8月 ―――③
8月XX日
実家に帰ってきて二日目。
昨日は疲れていて、夕飯を食べたらすぐに眠ってしまった。
何泊かして帰る予定だったし帰省初日として、滑り出しは順調だったんじゃないかな。
てか、やっぱり久しぶりに長時間外出すると疲れる。
体力落ちちゃったかなあ。
つい最近まで現役高校生してたはずなんだけど……
「兄貴、めしぃー」
二階の自室のベッドに座って、外を眺めていたらミズキに呼ばれた。
定位置で外を眺めるのは、実家でもアパートでも、ほとんどやっていることが変わらない。
まあ人の習性とか行動を簡単に変えるのって難しいと思うんですよボクは。
べつに言い訳じゃないですよ言い訳じゃあ。
「いまいくー」
ほとんど寝間着姿のままでリビングに行ったらテーブルの上に何も置いてなかった。
あれ?
ご飯の時間になったわけじゃないの?
「お昼ご飯は?」
そう聞くとミズキが気だるげに「昨日のカレー」と答えた。
まだ残っていたのかカレー……
母さんはいったいどれだけ作ったんだ……
「しゃあない。温めなおすかー」
「兄貴任せた」
「…………おい妹よ」
「……なんでごいやしょう兄上どの」
「いちから料理しろとは言わないけど、もういい年齢なんだし、ナナちゃんみたいに料理のひとつやふたつくらいできるようにならないと」
「うぜー。兄貴うぜー。いいもんアタシはナナちゃんにご飯作ってもらうんだから」
「やれやれ……」
本当に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだよ。
ってあれ?
「母さんと父さんは?」
「知らなーい。せっかくのお盆休みだからふたりで旅行でもいったんじゃない~?」
「ふーん。仲いいなあ――じゃなくて、は!? え!? ボク帰ってきてご飯食べて寝ただけなんだけど!?」
ソファーでファッション雑誌を読みながらアイスキャンディーを食べているミズキが、足をバタバタさせながらこっちを見ることなくケタケタ笑っている。
せっかく我が子が帰ってきたにも関わらず旅行だって?
ちょっとまって勘弁してほしいよ。
今日の夜ごはんはどうすればいいんだろう。
ボクは食べる専門だから料理できないし、もちろんミズキもこの通りだ。
まあなるようになるかな。
「とりあえずカレー温めなおすから」
「よろー」
カレーを温めなおし、お皿に盛る。
圧力なべでぐつぐつ煮ているから、芋しか形が残っていない。
これが母さんのカレーなんだよな。
形なければ好き嫌いなく食べられるでしょ、と。
「ほら、雑誌汚れるから除けて。食べるよ」
「んー。サンキュー兄貴」
テレビをつけて、カレーを頬張りながら適当にチャンネルをポチポチ変える。
アパートにテレビがないし、ほとんど見る機会もなくなったから、知ってる番組はほとんどやっていなかった。
お昼の番組って今、こんなバラエティばっかりなのか。
夏休みって言ったら子供アニメ劇場って昼くらいまでバンバンアニメやってなかったっけ?
『お昼のニュースのお時間です。一家――』
『見てください、このかつ丼――』
『アホ言ってんちゃう――』
『件から六年――』
面白そうな番組、何もやってないな。
テレビを消すと一気にカレーを流し込むように食べて台所にお皿を持っていく。
冷蔵庫からキンキンに冷えたペットボトルの麦茶を取り出して、ラッパ飲みにして飲む。
行儀が悪いって言われるかもしれないけど、この家で麦茶を飲むのはボクしかいない。
みんな水かコーヒーだからね。
ミズキも食べ終わったようで、いつの間にかお皿が流し台に置かれていた。
ソファーの定位置に戻ってアイスキャンディーを食べている。
「お前……そんなに食べたら太るぞ」
「何言ってんの兄貴。このくらいじゃ太らないよ」
「まあほどほどにしとけよ」
「? はーい」
何を言っているのかわからないと言いたげに首をかしげていた。
ドーナツは輪っかだからゼロカロリー理論と同じで、自分を完璧に騙してカロリーを摂取していないと錯覚させる技でも発明したのだろうか。
やっぱりちょっと会わないくらいじゃあ変わらないなあと、感心しながらボクは自室に戻った。
夜。
流行りの音楽を聴きながら自室の定位置で外を眺めてアンニュイな気分に浸る。
アンニュイ。
いったいなんだろうアンニュイって。
ケレンミだったりアンニュイだったり、よくわからないけどそれっぽい言葉が多いよね。
意味も分からず使っていたり、意味と違う使い方をされたり。
言葉って難しすぎるよ。
「兄貴ーめしぃー」
哲学的な思考で知的なボクかっこいいと浸る余韻もなくミズキに呼ばれる。
あれ、そういえば夕飯どうしたんだっけ……?
母さんも父さんもいないから、料理する人いないじゃーん……ってところまでしか考えてなかった気がする。
もしかしたらミズキが頑張って作ったのかもしれないなあ。
なんて考えながらリビングに行く。
すると、
「お、お邪魔してます」
ナナちゃんがいた。
「ナナちゃんこんばんは。今日もかわいいね」
「へへへ、ありがとうございます! おにーさんもかっこいいですよ」
照れた様子のナナちゃん。
ボクは本心だけどナナちゃんは社交辞令だろう。
「って、ナナちゃんはどうして?」
「じ、実はたくさん作りすぎちゃって……おすそわけです!」
何たる幸運。
何たる僥倖。
ボクたちは空腹でくたばる前に女神からの施しがあったようだ。
「いやあナナちゃんの手料理だなんて、うれしいなあ」
「ワタシの手料理……うれしいですか?」
「うん! もちろん! 毎日でも食べたいくらいだよ」
「へへへ……嬉しいです。いつか毎日食べてもらえると嬉しいな」
「……? うん。そうだね?」
かわいいかわいいナナちゃんの手料理は、カレーだった。
カレー…………だった。
カレーか……
いや、大好きだからいいんだけどね?
それに家庭ごとに味が違うし、味が違うとまったく別の料理とも言えなくない……ことはないか。
まあとりあえずカレーは好きだからこの際仕方ない。
「ありがと! ボクカレーちょーだいすき」
「えぇ!? カレーなの? うぅ……またカレーかあ」
おい妹。
文句を言うな。
鍋を火にかけようとコンロの上に置く。
ナナちゃんの家のカレーは、パッと見、至って普通の具材ばかりだ。
まあ特殊な素材なんてそうそう入ってるわけ――、
『――くん』
「……?」
誰かに呼ばれた気がしたので振り返る。
誰もいない。
気のせいか……
まさかお盆だからって幽霊、だったりして。
なんてね。
幽霊なんているわけないっていう。
よく心霊番組で、ありえない心霊写真が送られてくるのはたいてい光の取り込み異常の反射かフェイク写真だよあんなの。
ほんとバカバカしいよね。
「ほら、おいしいおいしいカレーが温まりましたよーっと」




