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外れ鑑定士は異世界の賭けを全部読んでいた  作者: じょな


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第11話「下がるオッズ」

 水晶球の前で、誰かが舌打ちをした。

 聞こえるはずもない距離だったが、俺にはわかった。


 ——オッズが、また下がった。

 掲示板に貼り出された数字は、6.1倍。

 昨日まで7.2倍あったオッズが、6層クリアの情報が出回るにつれてじわじわと削られている。


 計算蟲は正直だ。強くなればなるほど、俺の「価値」を減らしていく。

「どうせまた下がる」

 ガルドが俺の隣で腕を組み、掲示板を睨んだ。

「そのうち1倍台になる。そしたらどうすんだ」

「稼いでる間に次の手を打つ」

「次って?」

「7層だ」

 ガルドは鼻を鳴らした。

「お前、絶対楽しんでるだろ」

「楽しんでない」

「いや、絶対楽しんでる。目が違う」

 返事をしなかった。


 ——違う、とは言い切れなかった。


 ギルドの入口で、ドランと鉢合わせた。

 正確には、鉢合わせた、というより——待ち構えていた、という顔をしていた。

「片瀬」

 声に棘があった。


 《命運読み》が静かに弾く。

 [ドラン 生存率:98% 脅威度:D 感情値:――(強い混濁)]

 脅威度はDだ。暴力の気配はない。


 ただ、感情値の端がひどく濁っていた。

「6層、クリアしたそうだな」

「ああ」

「俺が三度蘇生した6層を」

 言いたいことはわかった。


 お前が、なぜ。

 ドランはBランクだ。実力なら俺より上だ。


 それが三度蘇生されて帰ってきた層を、俺とガルドが——命運鑑定士と、契約もない直感任せの男が——クリアした。

 そういうことだ。

「言いたいことがあるなら聞く」

「……なんで命運鑑定士がBランクより先に行けるんだ」

 声が低かった。怒りより、困惑に近い。

「教えてやってもいい」

 ドランが眉を上げた。

「6層の風翼蜥蜴は、突風の1〜2秒前に腹に響く低音がある。それを聞いてから動けば避けられる」

「……知ってる」

「じゃあ、聞いた後にどう動くかは」

「縦穴から離れる」

「方向は」

 ドランが黙った。

「突風は縦穴ごとに向きが違う。向きを間違えれば吹き飛ばされる。十字路には縦穴が四つある。それを全部、前兆音だけで判断できるか」

 返事がなかった。

「俺は事前に一度だけ退避に見せかけて確認した。それだけだ」

「……退避に、見せかけて」

「オッズを上げるついでに」

 ドランの目が少しだけ動いた。


 俺はもう一度《命運読み》を流す。

 感情値の端に、さっきとは別の何かが滲んでいた。


 怒りじゃない。——羞恥か、それとも。

「お前は馬鹿じゃなかったのか」

「俺が?」

「5話で。ハズレ職のくせに生意気だとか何とか言ってた連中の中にいただろう」

 ドランの口元が、わずかに歪んだ。

「言った」

「正直だな」

「……お前を止めるつもりだった」

「今も?」

「今は」

 一拍あった。

「——わからん」

 それだけ言って、ドランはギルドに入っていった。


 背中を見送りながら、ガルドが小声で言う。

「あいつ、変わった?」

「わからない。数字じゃわからないことがある」

「たまにはそういうこと言うんだな、お前も」

 返事をしなかった。


 昼過ぎ、神殿の配当窓口の前を通りかかった。


 列ができていた。

 6層クリアの配当が出る日だ。


 列の中に、一度だけ見た顔があった。

 荷運びの中年の男だ。夜の広場で「命運鑑定士に

全部突っ込んだ」と笑っていた。


 男は窓口で紙を受け取った。

 数えた。もう一度数えた。


 その場で動けなくなっていた。

 泣いているのか笑っているのか、遠くからはわからなかった。


「あれ、お前に賭けたやつだろ」


 ガルドが言った。


「そうだ」


「7.2倍か。いくら突っ込んでたんだろ」


 答えなかった。


 男の手が震えていた。

 それだけはわかった。


 この仕組みが嫌いだ、と思ったことがある。

 今もそれは変わっていない。


 でも——賭けが、人の何かを動かすことも、ある。


 そこだけが、計算の外だった。



 夜、宿に戻る前に広場を横切った。

 賭博神殿の水晶球が、広場の中央で淡く光っている。


 夜でも消えない。どこかのダンジョンで、今も誰かが攻略中なのだ。

 ふと、立ち止まった。

 水晶球の光が——揺れていた。

 風はなかった。


 水面でもないのに、球の内側の光がゆらゆらと動いている。まるで、息をしているみたいに。

 《命運読み》を向けた。

 弾かない。

 対象が「物」のとき、スキルは反応しない。それはわかっていた。


 だから弾かなくて当然だ。

 ——当然、なのに。

 一瞬だけ、数字の代わりに何かが見えた気がした。


 形のない、数値じゃない何か。

 気のせいだ。

 そう切り捨てて、視線を外した。


 夜風が頬を撫でた。

 水晶球の光は、もう揺れていなかった。


 宿に戻ると、扉の前に一枚の紙が挟まっていた。

 神殿の封蝋が押されている。


 開くと、一行だけ書いてあった。

 ——7層、準備できました。

 リーセの字だ、とわかった。


 文字に無駄がない。装飾も前置きもなく、ただそれだけ。

 宛名もなく、署名もなく。


 それでも誰に向けた紙かは一目でわかる。

 俺はそれを折り畳んで、上着の内ポケットに入れた。

「さて」

 独り言が出た。

「7層のオッズは、今いくらだ」

 答える者はいない。


 でも明日には確認できる。

 ——数字は嘘をつかない。

 窓の外で、水晶球の光が夜空に溶けていた。


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