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ボクと隣人さん。  作者: あさくらまひろ


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6月 隣人さんとカレー

6月XX日


 夏到来。

 ボクは今日も相も変わらず寝転んで天井を見つめている。

 ただ、今日はいつもと違うところがある。

 暑くて、寝転んだ自分の居場所というか、体勢? が気に入らなくてずっともぞもぞしている。

 ほんのり汗ばんだ肌にシャツが張り付くのも、原因かもしれない。


 じわじわ暑さが主張を強めて、扇風機が欲しくなってきた。

 

 この部屋に引っ越してきてしばらく経つ。

 それなのにまだ家電を買いそろえていないことを思い出した。

 思い出した、というには毎日使うものがなくて不便だったんじゃないか。

 そんな疑問もあるかもしれないけど、今の時代冷蔵庫があればなんとかなる。

 それに朝はファミレスだしね。

 どうせ朝ご飯を食べて、家でゴロゴロしてるだけだし、きっかり三食食べないとダメなんてことはない。


 それに最近は隣人さんが「作りすぎちゃったー」とか言って、鍋を抱えて勝手に部屋に入ってくる。

 自炊をしていないから、本当にそんなに作り過ぎちゃうのかわからない。

 だって、一人前でしょ?

 スーパーで見るインスタント中華なんかは、だいたい二人前用って書いてあるけど、いつも「量が少ないから足りないのよ」ってお母さんが言って何個も買っているの見たことがある。


 だからボクは今、目の前の光景がちょっとだけ信じられない。


「るんるんるーん~♪」


 隣人さんが堂々とボクの部屋で料理をしている。

 とうとう自分の部屋じゃなくて、ボクの部屋で「てへっ、作りすぎちゃった!」をするつもりらしい。

 床にゴロゴロしたまま、料理をしている隣人さんの背中を眺める。

 今日は割烹着を着ている。

 いったいどこでそんな服、買うんだよ。

 そこらへんの服屋さんで置いてるのなんて見たことないよ。


 本人はかなり派手めな服を着るのに、なぜかボクと一緒にいる時はデニムのおしゃれツナギだったり学校のジャージだったり、落ち着いた服が多い。

 でも似合ってるんだよなあ。

 改めて隣人さんを見て、異様なほど似合っていることに驚く。

 あと隣人さんの家事スキルの多彩さにも。

 もしボクも、いつか誰かと結婚したらこんな家庭が持てるのかな。

 今のところそんな相手もいないし予定もないんだけどね? 

 ただ、よくエスエヌエスで、『大人になったら結婚も子供も全部未実装だった』って嘆いてる人を見かける。

 だからボクも今はまだ漠然と、いつか……って思ってたりするんだけど、無理かもしれない。

 ごめんねお母さん。

 一族はここで果てるかもしれません。

 未来は妹に託しました。


「…………ねえ、隣人さん。何、切ってるの、それ?」

「ほぇ? な、なにかなっ?」


 勝手にほのぼのしたり勝手に親に謝罪したり忙しくしていたボクも、隣人さんが手に持っているモノにびっくりして声をかけてしまった。

 白くて太くて長いそれ。

 どっからどう見ても、


「それ、大根だよね?」


 どっからどう見ても大根だった。

 おかしい。

 隣人さんはカレーを作るって言っていたはず。

 それなのにどうして大根の皮むきなんてしてるのかな?

 あ、もしかして副菜的な、おかず的なあれかな?

 それかカレーにはラッキョウのような酢の物が合うから、この大根を千切りとかにして酢漬けにするんだ。

 うん、きっとそうだ。

 そうに違いない。


 隣人さんは何を聞かれているのかわからないように、ポカーンとボクの顔を見つめ返していた。

 あれ、この反応……


「え、もしかしてカレーに大根入れるの?」


 頼む違うと言ってくれ。


「そうだよ?」


 おぉぅじーざす。

 どうやら隣人さんは本当にカレーに大根を入れるらしい。


「カレーに大根、おいしいんだよ? 食べたことないの!?」


「そもそも聞いたことない……」


「えぇー、おいしいのにー。じゃあ今日食べて大根カレーの虜にしちゃうからね!」


「うん、楽しみに待ってるよ」


 すごく自信満々だ。

 大根カレーか……

 本当に初耳だ。

 ちなみに隣人さんが作っている間にボクはネットで検索してみたところ。

 本当においしいらしくレシピや記事がたくさん出てきた。

 なんでも料理に入れてみるところは日本人の良いところでもあり悪いところでもあるね。

 いつもいつも思うけどなんで食に対してそこまで貪欲なのかな。

 先人の知恵は偉大だし尊重したいけど、毒のある部位ですら毒抜きして食べたりするのはさすがにバカとしか言いようがない。

 食べて毒があったからといって、よし毒を抜こう! 毒がなくなったか確認しよう! で元々毒があったものを食べるのなんて怖ろしくてボクには無理だね。


 それに比べると隣人さんのカレーは大根が入っている程度だし、何も恐れることはない。 

 もしおいしくなくてもおいしいと言って食べるのが甲斐性というもの……


 そしてしばらく待つと、ぐつぐつという音とカレー特有の香辛料のいい香りが漂ってくる。

 どうしてカレーはお腹が空くにおいをしているんだろうか。

 中学からはお弁当だったから縁遠かったが、小学校の給食で、カレーの日はいつも四時間目くらいから学校中いい匂いをさせていた。

 人が作っているカレーを待っているだけでこんなにノスタルジーな気持ちになるんだから、もうあと何年かすれば今日の記憶も、ノスタルジックになる日がくるんだろうな。


 そろそろ出来上がりそうなのでタイミングを見計らって部屋の端に立てかけてある折り畳みテーブルを出す。

 これは隣人さんが、一緒にご飯食べる時に必要だとどこからか担いで持ってきたテーブルだ。

 たぶん駅前のリサイクルショップだと思う。

 前も思ったけど、もしかして駅前からここまで背負って帰ってきたのかな?


「じゃじゃーん! 特製カレー出来上がり!」


「いい匂いするね」


「そりゃカレーだもん! いい匂いしなかったら怖いでしょー」


 それはそう。

 そういえばお皿ってなかった気が――。

 ボクの心配をよそに、隣人さんはすでにカレーを何かに注いでいる様子だった。

 あれはたしか……アウトドア用品のカレー用紙皿。

 もしかしてバーベキューで使おうと思って買ってた?


 さすがに紙製なのでコトリ、とは鳴らなかったけど、ボクの目の前に容器に入ったカレーが置かれた。

 人参と大根が星型にかたどって切ってあり、ひき肉がたくさん入った豪勢なカレーだった。

 とてもおいしそうだ。

 普段絶対に食べないタイプのカレーなので、味の予想もつかない。


「めっちゃおいしそう」


「でしょでしょ! 今日はひき肉が安かったからいっぱい入れてみましたー!」


 だからひき肉なんだ。

 大根に合うから、とかじゃないんだ。

 大根の照り焼きにひき肉を混ぜて餡をかけたものを思い浮かべながら、声に出さずに心の中だけで突っ込みを入れておく。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきまーす!」


 テーブルで向かい合って座るボクたち。

 何回か一緒にご飯を食べるうちに、この部屋での定位置ができあがっている。

 ボクが左で隣人さんが右。

 玄関から見て、ね。


 さて。

 カレーだ。

 見た目はすごく美味しそうだけど、大根とカレーの相性のイメージがつかなくて、恐る恐るスプーンですくう。

 ボクがひと口食べるのを、手を止めて隣人さんがそわそわこちらを見ている。

 間違っても不味いとは言わないからそんなにそわそわしないで。


「じゃ、じゃあ食べるね」


 意を決して、ライス、カレー、大根、を並々すくったスプーンを口へ運ぶ。


「…………おいしい」


 おでんの大根のシミシミ、って言ったらわかるかな。

 大根の水分が抜けた場所にカレーが入っていて濃厚って感じだ。

 ホロっと崩れるくらいに柔らかい。


「おいしいよこれ!」


「そうでしょうそうでしょう。そうでしょうとも! こう見えてワタシは料理がすごーく、ものすごーく上手なんですよ!」


 威張るように胸を張る隣人さんをよそにドンドンカレーを食べ進めていく。

 大根だけど、ただ柔らかいだけじゃなくて、よく見ると焼き目のついている大根があって、それのおかげでコリコリ触感のアクセントがあって、食べていて口当たりもすごくいい。

 こんなにおいしいものをボクは恐れてしまっていたなんて、なんて愚かなんだろうか。


「おかわり!」


「へへへ、うれしいな。いっぱい食べてね」


「これならまだまだ食べられそうだよ」

 

 出来上がったカレーを食べながら、汗ばむ部屋で二人で「あついあつい」と言いながら食べる。

 あっという間に食べ終わってしまって、本当に美味しくてお代わりしてしまう。

 別に普段からいっぱい食べるタイプとかじゃないからね?


 多めに盛ってもらったおかわりもガツガツ食べていると隣人さんがニヤニヤしている。


「ね? 美味しいでしょ!? いやあワタシ絶対に良い奥さんになれると思うんだけどなあ!」


「…………は」


 突然の発言に鼻で笑ってしまった。

 でも決してバカにしているとかじゃなくて、突然すぎてどう返していいかわからなかっただけだ。

 そんなボクは、割烹着姿の隣人さんと目が合ってしまい、冷たいお茶をガブ飲みする。


「……んぐ、んぐ……ぷはぁ……! ほら……。そんなこと言ってないでさっさと食べなよ」


「むぅ……バカにして~」


「…………」


 それにしても熱い。

 いや、暑い。

 表情筋がだるんだるんになりそうだったので、タオルで汗を拭くふりをして顔をうずめる。

 はぁ……落ち着く。 


「扇風機、明日買いに行こっか」


 追撃をかけるように隣人さんの声が耳元で囁かれ、暑さのせいだけじゃない汗が吹き出た。

 ボクの部屋には、まだ家電も扇風機もないけれど。今年の夏は、なんだか賑やかになりそうだ。


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