20.
ランスロット、15歳の夜会は特別な夜だった。
「うーん……」
アリィシアをエスコートするために、メリディアン公爵家のタウンハウスへ向かう馬車の中でランスロットは唸った。
母はああ言っていたが、本当にアリィシアは休養を取れたのだろうか。この数日は自分も視察などが入り、会う機会がなかったから様子が分からない。
王家専用の魔法鳩を無断借用して連絡を取ったが、いつもながらアリィシアは問題ない、としか返事をよこさないから、ランスロットは一人で気を揉んでいたのだ。
主催者とはいえ、夜会に出ている場合なのだろうか。ダンスなんて、踊れるのか?
場合によっては、早目に退出を促すか、救護室で休憩させるか……
いや、ああなったアリィシアは、ランスロットがいくら言っても休んだ試しがない。ここはもう、何かあったときに対処できるよう、ずっと自分が付いているしかないか——
そんなことを考えながら、公爵邸に到着したランスロットがエントランスで待つことしばし。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
カツンカツンッと硬質な靴音が響き、アリィシアが姿を表した。
「いや、大して待ってない」
振り返りながら、アリィシアの様子をさっと確認する。
ー顔色、良し
ー隈、無し
ー声、ハリがある
ー動き、しっかりしてる
(よし、大丈夫だ)
胸の奥に張り付いていた不安が、ようやくほどける。
実際に顔を見るまでは安心できなかったから、大きく息をついた。
そこまで確認してから、ランスロットは動きを止めた。
気付いたら、アリィシアが綺麗だった。
緩やかに結い上げた金の髪が、公爵邸の大きな窓から差し込んだ夕焼けを反射してきらきらと輝いている。
髪を結い上げたのは初めてで、その首の細さに息を呑む。
瞳はランスロットのよく知っている優しい若木の緑だが、長いまつげが影を落とし、潤んで見せる。
ドレスの首元は控えめで、上品な仕立てになっているが、身体に合わせて丁寧に作られたドレスはアリィシアの柔らかな女性らしさを美しくみせていた。
そして、青。
ドレスは聞いていた通り青。
幾重にも重ねられた薄布が色に深みを与え、その瞳の持ち主を連想させる。
ランスロットの、瞳の色だ。
今さらになって、自分が勧めた色の意味を実感した。
瞳の色を、身にまとうこと。
これ以上ない、親密な関係の表明だ。
そこまで思い至ったら、顔が一気に熱くなった。
ランスロットは赤くなったであろう顔を見られたくなくて、両手のひらで顔を覆った。
「わぁ……ランスロット素敵ね。黒が基調で差し色の青の使い方がすごく上手だわ。装飾は銀で統一してるのね。とっても似合ってる!」
アリィシアはランスロットの様子に気づかず、近づいて袖口を摘んだり、背中からの角度を確認したりしながらランスロットを観察している。
「ねぇ、前髪も上げたのね。初めてだけど、だいぶ印象変わるわ。本物の王子様みたい」
他にも色々言ってくれた気がしたが耳に入らない。
「えぇと……ランスロット?」
ひとしきりランスロットを褒めた後。
「……ハイ」
「どうして顔を隠してるの?」
「キニシナイデクダサイ」
ランスロットがそう答えると、アリィシアが不思議そうに首を傾げてランスロットの肘あたりの布を引いた。
左手が下がり、目が合う。
やっぱり、アリィシアが綺麗だった。
「変な人。ねぇ、それであの……私、どう?」
「どう、とは……」
「だって、夜会のドレスなんて初めてだからちゃんとしてるか気になって……」
不安げに言うので、何か言ってやりたいが言葉にならずじっと見つめる。
「…………」
「ええと……何か、言って?」
「あー……」
頭の中を、言葉が空回りする。
綺麗だ、とか、可愛い、とか。よく似合ってる、とか。
または言葉が見つからなければドレスを褒めろ、と言われた気もする。
「あぁー……」
いや、言葉が見つからないわけではない。沢山あり過ぎて、でもどれもアリィシアを表現するには足りなくて、まとまらなくて。
自分はこんなに下手くそだっただろうか。
落ち着け、と自分に言い聞かせるが、上手くいかない。
そして、散々考えて絞り出す。
「あーー……トテモキレイデス」
アリィシアは、目を瞬いて、その後、ふわりと笑った。
「ありがとう」
たぶん、他の女の子だったら呆れるようなランスロットの褒め言葉も、ちゃんとアリィシアには伝わったらしい。
ゆるり、と嬉しそうに弧を描いたまなじりが垂れて、その笑顔を見た瞬間、今度こそランスロットは、耐えきれずしゃがみ込んだ。
「きゃ、ねぇ、どうしたの⁈」
「なんかもう、おれは無理だ……」
アリィシアが可愛いのは当たり前なのに、なぜこんなに嬉しかったり、恥ずかしかったり、目を見れなかったりするのだろう。
19話の後書にも、この20話に入れようとして入らなかったエピソードを追加しています。
よかったらそちらもお読みください。




