7.
最初に見えたのは、黒。
この国では見たこともない形の衣装だった。
真っ直ぐに立つ詰襟。
肩から裾へ落ちる硬質な線。
袖口や裾などに金があしらわれており、どこか高貴な雰囲気を漂わせる、圧倒的な威圧感を放つ漆黒の衣。
裾はふくらはぎどころか足首近くまで届き、翻るたびに重々しく揺れる。
額には白のハチマキ。全校生徒に配られている紅白のハチマキよりもずいぶん長く、風にはためくそれは、神殿に翻る御旗よりも神聖に見えた。
それを着こなしているのが、生徒会役員達だと認識した瞬間。
運動場に歓声が爆発した。
「きゃああああっ!!」
「何あれ格好いい!!」
「生徒会だ!!」
先頭を歩くランスロットは、ただそこに立っているだけで空気を支配していた。長身に合わせて仕立てられた黒衣は異様なほど様になっていて、黒髪と相まって絶対的王者の貫禄を漂わせる。
片手を軽く上げただけで、観覧席から悲鳴のような歓声が上がった。
「ランスロット殿下ーーー!!」
本人はいつも人前に出る時の王子様スマイルで、本当に理不尽なくらい華がある。
次に現れたのは、会長補佐のオスカーだ。こちらは苦笑しながら手を振っていた。兄より幾分柔らかな顔立ちだが、同じ黒衣をまとえばやはり王族の血筋を感じさせる。
長い裾を揺らしながら歩く姿は軽やかで、歓声への応え方も慣れたものだった。
アリィシアのもう一人の幼馴染である彼も、改めて見ればもう立派な青年だ。王宮の庭でかくれんぼして、頬に傷を作っていた姿など誰も想像も付かないだろう。
弟のように思う彼の成長した姿にアリィシアは嬉しくなる。
侯爵家の嫡男であり、書記を担当するセオドア・ヴァレンタインは、歓声の渦の中でもまるで動じず、静かな存在感を放っている。
銀糸のような髪が陽光を受けてきらめき、彼らしくきっちりと着込まれた黒衣——聞こえてきたところによると『ガクラン』と言うらしい——によく映えていた。
彼が纏うと、その衣装はまるで儀礼服のような気品を帯びて見える。
ああ見えて甘党な彼は、お気に入りの店の新作お菓子を、時折アリィシアにわけてくれる。それも、アリィシアが余裕を無くしている時ばかりだ。
無口な彼が不器用に示してくれる気遣いが、アリィシアは好きだった。
ヴィクトル・グランツ。
おおらかで面倒見の良い大将軍家の一人息子は、普段なら着崩してしまいそうな黒衣を、今日は珍しくきっちりと着込んでいた。
慣れない詰襟が窮屈なのか居心地悪そうにしている姿を見て、後ろのオスカーがニヤニヤ笑っている。
大柄な彼と小柄なアリィシアが並ぶと、大人と子供のような身長差になる。
けれど、生徒会室を散らかしてはアリィシアに叱られ、素直に肩を縮こまらせる姿は、生徒会ではいつもの光景だった。
男性陣の最後は、アリィシアの心の友であるロドニー・ベルマンだ。貴族クラスではないが、商家の出身で計算に長けており、生徒会では会計を担当している。
集まる視線に居心地悪そうに「うわぁ……」と引き気味の顔で歩く彼を見つけた瞬間、普通クラスの生徒達から一気に歓声が飛んだ。
「あいつ会計の!!」
「似合ってるぞーー!!」
「顔赤い!!」
「うるさい!!」
怒鳴り返した声に、運動場がどっと沸く。貴族だらけの生徒会において、ロドニーは数少ない常識人だ。
アリィシアとは妙に気が合い、気づけば「常識側」と「問題児側」で二対三になることもしょっちゅうだった。
そして大抵の場合、常識のあるこちらに分があるのだった。
これが、アリィシアの自慢の仲間達。
身分も、育ちも、まとう空気も違う五人が同じ黒を纏い、同じ歩幅で並んで歩くその姿は、まるでこのタイイクサイそのものを象徴しているようだった。
そして、爆発的な歓声は、そこで終わらない。
生徒会役員達が左右へ分かれる。
その中央にできた道を見て、誰かが息を呑んだ。
黒幕の奥。
ゆっくりと、ひとつの影が姿を現す。
「――っ」
最初に上がったのは、男子生徒達の声だった。
「ノゾミ様!!」
「うおおおお!!」
「可愛いいいい!!」
熱を帯びた歓声が、一気に運動場へ広がっていく。
ノゾミもまた、生徒会役員達と同じ黒衣を纏っていた。
けれど男子用とは違い、長い裾はそのままに、動きやすいよう細身に仕立てられている。
数ヶ月で少し伸びた髪が揺れるたび、中性的だった彼女は、妖精のような可憐さを帯びて見えた。
そして何より、彼女は全校生徒から向けられる視線も歓声も、楽しそうに笑って受け止めている。
その姿に、今度は女子生徒達まで歓声を上げ始めた。
「格好いい……!」
「ノゾミ様ー!!」
「こっち見てー!」
歓声は瞬く間に運動場全体へ広がっていく。
生徒も、
教師も、
男子も、
女子も、
貴族も、
平民も。
気づけば誰もが立ち上がり、手を振り、叫んでいた。
まるで舞台の主役が現れた瞬間のような熱狂だった。
そして——
その中心へ辿り着いたノゾミが、生徒会役員達を従えるように運動場の中央へ立つ。
黒衣の裾が、風に翻った。
にっ、と
いたずらを企む子供のように笑ったノゾミが、魔力拡声器を高く掲げる。
「——全校生徒ぉーーー!!」
「楽しんでるかーーーー!?」
地鳴りのような歓声が返ってきた。




