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12 依頼ですネ

 水楼館の睡蓮


 それは、都を代表する、高級娼妓の一人。


 時には王族すらお忍びで会いに来るという彼女は、確かに美しく、儚く、妖艶で、かと思えば気高く、威厳すら感じさせる女性であった。


 彼女は二人に椅子を進めると手ずからお茶を入れてくれた。 


 「はじめまして、わたくは睡蓮と申します」


 綺麗な声で挨拶をした彼女に、秋良はちょっと首をかしげた。


 「睡蓮?」


 見覚えのある顔を、まじまじと見つめる。


 かつて、彼がキャラメイクしたNPCにそっくりのその顔を。


 『理想の女性キャラを創ろう』キャンペーンを開催した時に、栄えある第一位に輝いたのが、何を隠そう匿名で参加した、秋良の創ったキャラ【睡蘭】だ。親友には、ばれたときに意味がないと散々怒られたが。選んだベースは妖精族で、モデルは遼子と、五歳離れた姉である。【睡蘭】はキャンペーン一位に輝いた後、消すのももったいないと、とある市街地イベントのリーダー格の一人として活躍したはずだ。イベントを開催するにあたって、ほかのイベントより獲得アイテムもゴールドも劣るというのに、最も人が集まったイベントになったのはいうまでもない。一時、回線がパンクするほどの騒ぎだった。


 「ええと、もしかして睡蘭の関係者かな?」


 目の前の睡蓮はどう見ても人族だし、そんなはずないよな、と思いながらも聞いてみるとあっさり肯定された。


 「随分とお詳しいのですわね?睡蘭はわたくしの遠い先祖ですわ」


 「祖先だって?貴方の言う睡蘭は妖精族で、絶世の美女?」


 「ええ、睡蘭は我が一族の祖先にして伝説の女性ですわ。強く、美しく、潔く、そして儚く。まさに理想を形にしたような方だったようですわね」


 なぜか、彼女の言葉に少しとげを感じるのは秋良だけなのだろうか。顔はにこやかなままなのだから気のせいかもしれない。


 「あなたはなぜ睡蘭のことをご存じなのですか。どこかで読み本でも見られました?」


 それにしても自分とそう簡単に結びつくはずもないけれど、名前が似ているから関連付けたのか、と聞かれてしばし沈黙する。


 「‥‥…ああまあ、そんな感じ」


 なんかもうどうでもいいような気がする。なんとなく疲れた気分で呟くと、横にいたハウザーが驚いたような顔で秋良を見、説明しろ、と目で訴えかけてくるが、無視だ、無視。自分でも何一つわからないというのに人のことまで構っていられるか、というのが正直な気持ちである。


 「貴方様がどういうお方かはあえて問いはいたしませぬ。それはわたくしにとってはどうでもよいこと。わたくしの望みはただ一つだけですし、お告げの通り、貴方様が解決してくださればそれで構いませんわ」


 淡々と、特に表情を動かすことなく言う彼女は、安易に手を触れることすら許さぬような高質な空気をまとっている。せっかくの美人さんなのにもったいない。


 それはともかく、お告げ、というのが気になるので、早速聞いてみた。


 「お告げっていうのは具体的にどういうものなのかな」


 妄想とか、薬を使っているとか、怪しいゴーストがとりつくとか……彼は、素直に神様がお告げをしてくれているとは思えないひねくれた…‥もといやさぐれた少年なのだった。そもそも彼のステータス自体が【神】だし。神なんて名乗る奴の九割九分はろくなやつじゃない、と思うのだ。


 「…‥‥お告げとは、神像に祈るものですわ。それぞれ信ずる神により、祈る神像もまた違いますが。祈り、三日三晩すると、神よりのお告げがあるのです。お告げがどういうものかを表現するのは難しいですが……」


 神像、とつぶやいてちょっと考えた後、思い出した。特殊技能【神の言葉】だ。とあるイベントで手に入るイベント用技能。そのイベントにおいて行くべき道をアイテム【神の像】が示唆してくれるというものだが、イベントを進めるため以外にも、明日の天気とか、近場であれば魔物の種類や数、レベルなど教えてくれるし、そのほかいろいろ使える割と便利なアイテムだった。


 しかし、ゲームでは呪文を唱えるとすぐに答えが示されたはずだが、やはりここでは少し違うのか。そもそもなぜ、【神像】が秋良を示唆したのか。解ることが少なすぎて頭痛がしてくる。


 「ふうん、大体わかったからもういい。それで?俺に解決してほしいことって?」


 「そうですわね。まずはこれを見ていただけますか」


 彼女もさっさと話を進めたいのか、自分から聞いておきながら話を打ち切った秋良に気分を害することもなく、あっさりうなずくと、懐から何かを取り出した。


 テーブルの上に置かれたそれは、栞に見えた。本の間などにはさんである、例のアレだ。ピンクの台紙に小さな押し花がしてある、さりげなく高級そうでなおかつ女性が好みそうな品。


 ハウザーが小さく口笛を吹いて、手に取ろうとしたのを、直前で秋良が止める。


 「いって……何する…‥」


 バチンと音がするほどの強さで、いきなり手をたたいた秋良に対して抗議しようとしたハウザーは、秋良の険しい顔を見て言葉を飲み込む。


 「おい?」


 ハウザーのほうを見ることもなく、秋良はテーブルの上に置かれた栞を凝視している。


 「なんでこんなところに」


 小さなそのつぶやきを拾ったハウザーが、訝しげに見ているが、そんなことに構っている暇はない。


 もしかしたら思い違いかもしれないと、【検索】の魔法を使うが、やはり思った通りの結果が出ただけだった。


 この、栞は


 「何か、ご存じのようですわね」


 睡蓮の声に、はっとなる。


 「‥‥…最近、身の回りで行方不明者が出ているのだろう」


 秋良の指摘にひゅっと息をのむ音が聞こえる。栞から視線をそらし顔を上げると、睡蓮が妖しのものをみるような目で秋良を見ていた。


 「なぜ、そう思うのです?貴方様は……貴方様はこれが何かをご存じなのですね?」


 何か知っている、どころか、これがなんなのかすら知っているとみて、睡蓮がじっと秋良を見つめる。


 「ああ。これは【幻惑の花】だ」


 「それは、一体?」


 【幻惑の花】は、特殊アイテムと呼ばれるモノのカテゴリに入るアイテムで、一定の条件をクリアし、アイテム欄から栞を使用するとダンジョンへと転移させるものだ。ちなみに悪魔族はほぼ無条件で、使用すれば転移させられるため、ハウザーが触るのを止めたのである。ここでは栞を【使用する】ではなく【触れる】と効果が発動するようなので。


 栞には四種類あって、ダンジョンも四種類ある。今目の前にある栞についている花はジャスミンなので、これに触れて行方不明になったものは、おそらくはダンジョン【幻惑の塔】にいるのだろう。四つのダンジョンの中で、最もレベルが高く、意地の悪い罠が敷いてあるダンジョンだ。ゲーム中でも、クリアできたものは決して多くはない。


 少し考えて、肝心な依頼内容を聞いていないことに気づいて睡蓮を見る。


 「‥‥‥危険なものであることは間違いない。それで、俺に一体どうしてほしいんだ」


 「行方不明になった者は、ここ三カ月で四人。すべてわたくしのお客様でした。ちょっと眼を離したすきにこの栞に触れたようなのです。わたくしもまさかこのようなものが原因とは思わなかったのですが、三人目のお方が栞に触れた途端にかき消すようにお姿が見えなくなってしまったのを見てしまったのですわ」


 睡蓮が触れても何も起きないため、行方不明になった者たちには共通の何かがあるのかもしれない。しかしそれが何なのかわからなため、とりあえずそれからは、栞は小箱の奥にしまいこんで、決して触れないようにした。にもかかわらず、四人目の犠牲者が出た。行方不明になったのは、いずれも社会的地位の高いものばかり。


 「皆様を、見つけていただきたいのです」


 そういう割には、憂い顔ではあるが、特別心配しているようでもない。が、秋良はこの依頼を受けることにした。


 「いいよ、受けよう。これ、借りるね」


 無造作に、栞をつかんで了承の旨を伝えると、睡蓮の表情がわずかに動いた。まるで、受けてほしくはなかったかのような。しかし一瞬で、もとの憂い顔に戻ったので気のせいかもしれない。


 ダンジョン【幻惑の塔】の最上階には、ボスとして配置した知識の悪魔オルセイリュート(名前は遼子が適当につけた)がいたはずだ。このキャラは、悪魔族、レベル七百で、【知らないことはない】が信条の悪魔である。倒すと、三つだけ質問に答えてくれる。この世界のオルセイリュートがどれだけの知識を持っているかは分からないが、疑問をぶつけてみる価値はあるだろう。少なくとも教会とかに行って退屈な説教を聞くよりマシだと思う。


 「受けるのか?」


 ハウザーが思いっきりしかめっ面をしたが、秋良は笑って答えた。


 「ダッテゆくえふめいナンダヨ。だいじけんジャナイカ。ぼうけんしゃトシテデキルコトハシナイト」


 作り笑顔であきらかな棒読みのセリフに、ハウザーがじと目になる。


 「おい」


 「いいじゃないか、あ、ハウザーも手伝ってよ」


 このダンジョンの面倒なところは、悪魔族がパーティーに一人いないと通れない場所があるところだ。もっとも悪魔族のプレイヤーはごく少数のため、課金アイテムに【お助け悪魔君】があることはある。しかし当然今はそんなもの手に入れることはできないため、ハウザーもサクッと巻き込むことにする。もともとハウザーが依頼されたものなんだし、当然といえば当然だ。


 「はあ?」


 一瞬、固まった。睡蓮の依頼を手伝いたい、というのと、怪しすぎてやりたくないという葛藤が透けて見える。


 それでも最終的にうなずいたのは、睡蓮に説得されたからだろう。とは言え、秋良は説得の間部屋から追い出されていたので、どんな手管を使ったのかはさっぱり分からないのだが。


 「じゃ、早速行こう。ああ、リャーナにも言っとかないといけないかな」


 五分で部屋から出てきて、手伝うことを秋良に告げたハウザーに、そういうと


 「そうだな」


 なぜか色濃い敗北感を漂わせて、疲れた声でうなずく男。


 「いってらっしゃいまし。朗報をお待ちいたしておりますわ」


 晴れ晴れとした笑顔で見送る美女。


 二人を交互に見やり、秋良の女性不審が増したのはいうまでもない。

 

 

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