神様のお話
ロートリック、貴方に神様のお話をしてあげるわ。
傷つきやすくて、もろくて、優しくて哀しい神様のお話を。
寂しがりやで、思いやり深くて、とても強い神様のお話を。
この世界には神様が二人いるの。
教会が語る神とは別の、本物の神様がね。
それは今となってはもうはるか昔の物語。
あるところに、小さな男の子がいた。
父親に捨てられ、母親にも捨てられて、雨の降る中泣くことすらできずに公園の片隅で、ただ呆然としていた小さな子供。
たまたま公園を通りかかった父娘に、彼は拾われた。
教師をしていた父親と、病弱で、学校にも行けず、友人のいなかった娘。優しい目をした父親は、少年に言った。強制はしないが、できれば娘の友人になってほしい、と。
連れてこられたのは古い、大きな家。
学校にいったことのなかった少年は、そこで娘の父親に読み書きを習った。
拾われた翌年には、少年は学校へ行くことになった。
強制されたわけではないが、少しでも役に立ちたくて少年は家事をしたり、相変わらず学校に行けない娘のために学校での出来事を話して聞かせたりした。
少年は、優しい父親も、可愛い娘もとても好きだった。
古いその家は、少年にとって生まれて初めて安らげる場所だったのだ。
けれど、時々やってくる父親の弟という人物が、少年は苦手だった。
父親の弟は、事あるごとに少年を折檻するからだった。
父親がいるときは、優しい叔父を演じている。娘がいるときは、ひどい言葉で少年を傷つけたりもしたが、娘が全身で少年をかばってくれた。
それでも弟が来るのは時々で、おおむね少年の生活は平和で、穏やかなものだった。
通い始めた学校では、いじめられることもたびたびあったが、親友も一人、できた。優しい父親と、可愛い娘と、活発で楽しい親友。
けれど、ある時弟から少年をかばって、娘が大怪我をした。
父親は少年を責めはしなかった。それどころか、怪我がなくてよかったと、弟がすまないことをしたと、心から少年を心配した。娘は、傷は残ったが、これは勲章よ、と胸を張っていって、変わらず少年に笑いかけた。自分を気遣うと同じくらい少年のことも気遣う父親を見て、当然だと、少年は何も悪くないのだから胸を張っていないさい、と笑った。親友は落ち込む少年の傍らで、じっと黙ってそれでもずっとそこにいてくれた。
弟は。激怒した父親に出入り禁止にされた。
誰も少年を責めはしなかった。加害者の弟と、当の少年以外の誰も。
少年は悔しかった。
力のない、ただ守られるだけの自分にだれよりも少年自身が失望し、変わりたいと、痛切に願った。
少年は、たくさんの勉強をした。できうる限り、体を鍛えた。大切なものを守れるだけの力がほしかったのだ。
ある時、少年は親友とともに自分達だけの【世界】を創った。
現実に、より近い仮想現実。
それは、余命いくばくもない娘のためだった。
学校に行けなかった娘は、大きくなっても病弱なまま。
外に出られない娘のために、少年と親友はいろいろなゲームを創っては娘を喜ばせてきた。
けれど、とうとう娘は死神に捕まってしまったのだ。
余命、あと一年と宣告されたとき、少年は思った。
現実と認識するくらいの仮想空間に、意識だけでも移せれば、肉体がなくなっても意識だけでも生き続けることはできないだろうか、と。
もちろん、そんな突拍子もないことができるはずもない。
少年にだってそんなことが不可能だとは分かっていた。
けれど、少年には耐えられなかった。娘が失われることが。
少年は、親友に相談を持ちかけた。
親友は、そのころすでに天才の名をほしいままにしていて、それこそ仮想現実空間を創るのはお手の物だったのだ。
親友は、少年の願いにこたえて、持てる知識を総動員して、今までにない、現実そのもののような仮想現実空間を創った。
その空間に少年は名をつけ、少年と、親友と、娘のためだけの世界を創った。
世界は《オルテリア》と名付けられた。
娘は少年の願いどおり、仮想現実の中で生き続けた。そして、少年もまた娘とともに、仮想現実の中で暮らし始めた。大切な娘と、新しい家族、彼の理想通りの美しい故郷。望んだものを、少年は手に入れたはずだった。
けれど、運命は残酷に、少年からすべてを奪っていく。
少年が何も失うまいと足掻けば足掻くほど世界は狂い始め、そして…‥…
ねえ、ロートリック?
もし貴方が神様にあうことができたなら、伝えてほしいの。
私はとても幸せだって。
そして世界を救うために失われた記憶を取り戻して、助けてほしいの。
あなたの大切な、たった一人の友人を。




