5月 隣人さんとバーベキュー。
5月XX日
世間はまさにゴールデンウイーク。
どこに出かけても人、人、人。
これなら出かけずに家でのんびりしてるほうが充実した休日の使い方だとボクは思うね。
だって考えてごらんよ。
せっかくの休みなのに家族サービスだなんだって、遊園地とかなんだとか、朝から車を走らせて後ろでは家族が爆睡して、到着したら休む間もなくアトラクションに並んで。
世の親は家族のために働き過ぎなんだよね。
たまにはボクみたいに何もせずに家でだらだらしたほうがいいよ。
今日もいつも通り天井を眺めていると、
ぐぅーぎゅるぎゅるぎゅる~
自己主張激しめにお腹が鳴った。
先ほどから人の多さに文句を垂れているところで気づいているかもしれないけど、ゴールデンウイークに入ってからというもの。
いつも通り、いつものファミレスで朝食を食べるというモーニングルーティンをしていない。
初日は、ゴールデンウイークに入っているなんてことに気づかずに行ってひどい目を見た。
店内を走り回る子供たち。
いつまでも空かないドリンクバー。
キッズステーションじゃないんだからほんと勘弁してほしいよね。
ぐーぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるるるる~
それにしてもなんだか今日はヤケにお腹が空くな。
どうしてだろう?
なんてことを考えていると、何やら音がする。
それになんだかいい匂いも。
これは……炭火焼?
外から香ばしい炭の匂いやガタガタという物音がして、玄関を出て恐る恐る覗いてみると、敷地のど真ん中でそれは行われていた。
本格的なバーベキューコンロの前をイスで陣取った隣人さんが、お肉片手に楽しそうに鼻歌を歌っていた。
本格的、といってもどういったものが本格的かわからないのでけっこう適当。
バーベキューといえばこういうコンロだよね、って形をしてるから本格的って言ってみただけ。
気になってカメラを向けてネットでコンロを検索してみる。
「た、たかい……」
バーベキューコンロだけで二万円?
しかもあれ十人とかでする大人数タイプじゃん。
この人、ひとりで、大人数タイプ使ってるの?
隣人さんはドンドン網の上にお肉を乗せて、うちわでパタパタ仰ぎ始めた。
あれは向き的に、明らかにボクの部屋に向かって仰いでいる。
本当に何をしてるんだこの人は。
「何してるの?」
「お! 釣れた釣れた! 見ての通りバーベキューでーす!」
「見たらわかるよ」
ボクが聞きたいのはなんでひとりでバーベキューしてるの? ってこと。
おそらく隣人さんに聞いても、なんとなく、でしかないんだろうけど。
「今下に行くからこっちに向かって仰ぐのやめて」
「うぇーん怒られちゃったー」
泣き真似をする隣人さんを無視して、下へと降りる。
「それで、なんでひとりでバーベキューしてるのさ」
「えぇ!? ゴールデンウイークっ! といえばバーベキューでしょ!?」
「…………」
何を言っているんだ?
「ってか、それひとりでやるスケールじゃないでしょ。よく見なくてもお肉五キロくらい買ってるじゃん」
視界にチラリと入ってはいたゴミ袋。
しっかりと準備してて、こういうところはちゃんと大人だなあと感心した、していた、したかった。
ただ残念なことにボクがちょっと立ち位置を変えると中身が見えた。
肉だ。
それもまだ開封すらしていない肉。
近くのスーパーでワンパック一キロで売っているのを見たことがある。
それを五パック。
隣人さんはフードファイターにでもなりたいのだろうか。
「細かいことは気にしないの! ほらキミも食べて食べて!」
そう言って強引に紙皿を渡され、皿に肉をパパっと手際よく数枚乗せられた。
せっかくだからいただこうと割りばしを割って、いざ実食と皿の上の肉を見ると、外側は真っ黒焦げなのに、中は明らかに生だった。
「……隣人さん、これ火強すぎるし、網の上の肉全部焦げかかってるよ」
「えっ!? ほんとだ!?」
「ちょっと、炭の置き方が偏ってるんじゃないかな。ちょっと借りるね」
見兼ねたボクはトングを受け取り、割りばしで網を少し持ち上げて隙間からトングを差し込んで炭を均一に整える。
隣人さんのうちわを借りて、火力を調整する。
「すごーい! ボクくんバーベキュー奉行じゃん!」
「ご飯の奉行っていい意味でつかわれないんじゃないかな……」
ボクが必死に大量の肉を焼いている間、隣人さんはいつの間にか缶ビールを開けていた。
銀色の、キンキンに冷えたやつ。
というか隣人さんが座ってたそれ、イスじゃなくてクーラーボックスだったんだ……
あといつの間にかボクが肉を焼く係になっていた。
「飲んでばかりいないで焼くの手伝ってよ」
「えー、でもー、キミが焼いてくれたほうがおいしいし~」
そう言いながらカシュッと缶を開けてゴクゴクとビールを飲む隣人さん。
風呂上がりのコーヒー牛乳みたいにビール飲むじゃん。
選挙の投票が、とか、成人は、とか年齢が十八歳からになってもまだお酒やタバコは二十歳から。
未成年なボクには縁のない飲み物なので、それが本当においしいのかとても興味がある。
「ダーメ。キミはこーれ」
クーラーボックスから取り出して、ボクに差し出される缶を受け取る。
小さい缶。
何の飲み物だろうって、これオレンジジュースだ。
しかもこれ、通販サイトで見たことあるちょっとお高いやつだ!
二百ミリ缶が三十二本入って、送料込みで一本当たり二百円くらいの!
これを買うかどうするかにひと月は悩んだね。
でも買わなかった。
買えなかったんだよね。
だって高いの買って失敗したら嫌じゃん。
「キミのために買ったんだから、飲んでいいんだよ」
ぎゅっとオレンジジュースを大事に握りしめたまま固まっているボクに隣人さんがほほ笑みかける。
変な人だって思ってたけどボクの勘違いだったんだ。
隣人さんは変に見えてちゃんとした大人だったんだ。
そうだ。
そうに違いない。
そうじゃなければおかしいね。
「ありがとう! 大事に飲むよ!」
「………うわぁ~、キミ、そんな大きな声出たんだね」
ボクの声量に驚いた顔の隣人さんが、目をパチクリとさせてこちらを凝視していた。
恥ずかしいことにテンション上がりすぎて声が大きくなってしまった。
さすがのボクもこれには照れてしまって顔をそむけちゃう。
「ふふふっ。意外な一面、可愛いんだね」
「……うるさい」
「そんなに照れないでよ~」
「………こうしてやる」
「あ、ちょっとー! それワタシが狙ってたやつー!」
ボクはいい焼き加減の肉を、隣人さんの皿には入れずに自分の皿に入れて、バクバクと食べてやった。
隣人さんの悲しそうな声がアパートに響き渡った。
それからもボクたちは肉を取り合うようにして、大量にあった肉は気づけば半分は減っていた。
こうして楽しい時間は過ぎていく。
たまにはこういう日も、いいかもしれない。
ゴールデンウイークのバーベキューで、
ボクと隣人さんの仲がちょっと深まった気がした。




