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外れ鑑定士は異世界の賭けを全部読んでいた  作者: じょな


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2/20

第2話「ハズレの値段」

 ギルドの受付カウンターは、朝から混んでいた。

 石造りの天井から差し込む朝陽が、埃っぽい空気をうっすらと白く染めている。革鎧の擦れる音、武器が床を叩く鈍い音——それから、笑い声。

 俺の方を見ながらの、笑い声だ。

「なあ聞いたか。昨日の番狂わせ」


「ああ、命運鑑定士とかいうやつだろ。生存率2%が生き残ったやつ」


「運だろ、どう考えても。次は死ぬな」

 俺は列に並びながら、その声を背中で受けた。


 否定はしない。


 反論もしない。

 半分は正しいからだ。

 《命運読み》は俺自身には使えない。昨日の生存率が本当に2%だったのか、それとも計算蟲が読み違えていたのか——今でも確かめる手段がない。

 数字は嘘をつかない。


 だが数字を読む奴が間違えることはある。

「次の方どうぞ」

 受付嬢が俺を手招いた。愛想のいい笑顔。ただ俺のギルドカードを受け取った瞬間、その笑顔が0.3秒だけ固まった。

《命運読み》が弾いた。


[受付嬢アネット 生存率:99% 脅威度:E ——困惑——]

 脅威度Eは最低ランクだ。戦闘員ですらない。ただ「困惑」という文字が、数値の端にうっすらと滲んでいた。本来の機能にはない項目だ。まだ意味がわからない。後で考える。

「昨日の報酬受け取りと、次の依頼登録をお願いしたい」


「……はい、かしこまりました。片瀬司、様」

 様、と付けた。


 昨日までは呼び捨てだったのに。


 報酬は銀貨18枚だった。

 ギルドの隅のテーブルに座って、紙に数字を並べる。3層クリアの基本報酬12枚、配当の取り分6枚、計18枚。

 悪くない。


 悪くないが——問題がある。

 昨日の番狂わせで急騰した俺のオッズを、賭博神殿が今朝更新していた。次回の数字は8.4倍。生存率2%の男が生き残ったことで、「もしかしたら勝てるかもしれない」という期待が市場に生まれた結果だ。

 逆説的だ、といつも思う。


 強く見えるほどオッズは下がる。弱く見えるほど上がる。

 今の8.4倍は、俺がまだ「弱い」と思われているうちの数字だ。これを使い切るまでに、次の一手を決めなければならない。

 紙の端に書いた。

 4層。推定生存率——

 そこで手が止まった。

 計算できない。


 自分のことだけは、どうしても埋まらない。


 そのとき、扉が開いた。

 物理的な音よりも先に、空気が変わった。周囲の視線が一点に引き寄せられる、あの感覚。

 男が入ってきた。

 背が高く、使い込まれた革鎧の肩に古い斬り傷の跡がある。年齢は20代半ば、顎に無精髭。入り口に立ったまま大きな欠伸を一つして、それからゆっくりと室内を見回した。

《命運読み》が弾いた。


[冒険者・不明 生存率:88% 脅威度:A 直感値:——ERROR——]

 眉が寄った。

 エラー。《命運読み》がエラーを返したのは、初めてだった。脅威度Aはこのギルドで見た最高値だ。それよりも「直感値」という見慣れない項目が気になった。さっきの「困惑」と同じ、数値の端に滲む情報。なぜ、エラーなのか。

 考えている間に、男が歩いてきた。

 迷いのない足取りで、真っ直ぐ俺の方へ。

「よお」

 椅子を引いて、断りもなく向かいに座った。テーブルに肘をついて、値踏みするわけでもなく、ただまっすぐ俺を見る。

「お前が昨日の、生存率2%の奴だろ」

「……そうだが」

「俺、ガルド。ガルド・ロア」

 ギルド内がまたざわついた。俺は知っている。直感だけで動いて毎回大穴を当てる天才冒険者。勝率の計算など一切しない。感情のままに突っ込んで、なぜか生き残る。俺の対極にいる種類の人間だ。

「何の用だ」

「用ってほどじゃないけど」

 ガルドは頬杖をついて、少し首を傾けた。

「お前に賭けたんだよ、昨日。生存率2%に」

 俺は少し間を置いた。

「なぜ」

「なんとなく」

「……なんとなく」

「そう」

 完全に根拠がない。


 俺は紙をめくる手を止めて、正面から聞いた。

「直感か」

「まあそんな感じ。で、当たった」

 ガルドはそこで少し笑った。自慢するわけでもなく、照れるわけでもなく——ただ、当たり前のことが起きたと言うみたいな顔で。

「だから挨拶しに来た。それだけ」

 俺はしばらく、その顔を見ていた。

 脅威度A。直感値エラー。なんとなく、で2%に賭けて当てた男。

「次も賭けるつもりか」

 軽い気持ちで聞いたつもりだった。

「賭ける」

 即答だった。

「理由は」

「だって勝ちそうじゃん、お前」

 ガルドは少し身を乗り出して、テーブルに両腕を置いた。真剣な顔、というわけでもない。ただ——確信している顔だ。計算も根拠もなく、ただ確信している。

「なんでそう思う」

「わかんない。でも勝つと思う。なんとなく」

 俺は息を吐いた。

 こういう人間と話したことがなかった。確率論で動く人間か、権力や暴力で動く人間か、そのどちらかしかいなかった。数字の外側に立っている奴が、目の前にいる。

 紙を一枚破って、4層の攻略予定日を書いた。

「じゃあ賭けろ」

 テーブルの上に滑らせた。

「ただし、ここに書いた金額を上限にしろ。超えるな」

 ガルドは紙を拾い上げた。一秒で読んで、顔を上げた。

「少なくね?」

「リスク管理だ」

「お前が勝つのに?」

「俺が勝つかどうかは俺にはわからない」

 そう言ったら、ガルドは少し黙った。意外そうな顔だった。

「……自分の生存率、読めないのか」

「自分には使えない」

「へえ」

 ガルドは紙をポケットにしまいながら、どこか面白そうに目を細めた。

「じゃあ俺が読んでやる」

「お前に何がわかる」

「なんとなく、勝つ。以上」

 立ち上がって、欠伸を一つ。それだけ言って踵を返した。振り返りもしない。

 俺は背中を見送りながら、紙の続きに書いた。

 直感値エラー——要観察。


 その夜。

 賭博神殿の一室で、水晶球が静かに光っていた。

「片瀬司の次回攻略、4層が濃厚です」

 報告する声は若い女のものだった。ためらいがちに、続ける。

「オッズは8.4倍。連続番狂わせの認定には、もう一度データが必要です。ただ——」

 一瞬、間があった。

「計算蟲が、少し……乱れています」

 返答はなかった。


 水晶球の光が、ゆらりと揺れた。

 まるで何かが——笑ったように。


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