3:主賓への依頼
夕食の重苦しい空気がようやく散り散りになると、ロッソは侍従ベルンハルトに案内され、城の最奥に位置する領主バルタザールの書斎へと足を踏み入れた。
足を踏み入れた瞬間、むせ返るような古い紙と革の重厚な匂いが鼻腔を突いた。部屋の中央には年代物のマホガニー製執務机が鎮座し、その背後にある巨大な大理石の暖炉の上には、この館の至る所で見かける『交差した二振りの剣と盾』を模した重厚な金属の紋章が、冷たく鈍い光を放って嵌め込まれていた。外の猛吹雪が窓ガラスをガタガタと打ち鳴らし、静寂を好む書斎の空間を不気味に揺さぶっている。
「夜更けに申し訳ない、探偵殿。あの三人がいる食堂では、どうにも息が詰まってね」
バルタザールは、すっかり疲弊しきった足取りで執務机の椅子に腰を下ろした。その老いた双眸には、外の嵐よりも激しい恐怖と、何者かに追いつめられた者の切迫した色が浮かんでいる。彼は震える手で、一枚の古い羊皮紙を机の上に押し出すようにして差し出した。
ロッソは冷徹な眼差しでその羊皮紙を一瞥した。そこに書き殴られていたのは、歪んだ筆跡による脅迫の文言だった。
――『過去の清算は雪の夜に果たされる。悪逆なる領主に死を』
「……実に陳腐で、知性を微塵も感じさせない脅迫状だね」
ロッソは椅子に腰掛けることもせず、腕を組んだまま冷ややかに吐き捨てた。
「だが、問題は筆跡や文面の稚拙さではない。国境の要衝を預かる誇り高き領主である貴方が、たかがこんな紙切れ一枚で、まるで死刑台に上がるのを待つ囚人のように怯えているという『事実』だ。バルタザール卿、貴方は一体、過去にどんな下劣な罪を犯したというのかね?」
バルタザールは痛ましそうに両手で顔を覆い、喉の奥から絞り出すように言った。
「……探偵殿の言う通りだ。私は、この命を狙われても文句の言えない『罪』を背負っている。数年前の国境紛争の最中……私は領地を守るため、ある者たちを見殺しにした。彼らが私を恨み、この雪山の孤城で私の命を奪いに来るのは、当然の報いなのだよ」
「見殺しにした、か」
ロッソはわずかに目を細めた。バルタザールの言葉、その悲壮感に満ちた告白には、一見すると論理的な整合性があるように思える。しかし、ロッソの鋭いプロファイリングは、その言葉の響きとバルタザールの「身体的反応」の間に潜むわずかな不協和音――明確な「ノイズ」を正確に看取していた。
命を狙われていると怯える人間であれば、護身用の武器を手元に置くか、あるいは警備を厳重にするのが合理的というものだ。しかし、バルタザールの震える手は、剣の柄ではなく、常に自身の背後――あの重厚な紋章の飾られた大理石の壁面を庇うような、奇妙に防衛的な位置に置かれていた。
(自分の命が惜しくて怯えているのではない。この男は、自分が殺されることによって、あるいは『殺される前に何かが暴かれること』を恐れている。……いや、それだけではない)
バルタザールが守ろうとしているのは、命そのものではなく、その背後の壁の奥に隠された「何か」だ。城内のいたる所にあるあの家の紋章と、バルタザールの防衛的な姿勢。その二つを結ぶ数式の中に、まだ見えていない致命的な変数が隠されている。
「貴方の身にこれから何が起ころうと、私の知ったことではない。だが、この閉ざされた空間の中で、理不尽な流血や計算違いのエラーが起きることは、私の美学が許さない」
ロッソは冷徹に言い放った。
「貴方が何を隠していようと、今夜の内にすべてを洗い出させてもらうよ」
バルタザールは苦渋に満ちた表情でうなずくことしかできなかった。外の吹雪はさらに激しさを増し、まるで館全体を飲み込むかのように、轟音を立てて吹き荒れていた。
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