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9.

興奮冷めやらぬ中で続けられた紅組と白組のオウエンガッセンも、生徒会役員に影響されたとても熱のこもる演技で運動場を沸かせた。


ここまでがタイイクサイ前半で、昼食を挟んで後半は引き続き競技の再開となる。

まだ歓声の余韻が残る校庭で、生徒達が興奮気味に感想を語り合っている。


「すごかったな、生徒会の特別演舞!」

「鳥肌立った……!」


視線の先には生徒会メンバーがいて、忙しそうに午後の準備を進めている。その輪の中心には、当然のようにノゾミがいた。


平民の生徒にも。

貴族の令嬢にも。


分け隔てなく笑いかける姿に、誰もが自然と惹き寄せられていく。

少し離れた場所で、級友とその光景を見つめながら、アリィシアはそっと息を吐いた。


秋の風が、日差しで火照った頬を撫でていく。

——素敵な方だわ。


本当にそう思うのに、胸の奥が苦しかった。



「アリィシア!」


アリィシアに気付いたランスロットが、その輪の中から大きく手を振る。その姿に、アリィシアも思わず手を振り返した。


するとランスロットは、そのまま真っ直ぐこちらへ駆けて来る。先ほどまで運動場の中心に立ち、凛々しい顔で全校生徒の視線を集めていた人とは思えないほど、無防備な笑顔だった。


いつの間にか着替えたらしい。あずき色のウンドウギを上下とも着崩した姿は、いつもの正装と比べたらずっと年相応に見える。

薄い生地の上からだとよく分かる肩や腕の線に、アリィシアはどきりとして慌てて視線を逸らした。

長い足も、よく目立つ。


——やっぱり、ウンドウギというものは体の形がよく分かってしまうのね……。


そんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくて、アリィシアはそっと頬を押さえた。

他の生徒が着ている分には何も思わなかったのに今更だけれど、自分は着なくて良かった……と安堵を覚えたのだった。


ランスロットが来たので、アリィシアの友人たちは遠慮して席を外すようだ。王太子であるランスロットに一礼をして離れていく。


「見てたか?」


彼女らが十分に離れたのを確認してから、ランスロットがどこか期待するように問い掛ける。


当然、特別演舞のことだろう。アリィシアは頷く。


「ええ。とても素敵だった。揃いの黒い衣装って映えるのね、みんな格好良くて」

「みんなか?」


ぴくり、とランスロットの眉が動く。

不満げな声音に、アリィシアは思わず吹き出した。いつも通りのランスロットに少し安心する。プライドの高い彼が、一番を欲しがるのはいつものことだった。


「……特に、あなたが」


そう言った瞬間、ランスロットが満面の笑顔になる。

まるで褒められるのを待っていた子供のようで、アリィシアは胸の奥がくすぐったくなった。


「だろ?俺が一番練習した」


と胸を張る。

の様子があまりにもいつも通りで、アリィシアはふっと肩の力を抜いた。


先ほどまで、あれほど遠く感じていたのに。

こうして自分の前で笑う姿は、昔から知っているランスロットのままだ。


「練習時間があまり取れなかったから合わせたのはほとんどぶっつけ本番だったんだ。結構ギリギリでさ。でもなんとかまとまったな」

「そうなの?みんなの動きがそろっていて迫力があったわ」

「やるならいいもの見せたいからな。個人練習で俺が一人一人しごいたんだ」


アリィシアは生徒会の面々が気の毒になった。多少の鍛錬など、鍛錬とも思わないストイックなランスロットが「しごいた」というのだから、相当のしごきだったことだろう。特にロドニーは運動が苦手だから、辟易したに違いない。


タイイクサイはノゾミに付き合っているだけだと思っていたランスロットの意外な意気込みに、アリィシアは寂しくなった。

しかし、続けられた言葉はアリィシアの想像しなかったものだった。


「シアに見せるんなら、中途半端なもの、出せないだろ」

「え?」


思わず瞬きをする。


「わたし?」

「春大祭のお前、いつもすごいからな」

「……!」

「いつも見てるだけだったけど、たまにはな」


続けられた言葉に、アリィシアの心臓は止まりそうになる。


「俺も、いいとこ見せたかった」


目を見開いたアリィシアを見て、ランスロットはいたずらが成功した少年のようにニッと笑った。


(ずるい……!)


アリィシアはぎゅっと心臓を抑えた。


「ところでさ」


アリィシアを驚かせて得意気なランスロットが一歩近づく。


——近い。


やさしい秋風に、ふわりとランスロットのにおいを感じた気がして、アリィシアの心臓に更なる負担がかかる。

前までは自然だったその距離も、このところ、一緒に過ごす時間の減っていたことで過剰に意識してしまうのだ。


少しだけ身を引いたアリィシアにむっと眉を顰めたランスロットがまた近づく。

そして、少し身を屈め、アリィシアを覗き込むようにして言った。


「後夜祭はオスカーとヴィクトルの担当だから、俺は空いてるんだ」


背の高い彼が、アリィシアに話しかける時によくする仕草だ。

幼い頃から見慣れているはずなのに、近付いた艶やかな黒い髪も、長い睫毛も、楽し気に細められた青い瞳も、どれもがアリィシアの心臓に悪いのだった。


「フォークダンス、一緒に参加しようぜ」

「……」


意外な誘いに、言葉が出てこないアリィシアを訝し気に見る。


「もしかして。……別のヤツと約束、してないよな?」

「いいえ。……あなたこそ約束があるんじゃないかと思ったから」


それにはすぐ否定の言葉を返すと、安心したように笑う。


「何言ってんだよ、俺のダンスのペアはアリィシアだろ」


ランスロットが当然のように言い切った、その時。


「ランスロットー!」


遠くから、ヴィクトルの呼ぶ声が響いた。


「あー、悪い。呼ばれた」


ランスロットは名残惜しそうに眉を寄せたものの、すぐにいつもの笑みを浮かべる。


「じゃあ、また夜な!」


軽く手を振ると、そのまま駆けていく。

翻るあずき色のウンドウギを見送りながら、アリィシアはそっと胸元を押さえた。

まだ、鼓動が落ち着かない。


——ランスは本当に。ずるい。


あんな風に笑って。

当然みたいに隣へ来て。

特別みたいな言葉を、簡単に口にする。


秋風が、また頬を撫でた。

けれど火照りは、日差しのせいだけではなかった。

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