8.
「今日くらいは身分も!!」
一瞬の静寂。
「成績も!!」
空気が震える。
「立場も、全部忘れろーーー!!」
「おおおおおおっ!!」
抑え込まれていた熱狂が、一気に爆発した。
「勝つ奴も!!」
「負ける奴も!!」
ノゾミが笑う。
「最後には全員!!」
黒衣の裾が、大きく翻る。
「笑って終われぇぇぇぇ!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
地鳴りのような歓声が、運動場を揺らした。
その、本当に止むのか、というほどの歓声が、
ノゾミの
「全校生徒のーーーっ」
という不思議な掛け声が始まると同時に、スーッと静まっていった。
「健闘を讃えてーーーっ」
ドドンッ
ドルムの音が鳴り響く。
「フレーっ」
バッ
と、重い布が翻る音がする。
生徒会役員たちが、一斉に腕を振り上げたのだ。
「フレーっ」
バッ
再び、黒衣が翻る。
誰もが、全ての音を聞き漏らすまいと耳をそば立てている。
怒鳴るわけでもないのに直接耳に届けられるようなノゾミの声は、
司祭の祝詞のように心地よく
神々しく、
校庭が清浄なもので満たされるように感じられた。
時折響く、ドドンッというドルムの音も、この演舞を盛り上げる。
いつの間にか用意されていた大きな応援旗が、青い空に美しく翻される。
それが生徒会メンバーが揃って腕を上げ下げする動きと呼応して、そのまま神楽のようだ。
その場にいる者は、全員。
空を飛ぶ鳥さえも、真剣に魅入っていた。
これに比べたら、自分の毎年の奉納舞など、どれほどのものだろう。
幼い頃から、努力してきたつもりだった。でも、その努力の積み重ねを軽やかに飛び越えてしまう、『ほんもの』を見てしまった。
運動場の中心で、全校生徒の真ん中で、ノゾミは今、自分よりずっと自然に人々の心を掴み、熱狂させている。
ランスロットを連れ回している、と噂されていた休日の王都探索は、実は綻び始めていた100年前の守護をかけ直して回る作業であったらしい。お陰でこの一年ほど続いていた原因不明の事故や病や、妙に増えた理由のない諍いなど、不穏な空気が嘘のように無くなった。
学園の中でも、当初は男性に気安過ぎる、距離が近い、など陰口を叩かれていたけれど、今ではそれが本当に男女も、身分も隔たりなく接する性格なのだとみんな知っている。
貴族も平民も自然に同じ輪へ引き込んでしまう彼女は、学園の空気そのものを変えてしまった。
嫌う要素なんて一つもない、素敵な女の子をアリィシアが素直に認められないのは——
自分よりも、ランスロットに相応しい、そう思ってしまうからだった。
最後の振り付けが終わったらしい。
「礼ッ!」
ノゾミの号令に合わせ、生徒会役員達が寸分違わぬ動きで一斉に頭を下げる。
次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が運動場を包み込んだ。
その熱狂の中、ランスロットが一歩前へ出る。
黒衣の裾が、風を孕んで翻った。
彼が魔力拡声器を手に取った瞬間、自然に歓声が静まっていく。
「紅組も、白組も」
低くよく通る声が、校庭全体へ響き渡った。
「最後まで正々堂々、力を尽くしてほしい」
呼応する、大きな歓声が上がる。
けれどランスロットは、なお真っ直ぐに前を見据えていた。
「勝敗そのものに、意味はない」
その言葉に、会場の熱がわずかに揺れる。
「だが——」
一瞬の静寂。
そこでわずかに口元を和らげた。
その微かな微笑みに、場の空気すらも熱を帯びる。
「今日という日が、皆にとって誇れる一日になれば嬉しく思う」
ドォン!!
背後でドルムが鳴り響く。
黒衣の裾を翻し、ランスロットが静かに手を掲げた。
「——楽しめ」
「うおおおおおおおおっ!!」
地鳴りのような歓声が、再び運動場を揺らした。




