表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れ鑑定士は異世界の賭けを全部読んでいた  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/17

15話「計算の外」

朝、目が覚めたとき、燭台はとっくに消えていた。


 いつ寝たのか、わからなかった。

 天井の染みが、朝の光の中で昨夜より薄く見えた。


 起き上がって、窓を開けた。

 冷たい空気が顔を打った。

 石畳が朝露で濡れていて、遠くで鳥が鳴いている。


 ——本当に、帰りたいのか。


 昨夜の問いが、まだそこにあった。

 答えは出ていない。

 出ないまま、顔を洗った。


---


 ギルドで7層のオッズを確認した。


 5.4倍。


 昨日より少し下がっていた。

 計算蟲は早い。下見で入っただけでも、データを拾っていく。


「今日か」


 ガルドが隣で掲示板を見た。


「今日だ」


「声、また聞こえると思うか」


「聞こえる」


「引っ張られそうか」


 少し間を置いた。


「わからない」


 ガルドは何も言わなかった。

 それでいい、という顔をしていた。


---


 7層の入口に着いたのは昼前だった。


 階段を降りると、例の空気が来た。

 重い。密度が高い。肺が少しだけ抵抗する感じ。


 壁の光の筋が、今日も静かに明滅していた。


「行くぞ」


「おう」


 ガルドの返事は短かった。

 いつもより少しだけ、低かった。


---


 三十メートルで《命運読み》を起動した。


 反応がない。

 石纏いは壁に溶けている。前回と同じだ。


 ガルドが首の後ろに手を当てた。


「ざわっとしてる」


「方向は」


「……右の壁、少し先」


 前回より絞れていた。

 俺は右壁を見た。光の筋の間に、動かない影がある。


 《命運読み》を集中させた。


 弾いた。


 [石纏い 生存率:61% 脅威度:B+ 推奨行動:先制攻撃]


「右壁、四メートル先。一体だ」


「先手打つか」


「打つ。お前が右から、俺が音を出す」


 小石を蹴った。

 壁に当たった瞬間、ガルドが動いていた。


 石纏いが剥がれた。

 ガルドの剣が関節の内側を狙った——フィネから聞いた弱点だ。


 一撃では仕留めきれなかった。

 でも、動きが止まった。


 俺は逆側に回り込んだ。

 膝の内側。もう一度。


 生存率が67%に上がった。


 二撃目でガルドが仕留めた。


「関節、効くな」


「フィネの情報だ」


「その人、今度飯でも奢りたい」


 返事をしなかった。


---


 五十メートルを超えたところで、聞こえた。


 前回と同じ場所だった。

 頭の内側に触れてくる、形のない声。


 ——帰れるぞ。


 足は止めなかった。

 今日は止めなかった。


 でも、聞こえた瞬間に——昨夜の燭台を思った。

 風もないのに揺れていた火を。

 答えの出なかった問いを。


 歩き続けながら、奥歯を一度だけ噛んだ。


---


 七十メートルで二体目と遭遇した。


 天井からではなく、正面からだった。

 通路の幅が狭くなっている場所で、石纏いが真正面に立っていた。


 前回のパターンと違う。


 《命運読み》を流した。


 [石纏い 生存率:58% 脅威度:B+ 推奨行動:後退]


 後退。

 でも後ろには通路がある。後退すれば——


「首の後ろ、ぞわっとした」


 ガルドが低く言った。


「後ろか」


「たぶん」


 挟まれる。


 前後に一体ずつ。

 通路が狭い。左右の壁は使えない。


 俺は《命運読み》を後方に流した。


 弾いた。

 まだ遠い。でも来ている。


「前の一体を先に仕留める。お前が正面、俺が——」


 そのとき、声が来た。


 ——お前の計算では、届かないぞ。


 今回は違った。

 「帰れるぞ」じゃなかった。


 計算を、否定してきた。


 一瞬だけ、頭の中が白くなった。


 白くなった、とわかった。

 わかったから、余計に嫌だった。


「片瀬」


 ガルドの声が来た。


「聞こえたか」


「——聞こえた」


「今のは俺も聞こえた」


 俺は顔を上げた。


「お前も?」


「声じゃなかった。感覚だ。首の後ろがぞわっとしたのと同時に、なんか、お前がやばいって——」


 ガルドが言いかけて止めた。

 それから、続けた。


「——なんとなく、今は俺が考える番だと思った」


 根拠のない断言だ。

 いつもの、ガルドだ。


 でも今は——それでいい。


「聞く」


「正面の一体、俺が引きつける。お前は後ろを先にやれ。狭い通路なら一体ずつしか来れない」


「後ろの距離が——」


「間に合う。なんとなく」


 数字じゃない。

 根拠もない。


 でも俺は、ガルドの「なんとなく」を計算に組み込むことにしていた。

 6層でそれを学んだ。


「わかった。やれ」


---


 ガルドが正面の石纏いに向かって走った。


 大声を上げながら、剣を鳴らしながら。

 石纏いの注意が前に向いた。


 俺は後ろに走った。


 《命運読み》を流しながら。


 後方の石纏いが、通路の曲がり角から姿を現した。

 まだ十メートルある。


 壁際に寄った。

 来るのを待った。


 相手が走ってくる。

 脅威度が上がった。


 六メートル。四メートル。


 膝の内側を狙う。一撃で仕留める必要はない。動きを止めればいい。


 三メートルで踏み込んだ。


 剣が通った。


 生存率が63%に上がった。


 もう一撃。

 関節が砕ける感触があった。


 石纏いが崩れた。


---


 振り返ると、ガルドが正面の一体と格闘していた。


 腕に傷ができていた。

 でも、追い詰めていた。


「右の関節」


「わかってる」


 最後の一撃はガルドが入れた。


 石畳に崩れ落ちる音がした。

 しばらく、二人とも動かなかった。


 ガルドの息が荒かった。

 俺の手が、少し震えていた。


 声のせいだ。

 計算を否定された瞬間、頭が白くなったことが、まだ残っていた。


「片瀬」


「なんだ」


「さっきの声、お前に何て言ったんだ」


 少し間を置いた。


「計算では届かない、と」


 ガルドは少しの間、黙っていた。


「届いたじゃないか」


「届いた」


「じゃあ嘘だ」


 簡単に言った。

 根拠もなく、証明もなく。


 でも——そうだ。

 届いた。


「嘘か」


「嘘だ。神でも声でも、嘘はつく」


 数字は嘘をつかない、と俺は言い続けてきた。

 声は数字じゃない。

 だから嘘をつく。


 それだけのことだ。


 震えが、止まった。


---


 出口まで残り二十メートルのところで、三体目が出た。


 天井からだった。

 ガルドの首の後ろがぞわっとした瞬間、俺は横に跳んでいた。


 着地の衝撃で膝が痛んだ。

 でも直撃は避けた。


 《命運読み》を流した。


 [石纏い 生存率:66% 脅威度:B 推奨行動:側面から攻撃]


 脅威度がBに下がっていた。

 疲弊しているのか、この個体が弱いのか。


「最後だ。一体ずつやってきた。同じようにやれる」


「おう」


 ガルドの返事はもう荒くなかった。


 二人で関節を狙った。

 三撃で仕留めた。


---


 出口の光が見えたとき、足が少しだけ重かった。


 出た。


 地上の空気が、肺に入ってきた。

 昼の光が眩しかった。

 石畳が温かかった。


 ガルドが隣に立った。

 腕の傷から血が滲んでいた。


「生きてる感じがする」


「毎回言うな」


「毎回思うんだから仕方ない」


 俺は空を見た。

 雲が流れていた。

 速い風が上の方を吹いているらしく、雲の端がちぎれながら動いていた。


「ガルド」


「なんだ」


「さっき、俺がやばいと思ったのは——直感か」


 ガルドは少し考えた。


「直感、というか。首の後ろがぞわっとしたのと、お前の顔が重なった。それだけだ」


「俺の顔を見たのか」


「見てない。でも重なった」


 見ていないのに重なった。

 それは直感じゃない。もっと別の何かだ。


 俺は《命運読み》をガルドに向けた。


 [ガルド・ロア 生存率:89% 脅威度:A 直感値:——ERROR——]


 エラーのまま。

 正体はまだわからない。


 でも今日、ガルドの「なんとなく」が俺の頭の白さを上書きした。


 それだけは、確かだった。


---


 夕方、ギルドの前を通りかかったとき、ドランがいた。


 掲示板の前に立っていた。

 7層クリアの報告が、今日の夕方に貼り出されていた。


 命運鑑定士・片瀬司。7層クリア。生存率最終値69%。


 ドランはそれを見ていた。


 俺が通りかかっても、振り返らなかった。

 掲示板から目を離さなかった。


 《命運読み》を流した。


 [ドラン 生存率:98% 脅威度:D 感情値:――(薄い、静かな何か)]


 濁りが消えていた。

 代わりに、静かな何かが残っていた。

 名前のつかない数値だった。


 俺は通り過ぎた。


 ガルドが小声で言った。


「声かけなくていいのか」


「今はいい」


「なんで」


「あいつが自分で答えを出すまで、数字が動かない」


 ガルドは少し考えて、頷いた。


---


 宿への道を歩きながら、今日のことを整理した。


 石纏い三体。

 生存率最終値69%。

 声に一度、頭が白くなった。


 でも届いた。


 計算は通じた。

 声は嘘をついた。


 ——数字は嘘をつかない。

 声は嘘をつく。

 だから声より数字を信じる。


 それだけだ。


 上着の内ポケットに手を当てた。

 リーセからもらったデータが入っている。


 8層のデータは、まだ来ていない。


 次にリーセに会ったとき——今日のことを話すかどうか、決めていなかった。

 話す必要はないかもしれない。

 でも、話したい気がしないわけでもなかった。


 そこだけが、計算の外だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ