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ゲヒュール3  作者: スペクトラム


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10/20

胸の穴

「春ー、お風呂入って」

浴室から上がった雨宮桜は、髪をタオルで拭きながら春に声をかけた。

「気が向いたら」

春は振り返ることもなく、素っ気なく答える。

「入るのー」

桜がしつこく促すと、春は面倒くさそうに立ち上がり、浴室へと向かった。

しばらくして、浴室から春の咳き込む音が聞こえてきた。

湯船に、赤い血がゆっくりと広がっていく。

「……流石に、心臓を一つ破壊されたのは困ったなぁ」

春は湯船の中で、自分の身体を見下ろした。

かつて英雄と呼ばれた人間との戦いで、春は三つある心臓のうち一つを破壊されている。

それ以来、このように吐血することも少なくなかった。

恐怖心を十分に喰らえていないことに加え、魔力で無理やり身体を動かすことにも限界がある。

春は胸に空いた傷跡を指でなぞった。

そして、あの日の戦いを思い返す。

ゲヒュールは、相手の敵意や殺気を感情の変化として察知し、攻撃のタイミングを読むことができる。

しかし、それは決して万能ではない。

分かるのは、あくまで攻撃が行われるタイミングだけだ。

どこを狙っているのかまでは分からない。

銃の場合、射線にさえ気をつければ対処できる。だが、それ以外の攻撃手段となると話は別だ。攻撃のタイミングが分かっても、攻撃の軌道までは読めないため、対処が難しくなる。

さらに、ゲヒュールとの戦闘に慣れた人間は、より厄介な相手となる。

感情がないわけではない。

ただ、攻撃に移る際の感情の変化が極めて小さいのだ。

ゲヒュールは感情の変化を読み取ることで攻撃を察知する。その変化が微々たるものであれば、当然ながら察知も難しくなる。

急所を狙った攻撃であればまだしも、それ以外への攻撃は、ほとんど読み取れない状態にまで陥る。

「…………」

春は胸の傷跡をなぞったまま、静かに目を伏せた。

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