16.
しばらくランスロット視点が続きます。
『ルダフテルからアリィシアを王太子妃として迎え入れたい旨、申し入れ有り。今後のことを確認したいので明日の夜、王宮に戻るべし』
オスカーの部屋を追い出されて寮の自室に戻ると、父王からの手紙が届いていた。先ほどオスカーから聞いてきた話は本当らしい。
ついにこの時が来てしまったか──
ぐしゃり
見慣れた父の直筆を眺めていたら、自然と便箋を握る指に力が入ってしまった。薄青の便箋が手の中で皺を作る。
アリィシアを、王太子妃に決定する意思がない以上、いつかは来る未来だった。
学生の間は婚約者「候補」の名の下に、アリィシアを囲い込んで、出来るだけ遠くに追いやりたい未来だった。
ヴィンセントは友好国の王子だ。落ち着いた情勢と安定した経済基盤。そして王太子。国の規模の違いがあるが、公爵令嬢が嫁ぐには最善の相手だと言えるだろう。本人の人柄も申し分ない。
──けれど。
ヴィンセントどころか、他の誰にも嫁いでなど欲しくないのは、ただひたすらにランスロットのわがままだった。
母の、「今は黙認してあげるから、アンタ早いとこちゃんとしなさいよ」と言う圧力を実家(王宮)に帰らないことでかわして。
筆頭四公爵家の家長にして宰相であるアリィシアの父からの「そろそろアリィシアを解放していただけませんかね? 王太子妃にならないのであれば、婿を取らせたいのですが?」と言う視線も、まだ学生だから、という言い訳で誤魔化して。
そうまでしてアリィシアと過ごす時間を長引かせたかった。
明日も、
来月も、
卒業の日まで。
そして、叶うならばその先の日々も。
そう、正直に言っていいならば、ランスロットの心はもう最初から決まっている。自分の横に立って欲しいのはアリィシアだけ。この先の時を最後まで一緒に過ごしてもらいたいのも、アリィシアだけだった。
ただ、それを“選んではいけない”と決めていただけで。
「ランスロット、明日は中庭でのお茶会に出席しなさいね」
5歳の頃だったか、ある夜母が上機嫌で言った。母に参加させられるお茶会ほど、当時のランスロットにとってつまらないものはなかった。
着飾った夫人たちの値踏みする目に晒されながら、甘ったるい菓子に苦い茶を飲んで天気の話をする。興味もないだろうに最近何を勉強したかなど聞かれ、嫌いな勉強について答えるのも嫌だった。
渋い顔をしたランスロットに、母がニンマリと笑う。
「明日は、真面目に出たほうがいいわよ?なんたって、来るのはあなたのお嫁さんになるかもしれない子なんだからね」
「へぇ……」
一気に興味を持ったランスロットに、逆に不安になった母はそこからは失礼のないように、その子の父である公爵にダメだと思われたら破談になる、と散々脅されたものだった。
そして翌日。
ランスロットは、初めてアリィシアに会った。
まず目に入ったのは、ふわふわの金色の髪。柔らかな日差しを浴びてキラキラと光っていた。その柔らかそうなこと。(実際に、あとで引っ張ってみたら思った通りに柔らかかった)
大きな緑の目が、ランスロットのことを映したと思うだけで心臓がドキドキしたし、その両の眼がランスロットを認識して、にこりと優しく解けたとき、「俺は、この子のことが一生好きに違いない」と子供心に確信したのだった。
奥さんとして合格も合格の百点満点だ。調子に乗って、そのまま伝えて母に力一杯叩かれたが、痛みなんて全く感じなかった。
アリィシアを通じて、ランスロットは「女の子」というものを知った。
女の子は、カエルやヘビは怖がるので見せてはいけない。
女の子は、甘いものやかわいいものの方が好きである。猫を見せたらだいぶ喜ぶ。
女の子は、川の中には入らない。けど、泉の中のキラキラした石は喜んだ。
女の子は、一緒にでんせつの石が竜になって出てくるのを待ってくれる。けど、風邪を引いたので自分よりも弱いものだと思って大切にしなければダメである。
女の子は、男(弟)より可愛い。笑うと更に可愛い。
女の子は、泣いても可愛い。でも、泣くと自分の心臓が止まりそうになるので泣かせてはいけない。
女の子は、算術が苦手である。だけど、解けるまで頑張るからすごい。
女の子は、刺繍が上手い。毎年誕生日に刺繍したハンカチをくれるが、年々上手くなる。もったいなくて使えない。
──自分は、その女の子といると、楽しいらしい。
ノゾミ「女の子っていうか……『アリィシアは』じゃない?」
オスカー「兄さんにとっては、女の子はシアだけだから笑笑」
明日、明後日は連日投稿できると思います。




