4月 隣人さんはテレビに影響を受ける。
4月XX日
ある出来事をきっかけに隣人さんと交流を持つようになった。
隣人さんは美人なお姉さんで、その名の通りボクの隣の部屋の住人さんだ。
新参者のボクに土地勘もなく詳しい場所はわからないけど、近くの大学に通っているらしい。
あの日酔っていたのも、大学の友達の家で朝まで飲んでいて、間違ってボクの部屋に入ってしまったらしい。
カギをかけていないボクにも責任はあるので一概に隣人さんを責められない。
謝罪の意味も込めて何度か手作りのご飯を持ってきてくれて、毎回きっちり食べるもんだから、ボクに懐いてしまったのかもしれない。
自惚れとかそんなのじゃなく。
ボクと隣人さんが持った交流の中身はこんなもんだ。
『うぇっへっへっへっへー!』
時刻は正午。
今日も、いつも通り部屋に寝そべって天井を眺めていると、魔女のような笑い声が外から聞こえてきた。
声の主は、今日は隣の部屋ではなくアパートの外にいるようだ。
このアパートは塀で囲われていて、そこそこ広めの土地面積が確保されている。
今のアパートに建て替えられる前のアパートでは、広い敷地内でよく住人主催でイベント事をしていたらしい。
ただ、今はボクと隣人さんしか住んでないわけだけど……
いつまでも声が止むことなく聞こえてくるので重い腰を上げる。
サンダルを履き、外に出る。
二階の廊下から外を見下ろすと、バットに額をくっつけてグルグル回っている隣人さんがいた。
いつも派手めな服ばかり着ているのでジャージ姿は新鮮だった。
まさか隣人さんはグルグルバットをしているのだろうか? なんて思っているとそのまさかだった。
十回ほど回ってから突然走り出し、足がもつれて盛大に転んだ。
転んだ拍子に砂埃が立ち上がるがあまり気にしてなさそうだった。
むしろとっても楽しそうだった。
「…………」
声をかけることさえ忘れて、珍獣を見るように眺める。
隣人さんは、見た目こそ美人だが、美人は美人でも残念美人なのだ。
見つかって向こうから声をかけられる前に部屋に引っ込もう。
「暇人みっけー!」
あっさり見つかってしまった。
下を見ると、地面に座ったままの隣人さんが大きく両手を振っていた。
このまま去るのもなんだし、隣人さんのところまで行くことにした。
「隣人さんは、何してるの?」
「んー? グルグルバット!」
まあそれはそうだよね。
何が「何してるの?」だ。
こんなのどっからどう見てもグルグルバットだよ。
混じりっけない純度ひゃくぱーせんとのグルグルバットだよ。
ボクが下りてようやく立ち上がった隣人さんは、ズボンについた砂をパンパンッと手で払う。
それにしても美人と桜が映えるね。
これでやってることがグルグルバットじゃなければ完璧なシチュエーションだったんだけど。
「グルグルバットってあれだよね。よくテレビで芸人さんとかがやってるあの」
「いえーす! テレビでやってたからやってみたくなってね!」
てへっ、とお菓子メーカーのマスコットみたいに舌を出す隣人さん。
平成を感じるぶりっ子ポーズがちょっと懐かしい。
「隣人さん。こう言ったらあれだけどさ、普通はテレビで見たからってさすがにグルグルバットはしないよ。ひとりでするもんでもないし」
「でもキミは来てくれたよー」
「あんな奇声あげてたら嫌でも出てきちゃうよ……」
「つまり効果ありってことね!」
「睡眠妨害ってことだよ」
ボクが言いたいことが伝わっていないようだった。
わかっててわざとの可能性もある……のか?
とにかく隣人さんは突拍子のない行動が多くて思考も読みづらい。
見てて飽きないけど、巻き込むのだけはやめてほしい。
「黙ってバットをボクに差し出したままでいるのやめてくれる?」
「えー。こういうのはジュンバンコでやるもんだよ?」
仲間になるなんて言っていない。
隣人さんの中では、ボクが下りた時点で一緒に遊ぶ仲間に入ったという認識なんだろうか。
これがグルグルバットじゃなくてキャッチボールとかだったら喜んで相手したんだけどね。
でもグルグルバットは目が回って転ぶ姿が目に浮かぶ。
「……おねがい?」
美人に見つめられると弱い。
わかっているのかわかっていないのか。
隣人さんは小動物のように目をぱちくりさせてボクを上目づかいで見ていた。
だからボクのほうが折れてしまった。
「ああもう、一回だけだよ? 一回終わったら、それで終わり。わかった?」
「やったー! ほら、百回回って百回!」
「ひゃ、ひゃく!? こういうのって十回くらいじゃないの!?」
「はーい、なーに持ってんの! なーに持ってんの! 回り足りないから持ってんの!」
なんでそんなイキッた大学生の飲み会コールみたいなの?
……あ、そういえば隣人さんは大学生だった……
仕方がないのでさっさと回って終わらすことにした。
「おっ! いい回り具合だねえ! ほら回って回って回って回って!」
うぐ……
目が回る。
何度回ったかわからない。
「あと……何回……?」
「へっ?」
ボクが聞くと素っ頓狂な声が聞こえてきた。
まさか……
「あああああ! ごめーん! 数えてなかった……! ごめんちゃい☆」
まさかだった。
グルグルをやめてもぐるぐる回る視界の中で、全然申し訳なさそうじゃない隣人さんが笑っていた。
ボクは回った視界に酔って、そのままブラックアウトした。




