2:歪んだ食卓
夜のとばりが下りるにつれて、外の吹雪は一層その猛威を増し、孤影荘の分厚い石壁を打ち鳴らす地響きのような風圧が、館全体を微かに震わせていた。
城の最奥に位置する大食堂では、揺らめく暖炉の火が、長く伸びた影を幾重にも壁に映し出していた。長大なオーク材のテーブルの上には、外の過酷な気候とは裏腹に、贅を尽くした料理とワインが並べられている。だが、そこに満ちているのは優雅な晩餐の空気ではなく、それぞれが隠し持つ剥き出しの利害と殺意が交錯する、澱んだ緊張感だった。
上座には、この城の主である領主バルタザールが重々しく腰を下ろしている。その老いた顔には、これから始まるであろう夜の深まりに対する疲労と、拭い難い不安の色が深く刻まれていた。そしてその背後の影には、主の身を案じる侍従ベルンハルトが微動だにせず控えている。
テーブルの反対側には、今回の嵐によって城に閉じ込められた三名の招待客が陣取っていた。
その一人、端正な身なりをした男――建築家のヴィクターは、手元の銀食器を弄びながら、冷ややかな視線を食堂の天井や梁へと走らせていた。その指先には、落としきれない微かな漆喰の白い痕がこびりついている。彼の纏う空気は理知的だが、その瞳の奥には、この古城の構造そのものに対する歪んだ執着と、何らかの破壊衝動が渦巻いていた。
対照的に、向かい側に座るふくよかな男――商会主のモルガンは、不機嫌そうに額の汗を拭いながら、自身の指にはめられた数個の金の指輪をカチャカチャと鳴らしていた。彼の頭にあるのは常に数字と損得勘定のようだ。国境の利権を巡り、領主バルタザールに対して並々ならぬ金銭的恨みと、この城を手に入れたいという強烈な執着を隠そうともしていなかった。
そして、その二人の間に挟まれるように沈黙を保っているのが、元傭兵の男――ヴォルフである。
無造作に放り出された彼の体躯は、歴戦の猛者であることを示すように屈強だったが、その姿勢には明らかな不自然さがあった。ヴォルフは常に自身の左手を、厚手のコートの下、胸のあたりにぎこちなく押し当てて庇っている。まるで、その胸の内に何か他人に見せられない致命的な「秘密」――あるいは、王国に対する深い恨みを証明する烙印を隠しているかのように。
食堂の壁のあちこちには、ロビーと同様に、旧家の誇りを示す『交差した二振りの剣と盾』を模した古い金属の紋章が嵌め込まれていた。ロウソクの炎に照らされたその意匠は、まるでこれから起こる惨劇を見据えるかのように、冷たく光を放っている。
探偵ロッソは、その長いテーブルの末席から、一切の感情を排した無機質な双眸で三人の男たちを順に見据えていた。少女ユキはその傍らに静かに佇み、周囲の空気を探るように目を凝らしている。
(建築家の構造的執着、商会主の打算的な銭ゲバ気質、そして元傭兵の胸に秘められた肉体的な痛みと因縁……。三者三様の『Why』が、この閉ざされた空間のなかで煮詰まり始めている)
ロッソの脳裏で、彼らの発言、視線の動き、微細な癖のすべてが瞬時に数値化され、精緻なプロファイリングの網の目へと組み上げられていく。
「……皆さん、料理は口に合いませんか?」
バルタザール卿が絞り出すようなかすれ声を響かせた瞬間、テーブルの空気がピリ、と張り詰めた。
それぞれの腹に一物を持った男たちが、不敵な笑みや、あるいは冷たい沈黙をもってそれに応じる。
外の吹雪の咆哮が、まるで死刑執行のカウントダウンのように、彼らの頭上で不気味に響き渡っていた。
感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください




