10 秘密ですネ
気がつけば秋良は、無駄に広く豪華な部屋でロートリックと向き合ってお茶をしていた。 よくよく見ると、部屋にはロートリックと秋良しかいない。常にそばにいた竜神の姿も見当たらない。
「……ん?」
思いがけない名前を聞いたせいで、茫然としている間に来ていたらしい。まずは落ち着こうとお茶を一口口に含む。……なかなかいい茶葉を使っている。さすが王様というべきか。慣れていないので、敬語は使わぬがお許し願いたい、という王様に、秋良とて初めから敬語を使う気皆無のため快く了承した。
「あなたは祖母をご存じのはずだ」
確信に満ちた言葉。確かに秋良は知っている。彼の祖母かどうかは実際のところわからないが、向坂遼子という名の少女を、彼はとてもよく知っている。
向坂遼子は、秋良の親友がとても大切にしている少女だ。とても懐かしい……そう思ってふと首をかしげる。なぜだろう?遼子とはこの妙な状況に巻き込まれる三日ほど前にもあっているのに。懐かしいというほどには時間は経過してはいないハズだ。この三年間は秋良がゲーム作りに熱中しすぎて一月あわないこともざらだったのだから。
「どうされた」
秋良の態度に、優雅にお茶を飲んでいたロートリックの手が止まり、じっと見つめてくる。
「……いや、それより遼子が王さまの祖母っていどういうことだ」
今更気付いたが遼子がこの世界にいて、なおかつ孫までいるなど、どう考えてもありえないだろう。そもそも遼子はあまり体が丈夫ではないから、ほとんどダイブができない。二週間に一回、それも調子が良ければ、という条件付きでなければ医者からダイブの許可が下りない。なるべく負担がかからないようにこの三年間でかなり改良を加えたが、何事にも限界というものはあるものなのだ。それでも親友も遼子もそのわずかなダイブをとても楽しみにしていた。
そういえばウィステニア地方の【迷いの森】の奥に小さな一軒家を立ててそこでままごとのような生活をしていたな、と思い出す。二度ほど訪ねたことがあるが、遼子は、料理に凝っていた。今までこんなに自由に体を動かせたことがないからとても楽しい、と笑っていた。
「どういうこと、といわれても困るのだが‥‥‥祖母は【迷いの森】の奥で祖父と出会ったそうだが、神の娘を妻にした国王ということでかなり有名な話だ。巷では芝居や読み本にもなっているしな」
「神の娘?」
そういえば、遼子の職業をそう設定した気がする。彼女はレベル上げとか全くしなかったし、特に強さは必要ないとレベル1のままだったが、唯一、確か親友が何者にも傷つけられぬように、と特殊技能(彼女だけの特別に創った技能だが)【神々の絶対加護】を付加していた。
「そうだ。祖母は神の娘として、国民の熱狂的な支持を受けていた。実際、彼女はいろいろな話を知っていたし、常に冷静で、物静かで、けれどいつもどこか哀しい瞳をした人ではあった。そして、この国が今のように発展したのもまた、祖母の力によるところが大きかった。私は兄弟の中で一番祖母の近くにいて、彼女はよく、貴方やもう一人の大切な人の話をしてくれたものだ。その上に彼女には不思議な力があった。過去のすべてを知っているだけではなく、未来さえも読むことができていたのだから」
「未来だって」
秋良の知っている遼子と同一人物を語っているとは思えない。秋良の知る彼女は、体は弱かったが、明るくて強く、優しい人だった。そして親友のことを本当の弟のようにとても大切にしていた。いつも笑顔で、親友もそんな彼女といるときが一番楽しそうで、秋良もまた三人でいるときが一番楽しかった。ゲームなど作らずに、もっと三人でいろいろな話をしておけばよかったとあの時は後悔をしたもの…・…あの時とはいつだっただろうか?なぜ、後悔などしたのだろう。
何かが引っかかる。とても大切なことを忘れているような気がする。微妙な不快感とわずかな違和感。
秋良は目の前に座る青年王の存在を無視して考え込む。頭の中にもやがかかったようで気持ち悪い。なぜか親友の顔も遼子の顔も思い出そうとすればするほど記憶から薄れていくようだ。若いみそらでもうボケたのだろうか?ゲームにダイブしすぎて脳神経に変調をきたしたとか。もしそんなことがあるとしたら問題だ。現実に帰ったらぜひ早急に確認しなくては。
けれど、本当は何が現実で、何が仮想現実なのだろうか。だんだん秋良にはわからなくなってきた。そもそも現実とは何をもってして現実だと認識しているのだろうか。
考えに没頭していた秋良を浮上させたのは、やはりロートリックの言葉だった。
「もっとも祖母が言うには未来をよんでいるのではなく、同じ未来を繰り返しているだけだと、知っているからわかるだけだと言っていたが。その言葉の意味は、私にはよくわからない。けれど、秋良殿ならばわかるのではないかな」
同じ未来を繰り返す、という言葉がなぜか引っかかる。人生は一度きりだし、同じ時間を繰り返し体験するなどそれこそ夢かゲームでない限りあるはずもないのに。先ほどからロートリックとの話は秋良を混乱させるだけだ。解らないことがいらいらする。
じっとロートリックを見つめて、秋良は唐突に思い出した。彼の瞳は、どこか親友に似ている。最後に見た彼も、こんな瞳をしていた。ゆるぎなく強く、決意を秘めた瞳。最後に見た親友の顔は思い出せるのに、それがいつだったかはっきりしない。もちろん数日前、ダイブする少し前に見たはずなのに。
「秋良殿」
「……」
「あなたは教会に行くべきだ」
「‥‥‥教会?」
一体また唐突に何を言い出すかと思えば。
神様という存在を、秋良は信じていない。というより興味自体がない。大多数にもれず、『困った時の神頼み』の時しか祈ったとがないのである。
「教会に行けば貴方の失った記憶を取り戻すヒントが手に入るだろう」
失った記憶、という言葉にはっとなる。確かに、この少しの間のロートリックとの会話で秋良の記憶がどこかおかしいことには気づいた。だが、失った記憶とは一体どういうことだろう。多少あいまいではあるがしかし【失った】というほどに、秋良は何かを忘れているのだろうか?
考えても答えは出ない。というより、ロートリックはまだ何かを知っていそうだ。いっそ、ロートリックがすべてを今教えてくれれば話は早いのではないだろうか。
そういうと、ロートリックは少し困ったような顔をして首を横にふった。
「それはできない。あなたは自分自身の力で記憶を取り戻さなくてはならない、と。そうしなければ《歪み》は正されないと祖母は言っていた」
秋良にはさっぱり意味がわからない。そもそも《歪み》とは一体何なのか。けれど、ロートリックはまったく教える気はないようだ。
そのあと、ロートリックとの会話はたわいない雑談のみに終始したのだった。
夜も更けてから、こっそり湯屋に戻った秋良は、あらかじめ預かっていた鍵で扉をあけるとそそくさと二階の自室に入り、一息つく。
結局、収穫はあったようななかったような。それでも指名手配はなくなるので、街は自由に歩けるわけで、それだけでも収穫はあったといえる…‥のだろうか。それに【氷雪の神】だ。ロートリックは、それも教会に行けば分かるといって何も教えてはくれなかったのだが。
あの王様、王様のくせに意外とケチだ。
とにもかくにも面倒なことはお断りだ。
たとえここが秋良にとっての現実世界になってしまっていたとしても街の片隅でひっそりこっそり生息できればそれでいい。
しかし、やはり気になることはある。
ロートリックの祖母、向坂遼子はいったいどこに行ってしまったのか。
ロートリックによると彼女は十年前、誰にも言わず唐突に姿を消してしまったらしいのだが。随分捜索したが手掛かり一つ見つけられなかったと言っていた。
それに、親友のことだ。
秋良や遼子がいるということは親友の向坂夏樹もまた、この世界にいる可能性が高い。むしろ彼がいないことのほうが不自然だ。
彼は一体どこにいるのだろうか。彼ならば詳しいことを教えてくれるだろうか?
悶々と悩みつつ、夜が白むころに秋良はようやく眠りに就いたのだった。




