11.
タイイクサイ午後の部も無事に終わり、ノゾミによる閉会宣言がなされた後。熱気に包まれていた運動場では、生徒達が慌ただしく動き回り、急ピッチで『きゃんぷふぁいやー』なるものの準備が進められていた。
大人が何人も両腕を広げたほどもある薪の山が組まれており、日が暮れるタイミングで火がつけられるのだという。
異世界では、祭りの最後に火を囲み、歌ったり踊ったりして夜通し楽しむ文化があるのだとノゾミが語っていたが、生徒達はすっかりその目新しさに夢中になっていた。
昼間とは違う、どこか浮き立った空気。
夕暮れに染まり始めた空の下、生徒達の笑い声があちこちで弾けている。
——これから、コウヤサイが始まるのだ。
夕暮れが空を藍色へと染め始める頃、運動場の中央に組まれた『きゃんぷふぁいやー』へ火が灯された。ぱちぱちと薪の爆ぜる音と共に大きな炎が立ち上がり、生徒達から歓声が上がる。
火を囲むようにいくつもの輪が作られ、その外側では、楽団が演奏の準備を進めていた。
指揮棒を緩やかに構えた巨匠は昼間と変わらぬ顔をしているが、祖父と同世代のはずだ。アリィシアは、あれだけ長時間演奏してまだ元気なのだろうかと、少しだけ心配になる。
そんな彼女の視線に気付いたのか、マエストロはにやりと笑って親指を立ててみせた。
——アリィシアに心配されるほど、おいぼれちゃいないぞ!
そんな声が聞こえそうな笑顔だ。
どうやら余計な心配だったらしい。
やがて軽快な前奏が鳴り始め、生徒達がそれぞれの輪へ散っていく。
コウヤサイ最大の催し——ふぉーくだんす、の始まりだ。
「シア」
呼ばれて振り返ると、ランスロットが立っていた。
篝火の明かりを受けた黒髪に光がきらきらと反射して、見惚れたアリィシアは一瞬だけ言葉を失う。
「踊ろうぜ」
当然のように差し出された手を取れば、ランスロットは満足そうに笑った。
二人が向かったのは、貴族クラスの輪だった。
ふぉーくだんすは、男女が向かい合い、音楽に合わせてくるくると相手を変えながら踊っていく形式らしい。普段の社交ダンスとはまるで違う動きに、最初は皆苦戦していたが、見様見真似で踊るうちにどうにか形になっていた。
最初のうちは、アリィシアも目の前のステップを間違えないよう必死だった。
けれど、やがて違和感に気付く。
——あら?
一曲目が終わったのに、ランスロットが手を離さない。
本来ならここで相手が入れ替わるはずだ。実際、周囲では皆くるりと位置を変え、新しい相手と向き合っている。
なのに。
何故かアリィシアとランスロットだけ、その場に残されていた。
「……ランス」
「ん?」
楽しそうに笑っている。
しかも周囲のクラスメイト達まで、どこか面白そうに笑っていた。
「ええと……相手、変わるのでは?」
「別にいいだろ」
あっさりと言われる。
その間にも、周囲だけが慣れた様子で二人を避けるように移動していき、アリィシアとランスロットだけが場所を固定されていた。
なんだこれは。
新しい形式の冗談か何かだろうか。
戸惑うアリィシアとは対照的に、ランスロットは妙に機嫌が良さそうで、繋いだ手に僅かに力を込める。
「ほら、次始まるぞ」
再び音楽が鳴り始める。
繋いだ手が、離れて、また繋がるたびにアリィシアが大好きな青い目が細められて笑う。
周囲では、くるくると人が入れ替わり、笑い声が弾けていた。けれどランスロットだけは、ずっとアリィシアの手を離さない。
重なった手が熱くて、胸が騒ぐ。
なんだかおかしくて、楽しくて。
どうしようもなく嬉しいのに、少しだけ苦しくもあった。
(この時間がずっと続けばいいのに)
そんなことを願ってしまう自分に、アリィシアはまだ気付かないふりをしていた。




