12.
何曲踊ったのか、もう分からなかった。
軽快だった楽曲は次第にゆったりとしたものへ変わり、生徒達の笑い声も、どこか心地よい疲労を滲ませ始めている。
ランスロットは最後までアリィシアの手を離さなかった。
くるくると入れ替わる輪の中で、二人だけがずっと同じ場所にいる。最初こそ戸惑っていたアリィシアも、途中からはもう諦めた。
どうせ誰も止めないのだ。
ならば今は、この楽しい時間に身を任せてしまおう、と。
最後の曲が終わると同時に、運動場には大きな拍手が上がった。
「お疲れ様でしたー!」
どこかでノゾミの明るい声が響き、生徒達から笑いが漏れる。火照った頬を夜風が撫で、アリィシアは小さく息を吐いた。
「……疲れたか?」
隣から覗き込むように問われ、アリィシアは首を横に振る。
「少しだけ。でも、とても楽しかったわ」
「そりゃ良かった」
ランスロットは満足そうに笑う。
その笑顔を見ていると、自分まで嬉しくなってしまうのだから不思議だった。
周囲では、生徒達が飲み物を手に談笑したり、篝火の近くへ集まったりと、思い思いに後夜祭を楽しんでいる。
生徒達が余韻に浸るように談笑していた、その時だった。
「始まるぞ」
ランスロットが、何か期待を含んだ声で言う。
篝火の周囲には、いつの間にか専攻科の先輩達が集まっている。
その中心に立っていたのは、オスカーとノゾミだった。
「皆様、本日のコウヤサイ、最後の催しです!」
ノゾミがぱっと両手を広げる。
その声だけで場の空気が明るく弾み、生徒達から歓声が上がった。
「せっかくですので、異世界風の演出を取り入れてみました!」
そう言ったノゾミが、隣に立つオスカーに目配せする。
小さく頷いたオスカーが静かに手を掲げると、運動場の空気がぴんと張り詰めた。
篝火の炎が、大きく揺らぐ。
ごくり、と誰かが息を呑む音がした。
そのタイミングで、マエストロが指揮棒を軽く振る。
低く響く弦の音。
鼓動のような打楽器のリズム。
炎がゆっくりと浮かび上がった。
最初は、小さな火の粉だった。
けれど火は次第に尾を引きながら形を変え、長くうねる光の帯となって夜空を泳ぎ始める。
「……竜?」
誰かが呟く。
炎は空中で大きく身を翻した。
パチリパチリと燃え盛る翼が広がり、赤金の鱗のような火花が夜空へ散っていく。
その瞬間、生徒達から一斉に歓声が上がった。
夜空へ高く、高く昇っていく炎の竜を、アリィシアは息を呑んで見上げていた。
胸の奥がじわりと熱を帯びていく。
きゃんぷふぁいやーから飛び出した竜は、音楽に合わせた見事な舞を披露したあと、最後に大きく旋回し、夜空の中へふわりと溶けた。
気付けば火は元の通りに燃えていて、ゴトンッと薪が燃え落ちる音で一同は現実に引き戻された。
わぁっ、という歓声が上がる中、アリィシアはそっと胸を押さえた。
(覚えていて、くれたのね)
「どうだ」
隣から落ちてきた声に振り返ると、ランスロットがこちらを見下ろしていた。
炎の赤を映した瞳が、得意げに細められている。
「気に入ったか?」
その問い掛けに、アリィシアは思わず笑みを零した。
「……うん。とても嬉しい」
アリィシアのその応えだけで、ランスロットはアリィシアが気付いたことに、気付いた。
「『でんせつの石』ね?」
「『でんせつの石』だろ?」
重なった声に、二人で同時に吹き出してくすくすと笑う。
王宮の奥庭にある泉の中。太陽の光が当たるとキラキラ光る石がある。
それが、夜になると龍に姿を変えて天に登っていくらしい。
そんな王宮七不思議の一つ。
二人の秘密の場所であるそこで、日が暮れるまで見守って、心配した大人が迎えにきたから何度も中断して、結局、天へ昇る龍を見ることは叶わなかった。
それは、10歳になる前の記憶。
あのとき、アリィシアが見てみたい、と言ったのだ。
「『でんせつの石』が龍になって登っていくところを、いつかみてみたい」
と。
それを、再現した催し物だったのだ。
発案はランスロットに違いないし、アリィシアと一緒にこれを見るために、生徒会長のくせにいまここにいるのだろう。
「ほんとうに、綺麗だった……」
ありがとうの気持ちを込めて、もう一度呟く。
こんなにも心を動かされるなど、思っていなかった。
自分の何気ない言葉を、覚えていてくれたことも。
それを、こんな形で叶えようとしてくれたことも。
嬉しくて。
炎の熱とは違う熱が、胸の奥でじわりと広がっていく。
胸が苦しくなるほど、嬉しかった。
するとランスロットは、満足したように笑った。
「なら良かった」
それだけだった。
けれどアリィシアには、その短い言葉だけで十分だった。
夜空へ昇っていく炎の竜を見上げながら、アリィシアはそっと思う。
この人の隣にいたい、と。
幼い頃から積み重ねてきた特別な時間を、これからもずっと失いたくない、と。
心が追いつかないほど目まぐるしい一日が終わる中、アリィシアはそう願うのだった。




