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13.

ちょっと長いです。

夜が明けた翌日、運動場にはまだ昨夜の熱が薄く残っていた。


任意参加の後片付けにも、アリィシアは当然のように姿を見せていた。生徒会役員として表立った役目はなくとも、副会長として何かしておきたかったのだ。

黙々と備品を運びながら、静かに手を動かしていく。


撤収作業に追われる生徒達の間では、口々に昨夜のタイイクサイとコウヤサイの話が飛び交っている。

工夫を凝らした種目の数々に、生徒会の応援演舞。炎の竜の演出、楽団の音、そして何よりノゾミの仕切りの鮮やかさ。


「すごかったよな、あの演出」

「普通思いつかないって」

「やっぱりノゾミ様って、特別だよな」


その言葉の中に、別の声が混ざった。


「……王太子殿下の相手も、あの人でいいんじゃないか?」


悪意というより、単なる興奮の延長のような軽い響きだった。

けれど、その一言は確かに空気を揺らした。


(私も、そう思う。けれど——)


少し離れた場所では、生徒会役員たちが指示を飛ばしながら、自分たちでも手を動かしている。その輪の中心にいる黒髪の姿を見つけて、アリィシアはそっと視線を伏せた。


 ランスロット。

 昨夜。

 竜の灯りの下で交わした言葉を思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。


けれど今は、昨夜の空気が夢だったように、いつもの王太子の顔をしていた。


二人だけの思い出を、形にしてくれた彼といつまでも居たい。今は、ノゾミのほうが相応しいかもしれないけれど、アリィシアの努力次第ではきっと——


「こっちも運んでくださーい!」


ノゾミが明るい声を上げると、周囲はそれに応えるように動いている。まるで当然のように、人が集まり、場が整っていく。


次の瞬間、彼女の視線がアリィシアを見つけた。


「あっ、アリィシア様!片付けのご協力ありがとうございます!あのあのあの、こちらも手伝っていただけませんか?横断幕が上手く畳めなくてー!」


ノゾミが喋りながら駆け寄ってくる。


「え、えぇ……?」


戸惑う間もなく手を引かれ、そのまま生徒会の輪の中へ連れて行かれる。


「シア、昨日はお疲れ。兄さんに連れ回されて疲れたでしょ」

「竜、すごかっただろ?」

「応援演舞、ほんとうに大変だったんですよー!」

「改善点はありますが、まぁ成功と言えるでしょう」


役員たちが口々に話しかけてくれる。


その中で、ランスロットだけが一瞬何か言いたげに口を開きかけたけれども——また閉じて、すぐに視線を逸らしてしまった。


どうしてだろう。

それだけのことなのに、少しだけ胸がざわつく。


「やっぱり一番は竜ですよねー!」


ノゾミが楽しそうに声を上げる。


「ランスロット殿下のこだわりがまぁ凄くて」


その言葉に、一同が声をあげて笑った。


「“絶対に綺麗に見せろ”って、何回もやり直したよなー」

「角度が違う、色が違う、タイミングが違うって、めちゃくちゃ細かいんですよ!」

「おい、ノゾミ」

「なんか途中から完全に趣旨変わったしな」

「観客のためっていうか、“特別な誰か”に見せたい感じになってましたし」

「ノゾミ!」


ランスロットが低く止めに入る。

けれどノゾミはけろりとしていて、生徒会役員たちは堪えきれないように吹き出した。

珍しく余裕をなくしているランスロットに、周囲はますます楽しそうだった。


——何の話をしているのかしら。


みんなが同じ話題を共有しているのに、自分だけ分からない。

その感覚に、胸の奥がじわりと冷えていく。

誰もアリィシアを拒絶しているわけではない。

むしろ、みんな優しい。

 

それなのに、笑い合う輪の中で、自分だけが少し外側にいる気がした。


ノゾミがまた何か言いかけて、ランスロットが慌てて止める。

二人の距離が近づく。

その様子に、生徒会役員たちがまた笑う。


昨夜、自分だけに向けられたと思っていた表情。

自分だけが知っていると思っていた熱。

そんなものは、最初からなかったのだろうか。


きゅっと指先が冷える。


「あー……悪いんだけど、木材を縛る細縄が足りないらしい」


空気を変えるように、セオドアが軽く手を叩いた。


「誰か取りに行ってくれないか?」

「じゃあ俺が——」


ロドニーが手を挙げかける。

その前に、アリィシアは小さく笑った。


「私がいくわ。ちょうど取りに行きたいものがあるの」


自然に言えた、と思った。

けれど背を向けた瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。


どうして。

どうして、逃げるみたいに出てきてしまったのだろう。

仲間に入れない気がする、なんて子供じみていて恥ずかしい。


石畳を歩きながら、アリィシアは小さく息を吐く。



「——アリィシア嬢」


後ろから掛けられた声に振り返る。

ヴィンセントだった。隣国の王太子である彼と二人で話す機会はほとんどなかったけれど、そういえばタイイクサイの打合せで細やかな気配りをしてくれたことを思い出した。


その彼は、片手にまとめた帳簿を抱えたまま、困ったように苦笑している。


「私も、在庫確認のため倉庫に行きたいんだ。場所に自信がないから同行させてもらっても?」


 一瞬だけ目を丸くしてから、アリィシアは小さく笑った。


「まぁ。それなら、ご一緒にどうぞ」


 本当に倉庫の場所が分からないのか。

 それとも、気を遣ってくれたのか。

 どちらなのかは、分からなかった。


でも、その曖昧な優しさが、今はありがたかった。


並んで歩きながら、二人はしばらく何も話さなかった。校舎の裏手へ続く石畳には、片付けを終えた生徒たちの声が遠く響いている。


祭りの翌日の、少し気の抜けた空気。


ヴィンセントは急かすこともなく、ただアリィシアの歩幅に合わせて歩いていた。


「……ノゾミ様は、本当にすごい方です」


 ぽつりと漏れた言葉に、ヴィンセントが静かに視線を向ける。


「誰とでもすぐ打ち解けて。

皆を引っ張って……自然に人を笑顔にしてしまう」


 言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。


「私には、あんなふうにはとても」


自嘲気味に笑ってしまう。

ヴィンセントは否定もしなければ、慌てて慰めようともしなかった。


「向き不向きはあるからね」


穏やかな声だった。


「ノゾミ嬢は、人の懐に飛び込むのが上手い。でも、君みたいに場の空気を整えられる人間は、案外少ないよ」


アリィシアは瞬きをした。


「整えられる?」

「あぁ」


ヴィンセントは淡く笑う。


「君が輪に入った瞬間、みんな少しだけ姿勢を正したの、気づかなかった?」


思い返してみる。

確かに、生徒会役員たちは気さくに接してくれていた。

けれどそれは、ノゾミに向ける砕けた空気とは少し違っていた気もする。


「私、浮いていたのかしら……」

「浮いていた、か」


ヴィンセントは小さく繰り返した。


「僕にはそうは見えなかったな」


歩きながら、少しだけ首を傾ける。


「むしろ、みんな君を意識していた」

「……意識?」

「うん。たぶん君は、自分が思っているよりずっと、あの場で重い」

「重い、とは…」

「もちろん悪い意味じゃないよ」


ヴィンセントがわずかに笑う。


「君がそこに立つと、自然と空気が整うんだ。王太子妃候補っていう肩書きだけじゃなくて……たぶん、君自身の在り方なんだろうね」


そんなふうに考えたことは、一度もなかった。

アリィシアは視線を落とす。


「……でも」


喉の奥が少しだけ苦しい。


「少し前までは、あそこにいるのが自然だった気がしたの」


言ってしまってから、胸が痛んだ。

まるで子供のような言葉だ。

けれどヴィンセントは笑わなかった。


「うん」


ただ静かに頷くだけだった。

その肯定が、不思議なくらい心を落ち着かせる。

二人分の足音だけが、石畳に小さく響く。


やがて校舎裏の倉庫が見えてきた頃、ヴィンセントがふと思い出したように口を開いた。


「アリィシア嬢は、ルダフテルへ来たことは?」

「ヴィンセント様の国、ですか?」

「あぁ」


彼は穏やかに頷く。


「ここよりずっと小さな国だけど、気候も人も穏やかでいい場所だよ。貴族といっても、この国みたいに大層なものじゃなくて」

「ルダフテルは、貧富の差が少ないと聞いたことがあります」

「あぁ。貴族なんて言っても、仕事が多いばっかりで気の毒くらいにみんな思ってるんだろうな」


冗談めかした口調に、アリィシアはくすりと笑った。

するとヴィンセントは、その笑顔を見て少しだけ目を細める。


「収穫祭の季節なんかおすすめなんだ。街中が花や色とりどりの旗で飾られて、毎晩音楽とご馳走が並んでいて」


アリィシアから鍵を受け取りながら、ヴィンセントは続ける。


「一度、来てみる?」


さらりとした誘いだった。

けれどアリィシアは、その言葉の意味を測りかねて視線を上げる。


隣国の王太子。

自分は公爵令嬢で、王太子妃候補。


“遊びにおいで”で済む立場ではない。

その空気を察したのか、ヴィンセントは肩を竦めた。


「もちろん、気軽な招待でもあるよ」


それから少しだけ笑って、

「僕のお嫁さんとして、でもいいけど」

冗談のような口調。


けれど、その瞳は不思議なほど真っ直ぐだった。

アリィシアは思わず目を見開く。


「……それは、貴国としてのお考えですか?」

「この件については、国から一任されている」


穏やかな声音のまま。

けれどその瞬間だけ、確かに王太子の顔だった。


「君なら、友人としてでも……奥さんとしてでも、歓迎するよ」


からかうような軽さはあるのに、不思議と冗談には聞こえない。


アリィシアは少しだけ困ったように笑った。


「慰めてくださっているのね」


ヴィンセントは答えなかった。

否定も、肯定もせず。

ただ静かに微笑む。

その曖昧な優しさが、今は心地よかった。


「……でも、ルダフテルの秋祭りには、少し興味があります」

「それは良かった。従獣師による、リスのダンスはぜひ君に見てもらいたいな」


うちの国の自慢だよ、と、ヴィンセントが柔らかく笑う。


「来るなら、歓迎する。ほんとうに」


その声音がひどく穏やかで、

アリィシアは少しだけ肩の力を抜いて笑うことができた。

今日は金曜日なので、夜にもう1話投稿できるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
何だか少し前のなろうっぽい話でここまで一気読みしました 最近AIの似たような作品が多くて『なろうもつまらなくなったなぁ』と思っていたので嬉しいです 続きも楽しみにしています(^^)d
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