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全校集会が終わり、生徒たちはそれぞれの教室へと戻り始めた。
「セレナ。俺はこの後ノアに呼ばれてるから行くけど、一緒に来るか?」
ルシアンに声を掛けられ、リリアは露骨に嫌そうな顔をした。
そのあまりにも分かりやすい反応に、ルシアンは思わず苦笑する。
「お断りします」
「だと思った。じゃあ俺は行くけど、大人しくしてろよ」
毎回毎回、人のことを何だと思っているのだ。
まるで目を離した途端に問題を起こすトラブルメーカーのような言い草ではないか。
心外千万だと思いつつ、リリアは教室へ戻るためルシアンに背を向け、面倒そうに片手を振った。
「はいはい。行ってらっしゃいませ」
「その返事が一番不安なんだが……」
背後から聞こえた声は無視した。
リリアは講堂から吐き出される大勢の生徒たちに紛れ、教室へと向かう。
その途中だった。
廊下の端で、エミリアが数人の女生徒と話している姿が目に入った。
別段、興味はない。
リリアは一瞥しただけで、そのまま横を通り過ぎようとした。
「セレナ嬢。少々よろしいかしら」
呼び止められ、リリアの足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「何かしら」
声を掛けてきたのは、エミリアの隣に立つ一人の女生徒だった。
艶やかな長い髪に、すらりとした長身。
身につけているものや立ち居振る舞いからしても、相応に高い身分の令嬢なのだろう。
そして何より、彼女を中心にするように他の女生徒たちが集まっている。
一目見ただけで、この集団の中心人物であることは分かった。
(……どこかで見たような顔ね)
僅かにエミリアと似ているような気もする。
だが、記憶にはない。
リリアが彼女へ視線を向けた途端、先ほどまで話していたエミリアがびくりと肩を震わせた。
そして、さりげなく女生徒の後ろへ身を隠す。
その仕草をリリアは見逃さなかった。
「エミリアから聞きましたわ」
女生徒はリリアを真っ直ぐに見据える。
「セレナ嬢ともあろうお方が、妹君に対して随分と酷い振る舞いをなさったそうですわね」
なるほど。
エミリアの味方はアルフレッドたちだけだと思っていたが、どうやら同性にも随分と頼もしいお仲間がいるらしい。
少しばかり侮っていたようだ。
もっとも――。
筆頭公爵家の正統後継者であるセレナを廊下で呼び止め、こうして真正面から詰問してくるのだ。
ただの取り巻きではないだろう。
それなりの家格を持つ令嬢でなければ、こんな真似はできない。
リリアは相手を観察するように、頭の先から爪先までゆっくりと眺めた。
「その前に、一つよろしいかしら」
「……何ですの?」
「貴女はエミリアと、どのようなご関係で?」
「…………」
空気が止まった。
目の前の女生徒だけではない。
その取り巻きも。
エミリアさえも。
揃って目を見開いている。
「なっ――!」
女生徒は信じられないものを見るようにリリアを凝視した。
口を開く。
だが、あまりの衝撃に言葉が出てこないらしい。
数度、唇を開閉した末に、ようやく声を絞り出した。
「わ、わたくしを……ご存じありませんの?」
「ええ」
リリアは悪びれることなく即答した。
「存じ上げませんわ」
「…………!」
女生徒の顔が羞恥と怒りでみるみる赤く染まっていく。
周囲がざわついた。
どうやら、知らない方がおかしい相手らしい。
しかし、リリアには本当に覚えがない。
六年前に屋敷を飛び出して以来、王国貴族の社交界になど顔を出していないのだ。
ましてや、この国で筆頭公爵家であるアウレリアと対等、あるいはそれ以上の立場にあるのは王家と盟約家くらいのものだ。
貴族社会の縮図ともいえるこの学院でも、格下の家の者が、格上の家の令嬢へ気安く話しかけることは滅多にない。
故にリリアが頭に入れているのは、セレナと親交のあった者や、今後の計画に必要となる者だけだった。
それ以外の人間にまで割く時間はない。
ただでさえ六年間の空白を埋めるため、学院の勉強を頭へ叩き込むので精一杯だったのだ。
「わたくしは――ベアトリーチェよ!」
女生徒は怒りを押し殺すように胸元へ手を添えた。
「従姉妹の顔までお忘れになりましたの!? 学院でも何度も顔を合わせているでしょう!」
「従姉妹……?」
リリアは僅かに眉を寄せた。
その言葉を手掛かりに記憶を辿る。
そういえば、父ヴィンセントは五大公爵家の一つに生まれた次男だった。
兄が家督を継いだため、ヴィンセントは婿養子としてアウレリア家へ入った。
そして、その兄には二人の子供がいたはずだ。
年子の兄妹。
兄が自分たちより一つ年上で、妹が同い年――。
「ああ」
リリアはぽん、と手を打った。
「お父様のお兄様の娘ね」
「今思い出したんですの!?」
「ええ」
悪びれもなく答える。
当然、ベアトリーチェの顔が引き攣った。
だが、リリアからすれば仕方のないことだった。
セレナにとっては学院でも顔を合わせていた従姉妹なのだろうが、リリアにとっては六年以上ぶりなのだ。
十歳より前に一度顔を合わせただけの少女が成長した姿を見て、すぐに分かるはずもない。
ましてやリリアが頭に叩き込んだのは、セレナと日常的に関わる者や、自分の計画に必要な人間が中心だった。
従姉妹とはいえ、セレナと特別親しくしていたわけでもないベアトリーチェまでは把握していなかった。
「まあ、思い出したのだからいいでしょう。久しぶりね」
「久しぶりって……学院で何度もお会いしているでしょう!?」
しまった。
リリアは無言で微笑んだ。
「事故の影響かしら」
「そんな都合のいい――!」
「ベアトリーチェ様、もういいんです」
エミリアが慌てて彼女の腕へ手を添えた。
「エミリア?」
「わたくしは大丈夫ですから……」
エミリアは健気に微笑むと、ベアトリーチェの陰から一歩前へ出た。
「セレナ……様が、わたくしのことを快く思っていないのは分かっていますもの」
「…………」
リリアの目が僅かに細くなる。
今、確かに一度――『セレナ』と言った。
すぐさま『様』を付け足して取り繕ったが、聞き間違いではない。
「だから、もういいんです。わたくしさえ我慢すれば――」
(……始まった)
リリアは心の中で冷めた息を吐いた。
屋敷でも見せられたばかりだ。
自ら一歩引いてみせる。
健気に耐えてみせる。
そうすることで、何も言わずとも周囲が勝手に相手を悪者にしてくれる。
実に分かりやすいやり方だった。
「いいえ、エミリア」
ベアトリーチェはそんな彼女の手を優しく握った。
「貴女ばかりが我慢する必要などありませんわ」
「ですが……」
「貴女たちは姉妹なのよ?」
そして、ベアトリーチェは再びリリアへ向き直った。
「セレナ嬢。貴女もいつまでも意地を張るのはおやめになったら?」
「意地?」
「ええ」
ベアトリーチェは諭すような口調で続けた。
「確かに、突然妹ができたことを受け入れられなかったお気持ちは分かりますわ。ですが、エミリアは何も悪くありませんでしょう?」
周囲を行き交っていた生徒たちの足が、一人、また一人と止まり始める。
「この子はずっと、貴女と仲良くなりたいと願っているのです。それなのに貴女は九年間もエミリアを拒絶し、傷付け続けている」
「ベアトリーチェ様、もう……」
「駄目よ。貴女が黙っているから、この方はいつまでも自分の行いに気付かないのです」
エミリアを庇うように一歩前へ出る。
「学院でも貴女から嫌がらせを受け、それでもエミリアは一度だって貴女を悪く言わなかった。それどころか、事故に遭われたと聞いた時にはずっと心配していたのですよ」
「そんな……当然のことですわ。だって――」
エミリアはそこでリリアを見つめた。
そして、いかにも慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「わたくしたちは、姉妹ですもの」
「…………」
リリアは黙って二人を見つめた。
なるほど。
何がしたいのか、ようやく分かった。
これは説教などではない。
ましてや、ベアトリーチェが偶然エミリアのために怒っているわけでもない。
全校集会が終わり、全学年の生徒が一斉に教室へ戻るこの時間。
わざわざ人通りの多い廊下で呼び止めた。
そして、周囲に聞こえる声でエミリアがどれだけ健気で、自分がどれほど非情な姉なのかを語っている。
(私に頭を下げさせるつもりね)
大勢の前で。
セレナの方からエミリアを『妹』として受け入れさせる。
そして最後には仲直りした美しい姉妹として、この場を収めるつもりなのだろう。
リリアの口元が僅かに上がった。
(面白い)
そこまで舞台を整えてくれたというのなら。
――利用しない手はない。
公開処刑のつもりならば、望み通り付き合ってやろうではないか。
リリアは口元に、セレナらしい柔らかな微笑みを浮かべた。




