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「姉妹だからといって、エミリア嬢はお優しすぎますわ」
「そうですわよ。何もそこまで我慢なさらなくても……」
取り巻きの令嬢たちが口々にエミリアを擁護する。
当のエミリアは困ったように眉尻を下げ、彼女たちを止めようとする素振りを見せていた。
「皆様、もういいんです。本当に……」
「よくありませんわ」
ベアトリーチェがきっぱりと言い切った。
そして、リリアへ鋭い視線を向ける。
「エミリアから、これまでのことも、ご実家でのこともすべて聞きました。いくらこの子が貴女を慕っているからといって、あまりにも酷いのではありませんか?」
「……すべて、とは?」
リリアは小さく首を傾げた。
「とぼけるおつもり?」
「いいえ。そこまで仰るのですから、具体的に何を聞いたのか興味があるだけですわ」
「でしたら、お教えします」
ベアトリーチェは正義を執行するかのように僅かに顎を上げた。
「エミリアの持ち物を故意に壊した」
「学院では周囲に圧力を掛け、この子を孤立させようとした」
「公爵家の娘ではないと、何度も侮辱した」
「屋敷では使用人同然に扱った」
一つ。
また一つ。
ベアトリーチェの口から、リリアの知らない『セレナの罪』が積み重ねられていく。
そして――。
「退院して屋敷へ戻るなり、エミリアを部屋から追い出し、私物まで勝手に捨てたそうですわね」
それには、リリアも僅かに眉を上げた。
確かに。最後の一つだけは、自分がやったことだ。
「お姉様、もう……」
「まだありますわ」
エミリアが止めようとするが、ベアトリーチェは聞かない。
「エミリアが仲直りしようと歩み寄ったにもかかわらず、頬まで叩いたそうではありませんか!」
周囲がざわめいた。
「頬を……?」
「妹を?」
「さすがにそれは……」
リリアは黙ったまま、ベアトリーチェの話を聞いていた。
「それだけではありません。エミリアは貴女を本当の姉のように慕い、『お義姉様』と呼んでいる。それなのに、その呼び方すら許さず、何度も拒絶しているそうですわね」
「…………」
そこで初めて。
リリアの笑みが僅かに深くなった。
随分と上手く話したものだ。
完全な嘘だけではない。
部屋から追い出したのも。
私物を放り出したのも。
頬を叩いたのも。
すべて事実だ。
だが――そこへ至った経緯だけが、綺麗さっぱり抜け落ちている。
そして、セレナがやってもいないことまで、その事実の中へ紛れ込ませている。
嘘だけを並べるより、余程質が悪い。
「これだけのことをされても、エミリアは貴女を恨んでいないのですよ」
ベアトリーチェはエミリアの肩へ手を添えた。
「それどころか、今でも貴女と本当の姉妹になりたいと願っている」
「ベアトリーチェ様……」
エミリアの瞳に薄く涙が滲む。
「セレナ嬢」
ベアトリーチェは真っ直ぐリリアを見据えた。
「貴女もアウレリア公爵家のご令嬢ならば、いつまでも子供のような意地を張るのはおやめなさい」
そして――。
「この場でエミリアに謝罪し、姉妹としてやり直すと約束なさい」
周囲の視線が一斉にリリアへ集まった。
逃げ道を塞いだつもりなのだろう。
これだけの人間の前で謝罪を拒めば、非情な姉。
謝れば、これまでの『虐め』を自ら認めたことになる。
どちらを選んでも、エミリアが被害者として完成する。
(――なるほど)
確かに、よくできている。
リリアは微笑んだ。
「分かりましたわ」
「……え?」
あまりにもあっさりとした返答に、ベアトリーチェが目を瞬いた。
エミリアも驚いたようにリリアを見る。
「そこまで仰るのでしたら――」
リリアは優雅に両手を身体の前で重ねた。
「一つずつ、確認いたしましょうか」
柔らかな笑顔は崩さない。
「今、貴女が仰ったことがどこまで事実なのか」
柔らかな笑顔は崩さない。
「確認も何も、すべてエミリア本人から聞いたことですわ」
ベアトリーチェは不快そうに眉を寄せた。
「ええ。ですから、その話を確認すると申し上げているのです」
「エミリアが嘘をついているとでも?」
「いいえ」
リリアは即座に否定した。
「先ほどベアトリーチェ嬢が仰ったことの中には、事実もあるわ」
周囲がざわめいた。
ベアトリーチェの表情には、僅かに勝ち誇った色が浮かぶ。
「でしたら――」
「ただし」
リリアはその先を遮った。
「事実を話すことと、事実のすべてを話すことは同じではないでしょう?」
「……何ですって?」
「前後を省いて、自分に都合のいい部分だけを取り出せば、同じ出来事でも随分と印象は変わるものよ」
リリアはゆっくりとエミリアへ視線を移した。
「だから、エミリア。貴女自身の口から話してもらおうかしら」
「わ、わたくしが……?」
「ええ。先ほどからベアトリーチェ嬢にばかり話させているでしょう?」
エミリアの表情が僅かに強張った。
「セレナ嬢、その前に」
ベアトリーチェが一歩前へ出る。
「貴女は一度もエミリアに謝罪していないそうですね」
その言葉に、周囲から再びざわめきが起きた。
「ベアトリーチェ様……!」
エミリアが慌てて彼女の腕を掴んだ。
「もういいんです」
「ですが、エミリア――」
「本当にいいんです。わたくし、セレナ様を責めたいわけではありません」
エミリアは首を横に振る。
その瞳には薄らと涙が滲んでいた。
「わたくしはただ……これからは、本当の姉妹のように仲良くしたいだけなんです」
リリアはしばし黙ってエミリアを見つめた。
「そう」
穏やかな返答に、エミリアの表情が僅かに明るくなる。
「ですから、セレナ様。今までのことは全部忘れて、これからは――」
「お断りするわ」
「…………え?」
間髪入れず返された言葉に、エミリアの笑顔が固まった。
「なっ……!」
ベアトリーチェが目を見開く。
「エミリアがここまで歩み寄っているのですよ!?」
「だから何?」
リリアは冷たく言い放った。
「先ほどから聞いていて不思議だったのだけれど――エミリア」
「は、はい……」
「貴女、一体何を許すつもりなの?」
「……え?」
「今までのことは全部忘れると言ったでしょう?」
「え、ええ……」
「だから聞いているのよ」
リリアは薄く笑った。
「私が貴女に何をしたというの?」
「それは……今までセレナ様からされたことを……」
「だから、それは何?」
「先ほど申し上げたでしょう!」
ベアトリーチェが横から声を上げた。
リリアは冷ややかな目を向ける。
「貴女には聞いていないわ」
「……っ!」
「私はエミリアに聞いているの」
ぴしゃりと言い切ると、再びエミリアへ視線を戻す。
「さあ。私が貴女にしたという酷い仕打ちとやらを、自分の口で言いなさい」
「…………」
「それとも、自分では説明できないことをベアトリーチェ嬢には話したの?」
「そんなことありません!」
「なら、言えるでしょう?」
エミリアは胸元で両手を握り締めた。
「わ、わたくしが……アウレリアを名乗ることを認めてくださらなかった……」
「ええ。それは事実ね」
あっさりと認めたリリアに、周囲がざわめいた。
「でも、それが何?」
「……え?」
「お父様はアウレリア家へ婿入りした身。現在は当主代理を務めているだけで、当主ではないわ」
リリアは淡々と続ける。
「貴女がヴィンセントの娘であることと、アウレリア家の令嬢として認められることは別の話よ」
「でも、わたくしもお父様の娘で――」
「だから、それは否定していないでしょう?」
リリアは小さく首を傾げた。
「貴女はヴィンセントの娘。それは事実よ」
そして、冷たく続ける。
「でも、貴女が勝手にアウレリアを名乗っていい理由にはならないわ」
「…………」
「アウレリアの名を名乗ることを、当主である叔父様が認めたの?」
「……いいえ」
「では、正統な継承権を持つ私かリリアが認めた?」
「…………いいえ」
「なら、それで終わりでしょう?」
エミリアの唇が僅かに震える。
「私は貴女を『公爵家の娘ではない』と侮辱したのではない。権限のないお父様が勝手に与えたアウレリアの名を、私は認めないと言っただけ」
一拍置き、リリアは薄く笑った。
「それを随分と都合よく話したものね」
「…………」
「次」
「……え?」
「まだあるでしょう?」
逃がすつもりなどなかった。
「部屋を奪われた、とも言ったそうね」
「それは……六年間、わたくしが使っていた部屋を突然……」
「あの部屋は元々、私とリリアのためにお母様が用意してくださった部屋よ」
「…………」
「私が自分の部屋へ戻った。ただそれだけでしょう?」
「でも、六年間ずっとわたくしが使っていたのに……」
「六年間使えば、他人の部屋が自分の物になるの?」
「そ、そういう意味では……」
「なら、何の問題があるのかしら」
「ですが、私物まで勝手に捨てたではありませんか!」
「ええ」
リリアは迷いなく認めた。
「二階から放り出したわ」
周囲がどよめく。
「随分と乱暴なことをした自覚もある。それについては否定しないわ」
あまりにも堂々と認めるものだから、逆に誰も言葉を挟めない。
「でも――エミリア」
紅い瞳が細められる。
「貴女がその部屋を使っていた六年間、私はどこで暮らしていたのか。それもベアトリーチェ上手には話した?」
「…………!」
エミリアの顔が強張った。
「それは……」
「元物置だった、あの狭い部屋よ」
周囲のざわめきが止まる。
「寝台と小さな机を置けば、それだけでほとんど身動きも取れなくなるような部屋で、私は六年間暮らしていた」
「…………」
「それを知った上で、『自分の部屋を奪われた』と話したの?」
エミリアは答えない。
「それとも」
リリアの口元に冷たい笑みが浮かんだ。
「そこだけは話さなかった?」
「わ、わたくしは……」
「次」
弁解する暇すら与えるつもりはなかった。




