初任務
5月4日。
ゴールデンウィークも残り2日となったこの日に、俺は旅行に行くでもなく、友達と遊びに行くでもなく、はたまた手をつけていない学校の課題に必死こいて取り組む訳でもなく、そんな普通の高校生ライフを送れるはずもなく、隣町で吸血鬼を殺しに出かけていた。
「ルイン=アルカード…ね。聞いたことない名前ね。ジュンは聞いたことある?」
俺の隣で長い黒髪をなびかせながら歩いている少女、霊宮は俺に尋ねてくる。
ちなみに、ジュンっていうのは俺の神撫 純水って名前から霊宮のやつが呼び始めたものだ。
「んー、俺もそんなに吸血鬼の家名に詳しいわけではないけど、知らないなぁ。つーか、霊宮の家の方が吸血鬼については詳しいだろ。先代からなにか聞いてないのか?」
俺たちの家は元々、人外の殺しに専門とした担当が割り振られており、霊宮家は古来から吸血鬼と殺し合いを続けてきた家柄だ。
といっても、吸血鬼の勢力は主に日本ではないから入国してきた吸血鬼を追い払う、または殺すといった防衛的な役割であって、今回のような積極的な吸血鬼への攻撃は前例のないものだ。
「……聞いてないわ。私達霊宮は主に、不正入国してきた吸血鬼の暗殺を生業としてきた家柄なのだけれど、ほとんどが末端の吸血鬼の相手なのよ。父は、『ルイン=アルカード』なんて名前聞いたことがないって。……おそらく、かなりの大物だと思うわ」
「……やっぱり吸血鬼の主勢力が既に日本にいたってことか……。…礼碑さんの懸念が現実になっちまったな」
吸血鬼が日本に複数入国しているという情報がはいったのは、ニヶ月前だ。
俺たちは『序列決め』をしている最中だったからそのことを知ったのは一ヶ月前なんだが、まぁそれはさておいて、先代の霊宮…つまり、霊宮 夕婢の父、霊宮 礼碑が最後の仕事として、それら吸血鬼の殺しに向かっていた。
結果、彼は吸血鬼の主勢力が日本に既にいる可能性を考慮し『今回の殺しは吸血鬼との全面戦争になる可能性が高い』と判断し、お互いに干渉しない停戦条約を結んだのだ。
が、吸血鬼は人間を裏で襲っており、鬼狂が今回偶然吸血鬼に襲われ、正当防衛とはいえ殺してしまったことで今回の戦争が引き起こされたのだ。
「……父は今回の戦争に責任を感じてる。本来なら先代幹部は引退した身だから、原則、次世代の仕事に関わることはないのだけれど、今回は例外として私達に協力してくれるみたいよ」
霊宮が複雑な表情で俺に言う。
彼女自身もまた、責任を感じてるのだろう。
「礼碑さんが協力してくれるのは心強いな。まぁ今回はかなり大規模な戦争になるだろうからな。幹部になったばかりの俺達に任せる仕事としては、不安があるんだろう。即戦力として、他の先代方も何人か裏方でサポートしてくれるらしいぜ」
先代七家ーーー歴代最強言われているこの代の幹部が何人か協力してくれるのは俺達にとって嬉しいことだ。
「私達だけじゃ荷が重いのは確かね。だけどこれは逆に好機よ。ここで結果を残せれば、分家や七家の者にいやでも私達幹部を認めさせることができる。そう言う意味でも重要な仕事になるわね」
ーーー神撫。霊宮。鬼狂。化討。怪泣。仏呑。妖裂。
俺達七家の家系は、古来から殺し屋の仕事を生業としてきた歴史ある名門だ。
実力主義で、殉職者が多いこの仕事のため、家の名が途絶えないように『分家』というものができた。
そして、分家の中でも才の秀でた者を数人、本家に養子にすることで、家の名を残してきた。
俺もまた、分家の中から本家に入った者の一人だ。
その俺が、七家を束ねる幹部七人の頭だということに不満を持つ本家や分家の者は、現状大勢いる。
今回の仕事は俺の存在を家の者に認めさせる絶好の好機であるとともに、俺が責任を問われ、失脚させられる危機でもあるのだ。
それは、他の七家の幹部も同じだ。
霊宮も。鬼狂も。化討も。怪泣も。仏呑も。妖裂も。
認めさせなければならない。
己の実力を。
「そうだな。ーーーがんばろうな、霊宮」
俺は笑顔で霊宮に言った。
霊宮は少し顔を赤らめた後、
「ーーーうん」
微笑み返して、答えた。
深夜12時半。
俺たちは、夕方宿に荷物を置き、獲物のみ手に持って本格的に標的の捜索に出た。
吸血鬼は基本的に、夜間にしか積極的に外に出ることはないので、夜に捜索するのがセオリーだ。俺たちは町の端の方まで捜索に行っていた。
「確かに夜まで待ってから吸血鬼ーーーつまり血の匂いがする人間ね、あいつらを探すのは基本だけれど、今回の標的は限定された個人よ? ……手当たり次第に吸血鬼を殺すのは得策とは言えないわ」
霊宮が俺に言う。
俺は質問に用意していた答えで返す。
「もちろんそんな効率の悪いやり方はしない。だけど、俺たちだけで吸血鬼個人を見つけだすのは難しいだろう。 だから、俺たちが見つけるんじゃなくて、そいつに見つけてもらうんだ」
霊宮はあごに手をあてながら少し考える。
「ん、聞かせて」
「俺たちが吸血鬼を狙ってるのと同様に、吸血鬼側も俺らのことを狙っているだろう。 おそらくこの町に入った時点で俺らの血の匂いには気づいているはずだ。仕掛けてこないのは俺らの力量を測りかねているから、そして二人で行動しているから。 敵さんは相当慎重だ。この緊張状態を脱するにはーーー」
俺は霊宮の方を見る
「ーーー二手に別れる、ね」
「そう。一人が囮になって敵を引きつけ、もう一人が気配を絶って標的を殺る。慎重なやつってのは敵を殺るときは必ず自分の目で確認したがるからな。おそらく、どこかからみているはずだ。そこを殺りにいく。ーーー囮の方は俺がやるから、霊宮は標的の始末を頼むよ」
「わかったわ。でも、私は気配を完全に消すことはできても、血の匂いを消すことはできないわ」
血の匂い。吸血鬼の嗅覚は俺たち殺し屋の身体や武器に染み付いた血の匂いを感じ取ることができる。俺たちにとっては一番厄介な能力だ。
「匂いには、臭いをーーーだ」
俺は前に建っている建物を指差す。
「清掃工場……なるほど。考えたわね」
「まあな。俺ができる限り末端の相手して時間を稼ぐから、その間に敵の位置を特定してくれ。……できれば、一撃で仕留めてほしい」
俺の言葉を受け、霊宮は頷く
「うん、わかった。」
「仕留めきれなかったら深追いはしないでくれ。俺もすぐに向かうから」
「ん、心配してくれてるの?」
霊宮が意地悪な笑みを浮かべながら言う
「そ、そんなんじゃねーよ!」
「ふふっ、……じゃあ始めましょうか」
ありがと
霊宮は何か呟いた後に姿を消した。
俺は一人、夜の清掃工場に入っていく。
少し前から敵が近づいて来てるのに俺は気づいていた。殺気を完全に抑え来れていないところを見ると、おそらく末端の吸血鬼だろう。
「5、いや6人か」
俺は清掃工場でできるだけ広くて戦い易い広間を探し、中央で立っていた。
そろそろ霊宮が敵を探せる位置に着いたところか。
「さて、始めようぜ。……いや、終わらせようぜ。吸血鬼」
俺は、布で隠していた刀を抜き、臨戦体制に入る。
そして、一気に付近一帯に殺気を放出する。
敵を挑発するかのように。
工場の建物の影から奴らが、姿を表す。
6人の吸血鬼のうち1人が前にでて、俺の方をみすえる。
「もう1人はどうした?」
低い声で銀髪の髪をした西洋風の青年が言う。
「帰らせたよ。俺1人で十分だからな」
「甘いな、人間。それで俺を出し抜いたつもりか?」
銀髪の男の鋭い殺気が俺に突き刺さる。
……こいつ、かなり強いな。
「なんのことだ?」
俺は奴に平然とした口調で言う。
「もう1人は離れた位置から標的が現れるのを待っている。お前は標的が現れるまでの時間稼ぎだろう?末端の吸血鬼なら複数いてもなんとかなるとふんだか?甘い」
銀髪の男が自分の血で剣を創りだしながら言う。
「……お前、まさか」
殺気。その気品に溢れた容貌とは裏腹に、凄まじいほどの殺気が奴から溢れ出る。
「俺はアルカード家第二子、ルイン=アルカードだ」




