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雲の切れ間と百の瀑布

 トタン屋根を激しく打ち据えていた耳鳴りのような重低音が、ふっと遠のいた。

 この集落に来てからというもの、昼夜を問わず耳の奥を圧迫していたあの鈍い轟音が消え去ると、代わりに軒先やバナナの葉先から泥水がぽたぽたと滴る静かな水音だけが、ぽっかりと空いた部屋の空気を満たしていく。

 土間の隅でドンやその妹と繰り広げていた、手製トランプの七並べも一段落したところだった。

「雨、止んだんですか?」

 僕が呟くと、炉の脇で煙管をくゆらせていたバハドゥルさんが、ゆっくりと細い目を上げた。

「止んだんじゃない。雲の切れ間が頭の上を通り過ぎているだけだ。ミスター、外へ出て崖の縁まで行ってみろ。今なら見えるぞ」

 村長に促され、僕はドンと妹を連れて高床の濡れた木階段を下りた。

 外に出ると、世界はまだ乳白色の濃い霧に包まれていて、足元の泥しか見えない。けれど、谷底から湿った冷たい風が吹き上がってくるたびに、目の前の白い膜が生き物のようにねじれ、引きちぎられていくのが分かった。

 村の端、切り立った断崖の縁にしつらえられた竹組みの見張り小屋へ向かって歩く。

 崖っぷちに近づくにつれ、足の裏から小刻みな地響きが伝わってきた。屋根を叩く雨の音とはまったく質の違う、何万トンもの水が岩肌を削りながら落下していく重い唸り声だ。

 竹の手すりに手をかけ、思わず息を呑んだ。

 頭上から差し込んだ一筋の強い光が、分厚い霧の幕を縦に引き裂くようにして一気に晴れ上がったのだ。

 声にならなかった。

 目の前に広がっていたのは、底知れない谷を抱え込んだ見渡す限りの大パノラマと、垂直に切り立った巨大な岩肌を純白の帯となって滑り落ちていく、無数の滝の群れだった。

 遥か数百メートル上空のジャングルから、泥を噛んだ豪快な濁流が、何本もの太い龍のように虚空へ身を投げ出している。谷底の深いプールへ激突するたびに凄まじい水煙が巻き上がり、立ち上る飛沫が光を浴びて、幾重もの鮮やかな虹を架けていた。

 一本や二本ではない。視界の端から端まで、緑の断崖の割れ目という割れ目から十数本もの滝が同時に噴き出し、山肌全体が白く泡立つ巨大な水の壁と化している。

「すごいな……」

 ぽつりと漏らした独り言は、滝壺から吹き上がってくる轟音にあっけなくかき消された。

 東京でまとまった金を元手に店を立ち上げ、客単価や日々の仕込みロス、クレームが出ないための仕組みばかりを計算していた自分の世界が、急にひどく小さく見えてくる。

 コンクリートで固めた街のビルよりも遥かに巨大な岩壁から、途方もない質量を持った水が、何の作為もなくただ落下し続けている。人間がどれだけ精密な計算やルールを持ち込もうとしても、この圧倒的な物理の暴力の前には最初から何の歯も立たない。

「ミスター!」

 ドンが僕のシャツの裾を引っ張り、崖の向こうの白い巨壁を指差して笑った。

 妹も竹の手すりから身を乗り出し、水煙の向こうを指差して何かを叫んでいる。彼らにとっては、畏怖の対象というより、物心ついた時から裏庭に広がっているいつもの景色にすぎないのだ。

 吹き上げてきた冷たい飛沫が顔を濡らす。

 ポケットの中を探ると、今朝男たちにもらったクワイの包みがあった。一粒口に放り込み、奥歯でガリッと噛み砕く。

 舌を刺す渋みと熱が喉を駆け上がり、口の中にじわりと赤い唾液が満ちていく。

 崖の下へペッと赤い汁を吐き捨てると、それはあっという間に白い水煙の中に呑み込まれて消えた。

 数分もしないうちに、谷底から再び灰色の重い雲が這い上がり、あの圧倒的な瀑布を覆い隠していった。

 視界はまた元の乳白色に閉ざされ、遠くの尾根で低く雷鳴が響く。

 また、いつもの豪雨が戻ってくる。

 けれど、さっき網膜に焼き付いたあの白い巨壁の残像は、雨で冷えた胸の奥に、確かな重みを持った手応えとして残り続けていた。

一気に流れる瀑布です。

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― 新着の感想 ―
いい滝見た。霧の表現も変幻自在。
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