11 大家登場ですネ
「えっと~、私の両親です~。こっちは~一週間ほど前から二階に下宿している人です~。名前は秋良さんです~」
昼過ぎまでグースカ寝ていて、寝癖もそのままに一階におりてきた秋良を待っていたのは、朝方帰ってきたというリャーナの両親だった。
「‥‥‥あーよろしくです?」
何となく、気まずい。しかし仮にもリャーナの両親で、おそらくは本当の大家である。一応敬語を使うべきだろうか。
これがまた、父親も母親も何気にキラキラした視線を向けてくるからなおさらである。
彼らの瞳は、あきらかにこう語ってる。すなわち、『君は娘の彼氏かね、彼氏なんだろう』と。
それがまた、責めている、とかではなくて、あきらかに期待いっぱいという感じなのだ。どうしよう。
「よろしく、私はスレイアという、こっちは妻のユーティフィスだ。ところで君は娘とは一体どういう関係なのかね」
‥…そんなに期待感いっぱいの瞳で見つめないでほしい。というか彼らは一体何を期待しているのだろうか?自分たちが留守の間に娘の彼氏が家に住んでいたら問答無用で追い出すだろう、普通。
ともかく、事実は伝えておかなくてはならない。
「大家と店子です」
はっきりきっぱりと、これ以上ないくらい明確に彼は伝えた。
「‥‥‥娘とあんなことやこんなこととか?」
「ありません」
どきっぱり。
本当に一体何を期待していたのか。秋良の表情に一片の曇りもないと見るや、両親はみるみるうちにしぼんでしまった。
「お父さんもお母さんも~一体何を期待していたんですか~」
いつもと同じ口調ながら、若干低い声になった娘をちらりと見て、父親はあからさまにため息をつく。
母親はと見ればなぜかうっすら涙ぐんでいる。
「何ということだ」
顔を掌でおおい、絶望的な口調でうめく父親。
「本当になんということでしょう」
涙目になっている母親もまた、リャーナと秋良を交互に見つめる。
「せっかくリャーナに彼氏ができたかと思ったのに!!」
「本当ですわ。ようやく、遅すぎる春が来たのかと思いましたのに」
がくりと肩を落とす両親に、余計なお世話です~とつぶやいてふてくされる少女。
しかしなぜ、そこまで、と秋良は思う。どう多く見積もってもまだ十代のリャーナだ。結婚するには遅いどころかまだ早いのではないだろうか。確かに両親は少々歳がいっているようだが(少なく見積もっても六十代後半といったところか。高齢出産が流行りなのか?)遅くにできた子供ならなおさらにもう少し手元に置きたいものではないのか?それとも自分たちが年だから急いでいるとか?それにしては遅すぎる春とは妙な表現だ。
「別にいいじゃないですか~、私は~一生独身主義なんです~」
「そう言ってお前、もういくつになったと思っているんだ」
「そうですよ、少しはさみしいと思わないのですか」
「思いません~」
「あのー」
親子のやり取りに、つい気になって口をはさんでみる。
「「「はい?」」」
六対の瞳に一斉に注目されて、思わず一歩下がってしまう。
「ええと、素朴な疑問なんっ‥…ですけど」
舌をかんだ。痛い。
「秋良さん~慣れない敬語なんて使わなくていいですよ~」
思わぬダメージにうっすら涙目になった秋良を見かねてか、リャーナが苦笑した。
「悪い。ええと、それで、リャーナって何歳なんだ?」
その言葉に、三人が顔を見合わせる。
「そうか、貴方は別の街から来なさったから御存じなかったか」
「まあまあまあ、リャーナ。このような若い殿方をだましてはいけませんよ」
「……お父さんもお母さんも失礼ですよ~。何自分の娘を犯罪者みたいに~」
「お前の場合は外見詐欺だから」
「そうですよ。お会いした時にはきちんと年齢までお伝えしなくては」
「いやですよ~。大体秋良さんも無神経です~。女のヒトの歳は聞いちゃだめなんですよ~」
そうは言われても気になる。
「時と場合によるだろう、リャーナ。お前の場合はきちんと伝えなくては。秋良さん、この娘はね、今年四十七歳になるんです」
「‥‥‥は?」
衝撃の事実に、思わず間抜けな声を出してしまった秋良をいったいだれが責められようか。
しばらく、秋良の女性を見る目が変わったのはいうまでもないことである。
思わぬ衝撃からなんとか立ち直り、ロートリックに示唆された教会へ行ってみようかとも思ったのだが、湯屋を出ようとしたところで、ハウザーに捕まった。
暇かと聞かれて、特に急ぐことでもないため、うっかり暇だと答えたのが運のつき。秋良はハウザーに半ば引きずられるようにして連れ去られた。
たどり着いたのは、王都で最も栄えているといわれる通りの一つ。夢幻通り。最高級の芸妓をそろえる高級娼館から、一般庶民でも気軽に手が出せる下級娼館までがずらりとそろっている。夢幻通りには花士と呼ばれる十五から三十五前後の男たちが三百人ほどいて、通りを守っている。彼らの出自は、そのほとんどがいわゆる孤児とか、娼婦の子供とかなのだが、代々の頭のもと、統制がとれていて、そこらのならず者とは一味違う。もちろん、娼館の主たちや、この通りに軒を連ねる商人たちからの信頼も厚い。
しかし、一体こんなところに、真昼の今何の用があるというのか、ハウザーは何の説明もなしに、どんどんと奥のほうへと歩いていく。通りは昼間だけあって、閑散としている。しかし、全く活気がないかと思えばそうではなく、酒問屋や木材屋、料理屋など、開いている店も割と多い。
しばらく歩いて、ようやく立ち止ったのは、かなり大きな建物の前だった。
「おい、ハウザー説明くらいしてくれよ」
「ああ、悪い悪い」
中に入ればわかるといって、彼は豪奢な門をくぐって建物の中に入る。と、青年が一人待っていて、二人を奥へと案内してくれる。
「ここはな、この夢幻通りの中でも一、二を争う高級娼館だ」
「へえ……」
だからんだという顔をした秋良に、ハウザーが苦笑を洩らす。
「興味ないか?‥‥…まあいい。今から行くのは【睡蓮の間】だ。睡蓮は俺のなじみなんだが、何か厄介事に巻き込まれたらしくてな。話を聞いてやっちゃくれないか」
「‥…・別にいいけど。何で俺が?」
馴染みならハウザーが一人で聞いて解決すればいい話だ。彼はランクが高く、腕のいい冒険者だし、秋良が見るところでも決して弱くはない。こっそり【検索】魔法を使ってみたところによると、悪魔族の特性をうまく生かした技能をいくつも持っているし、武器、防具もいいものを持っている。多少の魔物ならものともしないだろう。わざわざ秋良を連れてくる意味などないような気がするのだ。
「そこなんだよ」
ハウザーとしては、睡蓮から連絡が来た時に、無論一人で話を聞きにこようとしたらしい。いくら子供とは言え、なじみの娼妓に会いに行くのにわざわざほかの男を連れていくようなまねはしない。それも彼女は困っているのだ。ここは男の見せ所だろう。別の男を連れていって、そいつがハウザーよりもうまく事を処理したら立つ瀬がないではないか。
しかし、秋良を連れてくることが睡蓮の望みだったらしい。
「えー、でも俺そのヒトのこと知らないよ」
「ああ、名指しをしたわけじゃないんだ」
睡蓮自身、秋良のことを直接知っているわけではなく、お告げがあったらしい。
「‥‥‥お告げねえ」
胡散臭い、とありありと顔に出ていたのだろう、ハウザーが補足した。
「睡蓮は巫女なんだ。豊穣の女神アレイアの巫女。もともと貴族のお姫様でな、今はわけあってこんなことをしているが本来なら神殿の奥深くで毎日神に祈りをささげるようなヒトなんだ」
巫女としての能力は当代随一。けれど、父親が権力闘争に敗れ、家が没落し、さらに神殿内部の嫉妬も手伝ってここまで来た薄倖の姫君らしい。詳しく語れば三日はかかるというほどの悲劇だったようだが、そこは割愛してもらう。冷たいようだがヒトの不幸話に興味はない。
ともあれ、お告げとやらは秋良を名指しにしたものではなく、ここ最近で冒険者ギルドに登録し、なおかつ魔法が使える黒髪黒瞳の人族の少年、ということだった。もちろん、何人もいる馴染みの中で、あえてハウザーに連絡したのは、秋良が身近にいたせいだろう。もっとも王都中を探してもここまで条件が限定されれば、あてはまるのはもちろん秋良しかいない。というわけで、ハウザーは秋良を連れてここまで来たというのだ。
「話ぐらい聞いてやってくれ。ああ先に言っとくが報酬も破格だぞ。ギルドを通していないからポイントは付かないが彼女は売れっ子の上にケチじゃないからな。成功報酬だが一人に金貨一枚、経費は別請求可だと」
「へえ、太っ腹だな」
「だが、問題を解決できない、もしく彼女の意に沿わない形になってしまったら報酬はゼロだ。そこだけ気をつけて話を聞いてくれ。受けるかどうかは話を聞いた後で判断して構わないそうだ」
ハウザーの話が終わる頃に、ちょうど、彼らは【睡蓮の間】にたどり着いた。秋良は何となく気は進まなかったが話を聞いた後で断ることもできるということなので、とりあえず中に入ることにしたのだった。
そうして、運命の歯車がまた一つ、動き出す。当事者たる秋良を置き去りにしたままに。




