第一節「浮生若夢」
当時の公家社会では、『喪葬令』『仮寧令』により、故人との続柄で服喪内容・期間や、朝廷への出仕禁止等が詳細に規定されていた。
重盛の初七日には、重盛の遺族、平清盛、清盛の継室である時子、清盛の子である平宗盛、平知盛、平重衡、平知度、平清房、そして清盛の異母弟平忠度が参列していた。
清盛の意向もあり、堂上平氏の一門は触穢を避けて参列せず、布施などの経済的負担を共有した。
五日月の夜。
東山小松第では、南北に四十八間以上ある燈籠堂の扉が東に向かって開かれ、四十九柱の燈籠に火が灯された。
柱間の阿弥陀如来像四十八体が燈籠の明かりを浴びて黄金色に輝き、叡山から招かれた高僧達の読経が流れる。
清盛たちは、燈籠堂東にある池の対岸に座し、西に輝く阿弥陀如来像の列を拝み、手を合わせていた。
それは、西方浄土から阿弥陀如来が衆生救済の為に彼岸を渡り現世へ来迎される情景そのものであった。
法要後。
清盛は、平宗盛・平知盛・平重衡・平知度・平清房・平忠度を燈籠堂に呼び集めた。
一同が集まると清盛は扉を閉めさせ、外に伊藤忠清・忠綱の父子を見張りに置いた。
「我の次の棟梁は、権大納言宗盛とする」
清盛の唐突な宣言に、居並ぶ子らは体を硬直させた。
後継者の変更は、重盛重篤の時から内心皆が予想していた事ではあった。
だが、初七日を終えたばかりの状況で清盛から直接発せられた言葉は、皆の気構えを超えて格段に重かった。
清盛は皆の緊張に構わず言葉を続けた。
「我はこれより暫くの間、西八条第で床に臥す。
権大納言よ。
重盛の満中陰法要は六波羅蜜寺で行なうがよかろう。
満中陰法要の大導師には、必ず、我が戒師殿(前天台座主の明雲。この時は、後白河院に僧籍を剥奪され俗名の藤井松太)と、東寺長者で金剛峯寺も統べられる定賢座主御房にお願いせよ」
言い終わると、清盛は一座を見渡した。
忠度は、いつもの如く、話をあるがままに受け入れ泰然自若としていた。
若い知度と清房は、動揺しながらも言葉の意味を理解しようと努めている様だ。
知盛と重衡は、顔を見合わせると宗盛の様子を伺っている。
公に後継者となった宗盛は、目が据わり微動だにせず思案している。
「権大納言は如何に思うか」
「は。院が白山の騒動で配流とした明雲御房を、我らの氏寺である六波羅蜜寺に大導師としてお招きすれば、院は激しくお怒りになるでしょう」
宗盛は顔を上げ、真直ぐに清盛を見つめた。
「父君。今、それが我らの成すべき事と本当にお考えですか」
座の空気が一気に凍りついた。
宗盛と清盛は目を合わせたまま、身じろぎもしない。
「……これは、重盛の遺言でもある」
思わず他の者たちも顔を上げた。
「重盛が最後に望んだのは、小松流と平氏一門の繁栄であった。
そして、我に『一人で生き急ぐな。一門を頼みとし、十年百年とかかっても皆の力で本懐をやり遂げよ』と説教しおったわ。
親より先に彼岸を渡った親不孝者が、よくぞ言ったものよ」
清盛が恥じらいも無く涙を流すのを見て、思わず一同も目を潤ませた。
「……権大納言よ。院と和議できると思うか」
「好きな賽の目を出すよりも、難しいとは思います」
清盛は大きく頷いた。
「重盛も同じ考えであった。
院との諍いはこれからも続き、しかも、激しくなるであろうと」
清盛は一同を見渡した。
「何故か分かるか」
理由に思い至った者は、憚り押し黙った。
気まずい沈黙を破ったのは、知盛だった。
「院の聖寿と父君の御齢が、理由でございましょう」
清盛は微笑んで頷くと、二三度扇いで見せた。
「はっはっは、その通りよ!
院は慌ただしき御気性でおられるからの。
我も同じだが」
清盛につられて、知盛と重衡も苦笑いした。
「加えて、春宮(言仁親王)はまだお若い。院の近臣共も暗躍するであろう。
ならば、我等も戦に備え、情、利、正道で味方を募り陣を固めねばならぬ。
同時に、敵を油断させ、誘って離間を謀るのは、兵法の基であろう」
「その為に、相国殿はお籠りなされ、満中陰法要に北嶺と南山を?」
宗盛の問いかけに、清盛は力強く頷いた。
「うむ。これは先ず我等の一手ぞ。
心得ているだろうが、法要に於ても延暦寺と東寺・金剛峯寺の扱いは慎重にせねばならぬ。
皆も覚えているであろう。
延暦寺の『額打論』(1165年、二条天皇葬儀で額を掲げる順番と僧侶の席次をめぐって延暦寺と興福寺が争った)による清水寺の焼き討ちを。
延暦寺に復讐せんとする興福寺僧兵共の京乱入を、我ら一門が総出で阻止した事を。
堂舎や食堂に群れている者たちは仏弟子ではない、狼や熊と同じ獣よ。
獣は、狩るか飼い慣らすしかあるまい。
権大納言よ。
次期棟梁として見事に差配してみせよ!」
「はっ!」
平伏した宗盛の額には、緊張と興奮が入り混じった汗が滲んだ。
清盛は鋭く扇を鳴らした。
「だが、何が起ころうとも、先に我らが弓矢を取り院に射掛け奉るのはならぬ。
それこそが院の謀と心得よ」
清盛の顔には、どの様な障害も必ず粉砕してみせるという、鉄の意志が現れていた。
「院が双六をお望みなら双六を、今様合なら今様で我らも競うまで。
我らは、院がお倒れになるまで、どこまでも院のご遊戯に付き合おうぞ!」
「ははっ!!」
平伏した一同は、阿弥陀如来を背にし、決意みなぎり鼓舞する清盛に、八幡大菩薩を見る思いであった。




