない高地のため、目撃例はないに等しい。伝説も伝説、おとぎ話の中でしか語られることのない存在なのだ。
しかしながら、ゲーム中には何体かボスとして出現させていたし、高地に行って倒すことができれば召喚獣として使うことも可能だった。個体数もそれなりに用意はしていたし。イベント上ではあるが街におりてきていた個体までいたほどだ。しかも、そういったエンシェントドラゴンがらみのイベントはそこそこの数があったのである。
「昔はそこまで貴重ってわけでもなかったんだよ」
この塔にエンシェントドラゴンを入れ込んだのは、単なる悪趣味といえるだろう。つまり、『何となく』入れたかっただけで、大した意味はない。そして今、大いに後悔している。
だが、ある意味、エンシェントドラゴンで幸運だったともいえるのかもしれない。彼らは一様に知能が高く、ヒトの言葉を話すので、会話が通じるからだ。だが彼らはプライドが高く、頑固で尊大だから、あまり秋良とは合わないのである。話をするのも面倒なのだ。疲れるから。
しかし、一応開けなくてはならないだろう。もし行方不明者が食べられていたり、殺されていたりしたら…‥…どうしようか?
「とにかくあけるぞ。問答無用で襲いかかってくることはないんだろ」
「たぶんな」
それでも用心のためと、攻撃魔法は直ぐに使えるようにウインドウは開いておく。少なくともゲーム中の塔攻略では扉を開けたとたんに襲いかかってきたはずだ。いくつものパーティーが全滅して、一時公式掲示板が炎上したこともあったほどなのだから。
し か し
扉を開けて、ハウザーがピシリと固まる。彼の横あいから部屋の中を覗き込んだ秋良も目を丸くしてしまった。
そこには驚きの光景が広がっていたのだ。
床に広がる、透き通った赤い水。
立ち上る、甘い香り。
水の上に咲き乱れる、赤い花々。
中央には、一人の美しい青年と、中年の熊、もとい熊のようなむくつけき大男が仲良く座ってお茶を飲んでいた。
風景に、一人だけ溶け込んでいない、中年。
ダンディーなおじさま、とかでなくて、ひげぼうぼうの、ここまで加齢臭が漂ってきそうな、いかにもなおっさん。
はっきり言おう。
この美しい風景の中で、浮いている。激しく浮いている。どうあがいても、贔屓目に見ても、合わない。眼をそらしたくなるような、消えろと罵声を浴びせたくなるような、むしろ、逆に哀れを誘うような。
そして、彼こそがおそらくは行方不明者のうちの一人なのだろう。四人のうちの誰なのかまでは分からない(名前と職業は聞いたが、容姿までは気かなかった)が。
「隊長・……」
呆然と、ハウザーがつぶやくと、その声にようやくこちらに気づいたかのようにおっさんが振り向いた。
ちなみに青年のほうはとっくに気づいていて、『邪魔するな』とばかりに睨みつけてきていたが。
「知り合い?あの熊‥…じゃなくて激しく浮きまくってるおっさん」
「ああ。レナート王国第一騎士団の元隊長だ」
「へえ、その隊長さんがこんなとこで何してんだろ」
あの青年はおそらくこの部屋の主、エンシェントドラゴンだ。この美しい光景は彼の魔法で創りだしたものなのだろう。しかし、一体何がしたいのか、さっぱりわからない。
「あのさあ、どっちでもいいけど、とりあえず説明してくんない?」
秋良が声をかけると、青年がけだるげに髪をかきあげて仕方なさそうにため息をつく。
「どうぞ、こちらへおいでください、我らが神よ」
冷え切った冷たい声音で、秋良を招いたのだった。




