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ボクと隣人さん。  作者: あさくらまひろ


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隣人さん(ナナ)の記憶 

3月X日 



 ワタシは港町に住む地主の娘。

 ちょっと田舎だけど、みんな優しくて自然豊かな場所。


 ワタシの友達のミズキちゃんとは仲が良くて、親友だと言っても過言じゃないと思う。

 小さいころからずっと一緒で、姉妹のように育った幼馴染。

 親同士も仲が良くて、ほとんど家族みたいなものだった。


 ワタシはミズキちゃんのお兄さんが大好き。

 ワタシの周りに、歳の近い男の子が全然いなかったってのもあると思うけど、

 優しくて頼りがいがあって、あこがれのお兄さんだった。


 運動も勉強もできて、お兄さんと仲良くなりたい女の子はたくさんいた。

 でも、お兄さんはちょっと鈍感というか、ワタシの気持ちにすら気づいていなさそうだった。


 きっとこのまま妹みたいな存在として、終わってしまうのかな。

 そう思うと胸がキュッと苦しくなった。



 事件は、ワタシが十五歳になった年に起こった。

 お兄さんは大学入学を控えていて、これから大学に通うためのアパートに住むため、留守をしていた。

 そんなときに、旅行ついでにいきなりアパートに行ってお兄さんを驚かせようと、ミズキちゃんとおじさんとおばさんの三人が車で街を出た。

 その日の夜だった。

 三人が乗った車が、高速道路で居眠り運転のトラックに突っ込まれてしまった。

 病院に搬送されるもそのまま亡くなってしまった。

 即死だったらしい。


 ワタシは大好きなミズキちゃんやおばさんたちが突然いなくなってしまって、とても悲しかった。

 ワタシでこんなにツラいんだから、お兄さんはもっとツラかったと思う。

 でも、ワタシは、ミズキちゃんがいなくなってしまった喪失感で、しかもお兄さんも傍にいなくて、毎日が灰色で、無気力に生きてしまっていた。


 そんなある日。


 今度はお兄さんが亡くなった。


 部屋に閉じこもって出てこないお兄さんを心配に思った大家さんが、顔を見に訪問すると不審な臭いがしていて、鍵を開けて入ると、部屋で首を吊って亡くなっていたらしい。


 遺体になって帰ってきたお兄さんは、父と母がお葬式を執り行って丁重に家族のもとへ送った。


 すっかりやせ細って、面影もほとんど残っていないお兄さんの顔を、ワタシは一目見てそれ以降は直視することができなかった。




 それからワタシは、部屋にこもって外に出ることを拒否した。

 大切な親友も、大好きな人も、全部失ってしまった。

 ワタシも、このまま閉じこもっていれば、お兄さんのところへ行けるのかな。

 そう思って食事も拒否し続けた。


 もう何日食べていないかわからない。

 今が、春なのか夏なのか、それとも秋なのか冬なのか。

 どんどん感覚が鈍くなっていくたびに、ミズキちゃんとお兄さんを近くに感じられて気持ちが安らいだ。

 そんなときだった。


『――待ってるよ』


 夢を見た気がする。


 どんな夢だったのかは思い出せないけど、なぜか体がすごく軽くなって元気になった。

 気持ちも、前を向いている。

 でも、なぜだかまたお兄さんに会える気がした。


 その日からまた学校に通うようになって、真面目に勉強に取り組んだ。

 学年でも一桁の成績をとれるほどに勉強に打ち込んだ。


 先生からは「この成績ならもっと上を目指せる」と違う学校を受験するように促されたけど、ワタシが受験する大学はもうすでに心に決まっていた。


 お兄さんが通おうとしていた大学に行く。


 お兄さんが見ようとした景色を、お兄さんがしたかった生活を、ワタシが代わりにすることにしたからだ。


 先生からの再三の説得を無視して、両親に自分の想いを伝えると「やりたいようにやりなさい」って言ってくれた。


 だからワタシは、町を出た。


 住むところは、なんとなくで選んだアパートを借りることにした。

 契約時に聞いたところ、最近建て替えたらしくて、住人はまだ誰もいないらしい。

 ワタシが入居者第一号、というわけだった。




 大学生になって、とりあえず周囲に馴染めるようになんでもがんばった。

 ボランティアに参加したり、学園祭の運営に携わったり、友達とオールをしてみたり。

 とにかくひとりでいる時間を極力減らした。

 アパートでの生活は、孤独そのものだった。

 なぜかワタシ以降に入居者が誰も入ってこなかったからだ。


 大学三年生になる年の春。

 今日も友達に誘われて朝までお酒を飲んで帰ってきた。

 お酒が入っていると、少しは気持ちが落ち着く。

 それでもまだミズキちゃんとお兄さんの姿が頭にチラつく。

 ミズキちゃんは勉強嫌いだから、そのまま就職したのかなとか。

 お兄さんはこのまま地元に帰らずに就職してたのかなとか。


 部屋にいると孤独が増すので、アパートの廊下に出て、夜風にあたりながら散っていく桜を眺めている。

 春とは言え、まだちょっと寒い。

 そろそろ部屋に戻ろう。

 そう思って振り向くと、


「…………え?」


 誰もいないはずの隣室のドアが、少し開いているような気がした。


――誰かいるの?


 恐る恐る覗き込んでみる。

 このときのワタシは、本当にバカだったと思う。


 でも、バカでよかったと思う。


 そうでなければ。


 そうでなければ……


「……おにーさん?」


 再びお兄さんに会うことは叶わなかったのだから。



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