12月 ボクは――
12月XX日
めっきり寒くなってしまって、今日にも雪が降るんじゃないかと思える寒さに身震いする。
世間のカップルたちがそわそわと乳繰り合う季節だ。
どこに出かけても腕を組んで歩いていたり手を繋いでいたり。
本当に少子社会なのか疑わしいほどにカップルが多い。
いったいどこに隠れていやがったんだ。
デパートにレモンを置いて爆弾に見立てた作家の気持ちがちょっとはわかるかもしれない。
まあなんで置いたのかよくわかってないけどね。
それはさておき。
隣人さんがどこかよそよそしい感じがする。
最近はあまり会わない、というか、帰りが遅いというか……
つい先日までは、たとえアルバイトが入っていてもまっすぐ帰ってきて、ボクの部屋で夕飯を作って一緒に食べていた。
折りたたまれたままのテーブルの側面に、ちょっと埃が溜まってきている。
繁忙期、というやつだろうか?
でも繁忙期だからってアルバイトを酷使するものなのかな?
「…………ちょっと迎えに行っちゃおうかな~?」
なんて声に出して言ってみたり。
誰も聞いていないんだけどね?
もしかしたら隣人さんが聞いていて、「さみしい思いさせちゃったかー!」なんて飛び出してくるんじゃないかと、心のどこかで思っていたからだ。
とはいえ……
恋仲ってわけでもないのに迎えに行くのは、かなり気持ち悪いか……
まあ。
散歩かな。
うん。
散歩に行ったら偶然会いました。
よし、これでいこう。
コートを羽織って外に出る。
十二月の夜風は、刺さるように冷たい。
駅からアパートへ続く、いつもの暗い一本道。
街灯が数メートルおきにポツポツと照らす道を歩いていると、遠くからパタパタと焦ったような足音が聞こえてきた。
「……あ」
赤いワインのような色のコート。
間違いない、隣人さんだ。
手を振って声をかけようとした――その瞬間、ボクの動きが止まった。
隣人さんの数十メートル後ろを、黒いフードをかぶった男が、一定の距離を保ちながら足早についてきている。
隣人さんは何度も後ろを振り返り、怯えたように肩を震わせていた。
顔は蒼白で、唇を噛み締めながら、今にも泣き出しそうな顔で走っている。
しかしヒールを履いている隣人さんは、早歩きが精いっぱいのようだった。
……嘘だろ?
ストーカー……!?
血が逆流するような感覚がした。
ボクは咄嗟に駆け出し、隣人さんと男の間に割り込もうと手を伸ばした。
「おい! やめろ――」
男の胸元を突き飛ばそうとした。
けれど。
ッ―――――。
おかしい。
手応えが、ない。
まるで空気を掴んだみたいに、ボクの手は男の身体をすんなりと通り抜けた。
勢い余って前のめりに体勢を崩す。
「え……? あ……?」
状況が、ボクに起こっていることが理解できずに混乱する。
その間にも、男はボクの存在にすら気づかず、そのままボクを通り抜けて、隣人さんを追いかけて走っていく。
「待て……! 待てよ……!」
必死で立ち上がり、男を取り押さえようと掴もうとする。
何度も、何度も。
でも、何も掴めない。
寒さで手が力まない?
違う。
服がすべる?
違う!
違う違う違う違う!
そんなわけない!!!!
「キャッ……!」
アパートの階段の前で、隣人さんが足をもつれさせて転んだ。
男がゆっくりと、距離を詰めていく。
「いや……来ないで……!」
悲鳴をあげる隣人さん。
ボクは二人の間に立ちはだかり、両手を広げた。
「やめろ!!!!!」
声の限りに叫んだ。喉が引きちぎれるくらい。
――次の瞬間。
男はぴくっと足を止め、不気味そうにあたりを見回した。
まるで突然、強烈な不快感や冷気に襲われたみたいに身震いすると、チッと舌打ちをして、闇の中へ走って逃げていった。
助かった……のか?
ボクは膝から崩れ落ちそうになりながら、腰を抜かしている隣人さんに駆け寄った。
「隣人さん! 大丈夫!? ケガはない!?」
手を貸そうと差し出す。
でも、やっぱり隣人さんの身体には触れられない。
隣人さんは、誰もいないはずの虚空――ボクがいる場所を、涙で濡れた目で見つめた。
「……――くん……?」
その声は震えている。
ボクを呼ぶ声。
ボクを呼んでいるはずなのに。
隣人さんは、ボクのほうを見ていなかった。
けど、すぐに「あれ……?」と周囲をきょろきょろして、首をかしげて、歩き出した。
「――――ああ、そうだったのか……」
ボクは、すべてを思い出した。




