↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/84

1:嵐の招待状

 国境の断崖に屹立する古城『孤影荘』の重厚な鉄扉が閉ざされた直後、天空を焦がすような雷鳴とともに、猛烈な吹雪が城全体を完全に呑み込んだ。……城へと続く唯一の跳ね橋が、凍てついた鎖をきしませて引き上げられようとしている。刻一刻と迫る外界との遮断。城の周囲は数メートルの積雪と吹きすさぶ暴風によって包囲されつつあった。


 ロビーの隅、暖炉の揺らめく微かな光を背にして、一人の男が深く頭を下げて待機していた。この城の主である領主バルタザールに長年仕える侍従、ベルンハルトである。彼の額には冷や汗じみた滴がにじみ、その老いた両手はわずかに震えていた。ただの天候の悪化による孤立ではない。その震えは、この館に巣食う見えない殺意の気配を、長年仕えた忠臣として肌で感じ取っているからに他ならない。


「ようこそおいでくださいました、ロッソ様。そして……お連れ様も、このような悪天候の中、よくぞ……」


 ベルンハルトのか細い声は、城を打ち付ける猛烈な風の音にかき消されそうになっていた。


 探偵ロッソは、濡れた黒い手袋を脱ぎ捨てながら、感情の読ませない冷徹な眼差しを侍従へと向けた。彼女の纏う空気は、暖炉の熱気をも拒絶するかのように冷ややかだ。

 ユキが小さく震える。


「挨拶は省こうか、ベルンハルト。君が私をここに呼んだ理由、そしてこの城が孕んでいる『不穏な数式』の正体を、まずは聞かせてもらう」


 ロッソの言葉に、ベルンハルトは息を呑んだ。彼は周囲を警戒するように視線を巡らせ、声を潜めて語り始める。


「……お察しの通りです。我が主であるバルタザール卿に対し、この城に集まった招待客の誰かが――明確な殺意を抱いております。数日前から、当主の書斎周辺や客人の間で不審な動きがあり、手紙のやり取りや、夜ごとの物音が確認されているのです。このままでは、今宵のうちに……主の命が狙われるのは確実です」


「ふむ」


 ロッソは腕を組み、冷ややかな微笑をその唇に浮かべた。彼女の視線は、ベルンハルトの背後にある古めかしい大理石の壁へと向けられていた。そこには、国境を預かる旧家としての誇りを示すように、重厚な金属で象られた家系の意匠――『交差した二振りの剣と盾』を模した古い紋章が、冷たく嵌め込まれていた。城のあちこちに見られるその紋章の意匠を、ロッソは鋭い双眸で観察する。


「招待客は全部で三名だね。建築家、商会主、そして元傭兵。それぞれが異なる利害関係と、過去の因縁を抱えてこの国境の城に集まった。……だが、彼らがどれほど巧妙に殺意を隠そうとも、人間が行動を起こす以上、そこには必ず客観的な『論理(Why)』が存在する」


 ロッソは城の構造、そして今この瞬間に館内にいるすべての人間の配置を、その内に宿る天才的な脳内で瞬時に立体的な座標として構築していく。


「誰かが死んでから真相を暴くなど、私の趣味ではない。事件が起きる前に、その歪んだ殺意の根源を断ち切る。それが、私がこの雪山の孤城へ足を運んだ唯一にして最大の理由だ」


 その言葉には、一切の妥協も迷いもなかった。

 外では依然として猛吹雪が荒れ狂い、城の窓ガラスを激しく叩きつけている。逃げ場のない密室の中で、静かに、そして確実に、運命の歯車が狂い始めていた。ロッソは懐から取り出した真鍮の懐中時計の蓋をパチンと閉じ、冷徹な一歩を踏み出した。


 

 

 

 

感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。