泥の指紋とスケッチブックの会話術
村長の家に居候させてもらって三日が過ぎたが、僕の生活は「身振り手振りと愛想笑い」のまま完全に手詰まりを起こしていた。
この集落で英語が通じるのは、村長のバハドゥルさんと、たまに下の町から物資を担いで上がってくるラールさんくらいだ。日中、大人が畑や山の普請に出払ってしまうと、僕の周りには音と気配だけがあって言葉が一切通じない、分厚い空気の層が残される。 特に扱いに困ったのが、村の子どもたちとの距離だった。 日本人にどこか似た親しみやすい顔立ちをしているのに、僕が濡れ縁のような軒先に座ってぼんやり雨を眺めていると、柱の陰から遠巻きにこちらの様子を伺ってはヒソヒソと囁き合っている。「ハロー」と手を振ってみても、顔を見合わせてクスクス笑い、泥を跳ね上げて逃げていくだけだ。東京で店を何年回してきたとか、スタッフを何十人束ねてきたとかいう実績も、ここでは「言葉の喋れない珍妙な居候」という事実の前には何の意味もなさない。
このままじゃ、ただ雨音を聞くだけの軟禁生活になってしまう。 飲食店で新人を入れた時もそうだったが、どれだけ立派なマニュアルを揃えたところで、現場の人間同士で最低限の合図や呼び名が共有できていなければ、オペレーションなんて最初の一歩で破綻する。 僕は防水リュックの底から、日本から持ってきたスケッチブックと太い油性ペンを引っ張り出した。 板張りの床にあぐらをかき、白い紙の上に身の回りのものを太い線で描き始める。 雨、水、コップ、米、魚、犬。 絵の脇には、あとから聞き取った発音をメモするための余白を空けておく。 トタン屋根を激しく叩く雨音の中、黙々とペン先を滑らせていると、背後の板間がわずかに軋む気配がした。 振り返ると、七〜八歳くらいの丸顔の男の子と、そのシャツの裾を掴んだ小さな女の子が、目をまん丸にして紙の上を覗き込んでいる。 僕はあえて呼び止めず、そのままペンの先を動かした。今度は湯気が立ち上る平皿の絵だ。描き終えてから、その皿の絵を指先で叩き、続けて自分の腹をさすってみせる。
「バム・ジャ?」
少年が、堪えきれなくなったというように小さく呟いた。
「バム・ジャ!」
すかさず僕が同じ音を返すと、後ろの妹が吹き出し、兄の背中に顔をうずめて笑った。 食いついた。 僕はスケッチブックを二人の前へ押し出し、描いた絵の並びを人差し指でトントンと叩いた。
「これ、こっちの言葉でなんて言うの?」
言葉そのものは通じていないはずだが、文脈は十分に伝わったらしい。少年はおずおずと膝を進め、僕の描いた『雨』の絵――雲の下に斜めの線を走らせた図を指差した。
「スラップ」 「スラップ?」 「そう、スラップ!」
耳に届いた音のまま、余白にカタカナで『スラップ=雨』と書き留める。僕が黒いペンで素早く文字を走らせるのが手品のように見えたのか、妹の方も泥のついた小さな指で『水』の入った器の絵を差した。
「ウム!」 「ウム。水が、ウムね」
そこからは、小さな先生たちによる容赦のない集中講義が始まった。 子どもたちは我先にとページのあちこちを指差し、身の回りの単語を早口でまくしたてる。 『カウ(米)』『ドーカー(魚)』『ディー(飲む)』――。 僕がぎこちない舌使いで真似をするたび、二人は転がるように笑い、首を激しく横に振ってダメ出しをしてくる。 東京の仕込み場で新人に包丁の握り方を教えていた自分が、インドの山奥の湿った床の上で、ちびっ子二人に発音の矯正をさせられている。 だが、単語が一つ噛み合うごとに、さっきまで僕と彼らの間に漂っていた分厚い警戒心の膜が、少しずつ剥がれ落ちていくのが分かった。立派な文法や流暢な会話なんてなくても、指を差して音を合わせるだけの単純なやり取りで、人間は案外あっさりと繋がりを作れてしまう。
一時間ほど夢中で書き留めていると、少年の腹がグウと情けない音を立てた。 彼は少し気まずそうに鼻の下をこすり、スケッチブックの皿の絵をぽんと叩いた。
「バム・ジャ、ディー・ウム」 「バム・ジャ!」
僕が覚えたてのイントネーションで返すと、二人は満足そうに笑い、跳ねるような足取りで雨の降りしきる外へと駆け出していった。 手元に残ったスケッチブックのページには、乱暴な黒いインクの文字と、子どもたちがつけた湿った泥の指紋が、地図の等高線みたいにびっしりと焼き付いていた。外の雨は相変わらず止む気配もなかったが、さっきより少しだけ、この場所の湿り気に体が馴染んできたような気がした。
地域に入り込むには子どもからが早いですよね。
次は明日7時投稿予定です。




