14 ダンジョンですネ
ダンジョンです。
初ダンジョン。
まださわりだけですが・…
「あ、暑い……」
絶え間なく、噴き出す汗。
げんなりした顔で、ひたすら汗を拭き続けるハウザーに対し、こっそり【涼風】魔法をかけている秋良は涼しい顔だ。ハウザーに魔法をかけないのは、この魔法が、他人には掛けられないからだ。
濃い、緑の匂いがする。
絶え間ない、虫の声と、頭上を飛び交う大型の影。
目の前には、高い高い、苔むした塔。
深い、熱帯のジャングルの奥に、彼らはいた。
リャーナと両親は、彼らがしばらく留守にすることをあっさりと了承した。そんなわけで、装備などを買い足すと、すぐに栞を発動させたのだ。そして栞の効果により、一瞬のうちにこの地に転移をしていたのである。
「おい、確かさっきまで季節は冬だったはずだよな。何で俺たちは一瞬のうちにこんなところまで移動してんだ?!そもそも一体全体ここはどこなんだ!」
何一つ説明もなく、ジャングルに来させられたハウザーが秋良につかみかかる。
「えー・・・・・・説明、いる?」
面倒臭い、とその顔に書いてある。いや、一応説明をしなかった理由はある。つまりは、詳しく説明して来てくれないと困るなーとか思ったため、説明なしで無理やり連れてきたわけで。
どっちにしても鬼畜には違いない。
それはともかく。
「簡単に云うと、あの栞はマジックアイテムで、触るとこの場所へ誘われるわけ。このジャングルからは出ることができないようになってるからまあ、ジャングルで野たれ死んでなければ塔の中に行方不明になった四人はいるんじゃないかな」
「簡潔にまとめすぎなような気がするが、いいだろう。だったらさっさと塔の中に入るぞ。暑くてたまらん」
秋良も異論はなかったので、二人は早速塔の内部に足を踏み入れた。
扉をあけると、カビ臭い臭いが鼻につく。
かなり広い何もない部屋が広がっていて、部屋の三方に重厚な扉がある。
『これはこれは』
どこからともなく響いた声に、ハウザーが身構えるが、何者の姿もない。が、かなり大きな気配を感じる。ハウザーも構えを崩すことなくあたりを警戒している。
『お久しゅうございます。【暁の神】よ』
どこか楽しげな、若い男の声に、秋良は首をかしげ、ハウザーは驚きに満ちた眼を秋良に向ける。
「【暁の神】だと!?」
「知らないよ、何、それ」
問い詰められても首を振るしかない。秋良には本当に覚えがないのだ。
『おや、今回の貴方様は何も知らぬと見える』
揶揄するような嘲笑するような声。けれど、わずかに混じっていたのは、憐憫だろうか。
「‥‥…君は、オルセイリュート?」
この塔にいて、こんな芸当ができるのは、塔のボスであるあの悪魔しかいないだろうと見当をつける。
『‥……』
その沈黙を、秋良は肯定ととった。
「ずいぶんといろいろ知っているようじゃないか。ぜひ俺の疑問に答えてほしいものだね」
皮肉を交えて言うと、かすかに苦笑した気配がする。
『そうですね。私を含め四つの【幻惑】の管理者と、特殊ダンジョンの七人の神はすべてを見てきて、すべてを知っておりますよ。彼の、本物の【悪魔】に対抗すべく一番初めの【時】に、そう設定したのはあなた自身だ、【暁の神】よ』
「‥‥…意味がわからないな。【悪魔】に本物も偽物もないだろう?それに特殊ダンジョンとは最終ダンジョンのことか?あれなら八つあったはずだろう。ラスボスに設定した【神】も八人のはずだ」
『‥‥…八人目は【氷雪の神】でしょう。あの方は‥‥…』
そこまで言ってしばし沈黙すると、再び声が響く。
『いえ、今の段階でこれ以上私が告げることは許されておりませぬ』
「許されていない?誰に」
『あなた様ご自身に』
オルセイリュートの言うことは、何一つ要領を得ない。さっぱりわからなくて、秋良は混乱してきた。大体秋良はオルセイリュートに何かを禁止した覚えはないのだが。
『【暁の神】よ。塔の最上階までこられませ。そこで、規定通り三つだけ、質問にお答えいたしましょう』
「‥……いいだろう」
売られたケンカは買わねばならない(別に喧嘩じゃないが)。
「ああ、ところで」
依頼は行方不明者を見つけること。それも忘れるわけにはいかないだろう。
「ここ最近四人、この塔かジャングルに飛ばされてきたはずなんだけど、場所知っているか?」
『ええ、知っていますよ。一人は三階、一人は七階、二人は八階にいます』
「ありがと。生きてる?」
『今のところは』
その返答だけで、ひとまずは満足すべきだろう。しばらくして、ふっつりと気配が消える。
「‥‥…何だったんだ」
じろりと睨まれて、秋良は肩をすくめる。
「今のはこの塔のボス……彼の言葉を借りるなら【管理者】か。とにかく、この塔の最上階にいるものだ。【知識の悪魔】オルセイリュート。彼の言ったことはさっぱり俺にも意味がわからない。で、最上階までたどり着ければ三つだけ疑問に答えてくれる……らしいね。ま、行方不明者がどこにいるかも大体わかったし、いきなりかなり収穫はあったかな」
一息に告げる。大体秋良だって混乱しているのだ。詳しく、懇切丁寧に説明できるほどの答えを持っているわけでもないし、そこまで心に余裕がないのもまた事実だ。いい加減に皆思わせぶりないい方をやめてほしい。このままでは早晩知恵熱が出てしまうに違いない。
不機嫌丸出しの秋良に、ハウザーは無意識に後ろに一歩下がって、それでも根性でとどまる。秋良から何やらどす黒いオーラが漏れているのが見えるのは、決して目の錯覚ではないと思う。
それはともかくとして。
「どうでもいいがな、俺は依頼を果たしたらさっさと帰るぞ」
「え、駄目だよ」
はっきりきっぱり言ったら一瞬で却下された。
「はあ?」
なぜ、駄目だとか言われるのか。駄目でも帰るが。むしろ帰らせてくれ。依頼とかもうどうでもいいからいま直ぐ帰らせてほしい、という言外のハウザーの訴えに、秋良はかわいらしく笑って、却下、といった。
「だってこの塔を攻略するにはどうしてもハウザーが必要なんだ」
上目遣いに、精いっぱいかわいらしくお願いしてみる。ちなみに特殊技能【誘惑の香り】と【魅惑のほほ笑み】を使用することも忘れない。この二つの技能は、ともに相手を魅了し従わせる技能なのである。魔物を仲間にする時などに使われるのだが。
案の定ハウザーは真っ赤になってしどろもどろに意味のわからないことを言い始めた。
「行方不明者は見つけ次第送り返して、ハウザーは俺と来てくれ。いいだろう?」
駄目押しに、支配力の最も高い技能【魅了の瞳】までも行使すると、あっけなくハウザーは了承した。
チョロイ。
なぜか疲れた顔をしたハウザーを従えて、秋良は右の壁にあった扉の前までいった。
「あ、そうだ。一応忠告しておくけど、この塔にある宝箱とか触らないでよ。ひとつ残らず罠が仕掛けてあって強力な魔物とか出てくることあるし。それと、扉も下手に開けないように。やっぱり強力な魔物が出てくるから」
「‥……やっぱかえ」
「だから却下だって」
最後までいわせず、言葉を遮るとにっこり笑って、約束は守ってね、と念を押す。最後まで付いてくると先ほど約束したばかりなのに、早速破ろうとするとは油断も隙もない。
「・・・・・・・・・いいんだけどな、べつに。うん、そうそう、べつにね」
何やらぶつぶつ言っている。うっとおしい。
「何でもいいけどあけるよ」
ほっといてさっさと開けることにする。
一階はここに階段を作っていたはずだ。
案の定扉を開けた先には階段のみあった。魔物もいない。
「よし、よし」
どうやら作りは秋良が覚えているものとあまり変わってないようだ。この分ならすぐに最上階へたどりつけるだろう、と晴れやかに笑った。
基本的に、【幻惑の塔】は階段のある【あたり】の部屋だけ開けていればたいして強い魔物にあうこともなく、罠とか面倒なものに引っ掛かることもなく余裕で進めるのだ。【あたり】の部屋さえ知っていればクリアは楽勝のダンジョンなのである。
しかし、彼らはまだこの後に待ち受ける苦労を知らない。
そう簡単に、物事が運ぶことなどないのであった。




