プロローグ:凍てつく境界
国境の断崖に屹立する古城『孤影荘』は、まるで天と地を引き裂く灰色の楔のように、峻険な岩肌と果てしない雪原の境界線に突き刺さっていた。この地を襲う季節外れの猛烈な吹雪は、ただの自然現象というにはあまりにも悪意に満ちている。吹き荒れる白銀の風は、視界のすべてを暴力的に奪い去り、城の輪郭すらも漆黒の闇の中へと埋没させていく。外界との音を完全に遮断し、世界からこの空間だけを切り離そうとする絶対的な孤立。それこそが、近いうちにこの場所で孵化するであろう凄惨な惨劇の、完璧な培養器であることを知る者は、まだ誰もいない。
ドン、と重厚な鋼鉄製の門扉が閉ざされる音が、地響きのように館の奥深くまで鳴り響いた。その低い残響は、これから逃げ場のない檻の中に閉じ込められる者たちへの不吉な宣告のようでもあり、あるいはこれから始まる過酷な「論理的解決」への無慈悲な招待状のようでもあった。
探偵ロッソは、雪をたっぷりと含んだ朱い外套を老いた侍従へと預け、感情の伺えない無機質な双眸で館の広大なロビーを見渡した。床に敷き詰められた古いペルシャ絨毯には、国境を預かる旧家としての誇りを示すように、古めかしい武具の意匠――『交差した二振りの剣と盾』が、色褪せた金糸で精巧に刺繍されている。ロッソはその冷え切った意匠を視線で踏みにじるようにして、無遠慮に歩みを進めた。
彼女のすぐ隣には、小柄な少女ユキが音もなく佇んでいる。ユキは大きすぎる外套のフードを深く被り、その無垢な瞳で静かに館の冷え切った空気で呼吸していた。彼女の華奢な身体は、この物理法則が支配する世界において、唯一無二の超常的な「境界線」そのものである。彼女の存在なくして、これから始まる因果の書き換えは成立し得ない。
「……随分と温度の低い歓迎だね。だが、論理の盤面としてはこれ以上ないほどに清潔だ」
ロッソの低く冷ややかな呟きは、高い天井へと吸い込まれ、館の不気味な静寂の中に消えていった。
この閉ざされた空間には、すでに歪んだ殺意の数式が満ちている。放置すれば、近いうちに誰かが非業の死を遂げるだろう。
だが、探偵ロッソの辞書に「運命」という感傷的な単語は存在しない。いかに強固に描かれた悲劇であっても、それは因果の数式に過ぎない。不純物を見つけ出し、論理という名のメスで切り刻んで、事件を未然に防ぐ。それがロッソの目的だった。
殺人など絶対に許さない。事件を防ぎ得ず、人が死ぬことこそが、彼女にとって最大の恥辱だからだ。
ロッソは懐から重厚な真鍮製の懐中時計を取り出し、パチンと冷ややかに蓋を開いた。規則正しく時を刻む秒針の音が、これから始まる命がけの演算のカウントダウンのように、彼女の鼓膜を静かに叩き始めた。
感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください




