最初の一枚と泥の味覚
出来上がった揚げ団子を前に、ドンと僕は顔を見合わせた。
美味い。間違いなく美味い。けれど、問題はこれが「売れる商品」として成立しているかどうかだ。
東京で飲食をやっていた頃なら、仕入れ原価を計算して歩留まりを出し、提供価格を決め、皿の盛り付けから卓上の照明の当たり方まで逆算して客に出していた。けれどここでは、原価はほぼゼロ、通貨は村の小銭、そして相手はこの過酷な土地の味を知り尽くした大人たちだ。
「ドン、父ちゃんを呼んでこよう」
僕が言うと、ドンは一瞬ビクッと身を竦ませたが、すぐに意を決したように小さく頷いた。
彼が広場を駆けていき、数分後、あの頑固そうな父親を連れて戻ってきた。父親はまた昨日のような説教でもするつもりだったのか、眉間に深い皺を刻んだまま炊事場に足を踏み入れる。
「何だ、ミスター。また何か作ったのか」
父親の視線が、バナナの葉の上に盛られた揚げ団子に落ちる。
僕は何も言わず、ドンに顎で合図を送った。ドンはおずおずと、まだ湯気の立っている団子を一つ差し出した。
父親は不審そうにそれを受け取ると、鼻先に近づけて匂いを嗅いだ。
昨日のような異国のスパイシーな香りではない。森の野草のツンとした清涼感と、沢ガニの殻を焦がした香ばしい油の匂い。
ひとくち、父親が団子をかじった。
カリッ、と小気味いい音が炊事場に響く。
咀嚼する父親の顎が、二度、三度と動くにつれて、険しかった眉間の皺がわずかに緩んだ。
「これは、森のジャイウルか?」
「それと、谷の沢ガニを潰して油を出したんだ。大根も皮ごと刻んで使ってる」
僕が説明すると、父親は目を丸くして手元の半分になった団子を見つめた。
そして残りを一口で放り込み、ゆっくりと噛み締めて飲み下した。
「美味いな」
短く、しかしはっきりとした声だった。
「昨日の派手な粉の味じゃない。俺たちが山仕事で疲れたときに、森で摘んで噛む草の味だ。それに、このカニの油……香ばしくて、腹の底に力が湧いてくる」
父親はドンの頭に手を伸ばし、乱暴にわしゃわしゃと撫で回した。
「よくやった、ドン。これなら次のバザーの日、大人たちに胸を張って売れる。お前が自分の足で森に入って、自分で作れる味だ」
ドンの顔が一気にほころび、泣きそうなのを堪えるように唇を噛み締めて笑った。
父親は作業着のポケットに手を突っ込むと、使い古された青い十ルピー紙幣を一枚取り出し、ドンの小さな掌に押し付けた。
「これは最初の客としての代金だ。残りの団子も全部包め。家で母ちゃんにも食わせてやる」
「ありがとう、父ちゃん!」
ドンは紙幣をぎゅっと握りしめ、飛び跳ねるように団子をバナナの葉に包み始めた。
外に出ると、いつの間にか雨は小康状態になり、分厚い雲の切れ間から湿った夕暮れの光が差し込んでいた。谷底から立ち上る白い霧が、茜色に染まりながら山肌を撫でていく。
東京でまとまった資金を投じて居酒屋を回していた頃、最初の黒字化を達成した日の売上伝票を見ても、確かに達成感はあった。
けれど、便利な調味料も配送トラックもない場所で、ただ足元の泥と森の草を手探りで集め、自分の手だけで成り立たせたこの十ルピーのやり取りを見ていると、商売の原点というのは案外こういう泥臭いところにあったのかもしれないと思えてくる。持続する仕組みというのは、外から持ち込んだ立派な仕掛けではなく、その場にあるものだけで壊れずに回し続けられることの中にこそ宿るのだろう。
夕闇が迫る中、村長が竹筒を片手に僕を呼びに来た。
今夜もまた、あの酸っぱくてドライな濁酒が待っている。
舌の奥に野草のほのかな痺れを残したまま、僕は雨上がりのぬかるんだ小道を歩き出した。
次は明日7時投稿予定です




