9 城ですネ
高い天井に、広々とした室内。
大きく、重厚感あるテーブルの向こうに、初日に牢で見た赤毛の青年が座っていて、傍らには竜神が立っている。部屋には何人かの文官らしきオジサンと、騎士が数名。
部屋の外、扉の付近にも数名の騎士がいるようだ。随分と警戒されているな、と内心苦笑して秋良は目の前に座る赤毛の青年に笑いかけた。それはもうこれ以上ないくらいさわやかな笑顔で。
「それで?何で俺はこんなところに連れてこられたのかな」
「なぜだと!!」
秋良の言葉に、赤毛の青年がいきなり声を荒げる。
「落ち着け、ロートリック。まずは名前を聞こうか、ヒトの子よ」
竜神が傍らの青年を諌め、秋良に鋭い目を向けてきた。が、秋良は臆した様子もなく肩をすくめる。
「ヒトに名を訪ねる前にまず自分が名乗るのが礼儀というものではないかな、竜神よ」
上から目線がムカついたので、口調と表情を改め、特殊技能【挑発】【威圧】【支配者の瞳】を発動させた。秋良に気押され、部屋にいたすべてのヒトが思わず姿勢をただし、畏怖に身をすくませる。竜神とても例外ではない。そもそも一応冒険者登録をしたとはいえ、いまだステータスの職業欄は【神】のまま。無宗教の秋良にはいまいち実感がわかないが神様っていったらえらいんじゃないか?少なくとも竜神や一国の王様に上から目線で見下されるようなものではないような気がするぞ。とは言え所詮自分で勝手に(主に友人が)設定したステータスのなんちゃって神様だから意味ないのかもしれないが。
「‥‥‥失礼した、ヒトの子よ。私はセレイア。光と風を司りし竜神だ」
不本意だといわんばかりの表情で、それでも秋良の【威圧】と【支配者の瞳】の相乗効果に抵抗しきれなくなったようで素直に名乗る。
「セレイア、ね。俺は志筑秋良という。よろしく。貴方はライアの血縁と聞いたけど?」
ライアはかつてこの地の守護に設定していた竜神。六体の竜神の中でも友人が最も気に入っていた最高傑作だった。竜神の中でも唯一、特殊な能力を付加していたのだが、彼はその力は受け継いでいるのだろうか。
「父上を存じているのか?!」
驚愕に目を見開いた竜神の言葉に、秋良のほうが驚いた。
「父上?ライアの息子だって??」
息子なんて設定は作っていない。まあ、竜神に血縁関係など作っていなかったから、竜神の血筋というだけですでに設定など関係なくなってはいるし、その他もろもろ、ここまできたらもうここがゲームではなく現実だといい加減認めろよ、という感じなのだが。それはともかく母親は一体誰なんだろう、と首をかしげる。考えられるのは‥…。
「もしかして母親はセレーンか?」
「……そうだ。私の名は母上から頂いたものだ。母上も御存じなのか」
少し、言葉遣いが改まる。傍らの赤毛の青年も、ほかの室内にいた人たちも息をのんで秋良とセレイアのやり取りを聞いていた。
セレーンは秋良の作った《オルテリア物語》の中ではかなり重要な役どころの人物だ。通称『月の巫女姫』。ウィステニア王国第一王女という肩書を持つ。このイベントはランダムで発生し、発生してしまったらクリアしないとほかのイベントが一切発生しなくなってしまうという恐怖の強制イベントだ。しかも難易度がかなり高いため、かなりの苦情が来たことは言うまでもない。
内容的には、童話【ラプンツェル】をモデルにしたクエストで、七つのイベントと四つのダンジョンで構成されている。悪い魔女にさらわれた、世界の命運を握る『月の巫女姫』を竜神ライアとともに救出するというものだ。王女が閉じ込められている四つ目のダンジョン『月の塔』はかなり意地悪なダンジョンで、二十八階まであり、一つでも宝箱を開けると即入口まで返されてしまうし、小部屋は三つのうちに一つは七百から八百レベルの魔物が配置してあるし(このクエストは中盤あたりでランダムに発生するため、四百くらいのレベルのプレイヤーが多かった)そこらじゅうに致死率の高い罠が仕掛けてあるし、制限時間が設定してあって、時間切れまでに最上階にたどり着けないとやっぱり入口まで返されるし・・…とにかく難易度の最も高く、苦情の最も多いクエストだったはずだ。ちなみに、あまりの苦情の多さに辟易した友人が、課金アイテム【神の御技】とかいうふざけたものを作って、購入して使用すれば、『月の巫女姫』のイベントを一時凍結することができるようにしたはずだ。凍結した後は、ほかのイベントも普通に発生するし、今度は好きな時に『月の巫女姫』のイベントを凍結解除し、発生させることができる。
しかしこのイベント、いろいろはた迷惑ではあるが、報酬もよかった。クリア後には全ステータスを十パーセントアッププラス常時HP回復効果のある技能【竜神ライアの加護】最強の剣【竜神剣】常時MP回復効果のある技能【月の巫女姫の加護】それに先ほど秋良が使った、その場の空気を支配する特殊技能【支配者の瞳】特殊ダンジョン【砂漠のオアシス】に入るための通行許可証が手に入るのだ。【竜神ライアの加護】と【月の巫女姫の加護】は設定しておけば常時発動させておくことができる優れものだ。当然消費技能ポイントはゼロで。
確かイベントで、ライアは月の巫女姫セレーンを救出し、その場でプロポーズをしていたはずだ。つまりはその後、彼らは結婚しセレイアが生まれたということなのだろうが……。どこまでがゲームに沿っているのだろうか?
「少しねー。まあいいや」
考えてもわからないので、もうどうでもいい気がする。すでに考えること自体が面倒だ。人生なるようになるさ。
「そんなことはどうでもいいけど俺は何でここにいるのかな。確かにいきなり会議室?に現れたのは悪かったとは思うけどさ。あれは俺にもどうしようもなかった不可効力ってやつなんだよ。悪気があったわけじゃないし話とか全然聞いてないからここは寛大な心で許してくんない?」
一息に言いたいことだけ言うと、彼は悠然とセレイアにほほ笑みかける。もちろん、さりげなく技能【信頼の声】と【友好の証】を発動させて、友好度アップに気を使っているが。
「……いいだろう」
誰もが息すらひそめて動けないでいる中、沈黙を破ったのは意外にも赤毛の王様だった。
「ロー・・…」
「彼は、嘘は言っていないと思う」
竜神の呼びかけを遮って、彼は薄く笑う。技能の効果か、一番初めに声を荒げていたとは思えないほど冷静な態度だ。彼は臆することなく、秋良を見つめてくる。どこか親しみを込めた目線。その表情が、だれかを思い出させる。誰だっただろうか。
「私は、ロートリック・アルファード・レナート。……貴方のことはなんとお呼びすればよい?」
口調まで、改まっている。
「‥‥‥秋良と。何でいきなりそんな殊勝な感じになったのかな」
気になったので、直球で聞いてみたら、爆笑された。
「はははは、貴方は面白いな。まさしく、祖母が言っていたのはあなたのことに違いない。今の今まで気づかなかった私も迂闊といえばそうだが。これまでの無礼は謝罪しよう。どうかお許し願いたい」
「‥‥‥祖母?」
いやな予感がする。それでも聞かないわけにはいかないので、いやいやながらも聞いてみる。
「祖母の名はリョーコ・アレイシア・レナート。結婚前の名は向坂遼子、と」
王様はあっさりと爆弾発言をかましてくれた。




