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 リリアは思惑通りの展開に、内心ほくそ笑んだ。

 アルフレッドたちが病室へ入った瞬間から、本物のセレナではないという違和感を敢えて植え付けていたのだ。

 どれほど取り繕ったところで、自分はセレナ本人にはなれない。

 ならば、中途半端に演じ続けて後々疑われ、裏で探りを入れられるよりも、この場ではっきり白黒つけた方が都合がいい。


「どうして私が本人ではないと?」


 リリアは純粋な興味から尋ねた。

 アルフレッドが、何を根拠にそこまで言い切ったのか知りたかった。


「偽物を用意したにしては、随分と雑な役者だな」


 アルフレッドは確信に満ちた表情でリリアを見据えた。


「まず、セレナの一人称は『わたくし』だ」


 一本指を立てる。


「次に、セレナはそんな粗暴な口調ではない。もっと品格があり、誰に対しても穏やかで淑やかだ」


 さらに一本。


「そして、彼女本人なら、見舞いに来た私たちへ真っ先に礼を述べ、身体を気遣う言葉を掛けていたはずだ」


 そこまで言い切るアルフレッドを見て、リリアは胸の奥がざわつくのを感じた。


 ――そんなことまで分かっているのか。


 十年以上を共に過ごしてきたのだから、理解していて当然なのかもしれない。

 だが、それほどまでにセレナという人間を知っていながら。

 どうして、彼女を信じなかった。

 どうして、セレナの言葉ではなく、エミリアの涙を信じた。

 その矛盾が、リリアには理解できなかった。

 理解できないからこそ、怒りが込み上げる。

 胸の奥底で燻っていた憤りが、静かに燃え上がっていった。

 リリアは気持ちを落ち着かせるように、細く長い息を吐いた。


「私、事故の後遺症で一部の記憶が曖昧なのです」


 一度言葉を切り、静かに続ける。


「それに、人はいつ死ぬか分からないのだと思い知りました。だからもう、自分を押し殺して我慢するのはやめたのです」


 リリアはゆっくりと幼馴染たち、そしてエミリアへ視線を巡らせた。

 口元には穏やかな笑みを浮かべている。

 だが、その瞳だけは笑っていない。

 獲物を見定める蛇のような冷たい眼差しが、一人ひとりを射抜いていく。


「それでも殿下が私を疑われるのでしたら、検査でも何でもお好きになさってください」


 病室が静まり返る。

 偽物なら、自ら検査を勧めるはずがない。

 誰もがそう思った。

 だが、それで納得できるほど彼らも愚かではない。

 あえて検査を勧めることで、本物だと思わせようとしている可能性もある。

 しかし、本当に偽物ならば検査など受けられるはずがない。

 その考えに至れば、やはり本人なのではないか――。

 彼らの思考は堂々巡りを始めていた。


 もっとも、リリアにとってはどちらでも構わない。

 検査を受けたところで、この身にアウレリア家の正統な血が流れている事実は何一つ変わらないのだから。


「この病院は魔法局の管轄下でしたわね。お母様とお父様の採血した血液サンプルが保管されているはずです」


 リリアは静かに言葉を続ける。


「この場で親子鑑定を行いましょう。そうすれば、皆様もご納得いただけることでしょう」


 自ら検査を提案する。

 目の前でアウレリア家の血筋であることを証明してしまえば、疑いは大きく薄れる。

 違和感を抱かせることは承知の上。

 それでも決定的な証拠を示しておけば、少なくとも当分の間、裏で探りを入れられることは避けられる。

 それがリリアの狙いだった。


「お嬢様。ここは私が話をつけて参りましょう」


 これまで一言も口を開かなかったノアが、初めて静かに言った。

 今回ばかりは最後まで静観を貫くものだと思っていたリリアとルシアンは、僅かに目を見開く。


「……彼は誰だ?」


 アルフレッドが怪訝そうに尋ねた。

 ルシアンとは違い、ノアとは初対面である彼らは、実は入室した時からずっと彼の存在を気にしていた。


「ご挨拶が遅れました」


 ノアは胸へ手を添え、優雅に一礼する。


「ノアと申します」


 一度顔を上げると、柔らかな笑みを浮かべた。


「私は彼のお目付け役でもあり――」


 そう言ってルシアンへ手を向ける。


「彼女の、しがない一ファンでもあります」


 今度はリリアへ視線を向け、どこまで本気とも知れない笑みを浮かべた。

 予想の斜め上を行く自己紹介に、リリアは思わず盛大にむせる。


(……この男だけは、本当に何を考えているのか分からない)


 訝しげにノアを見つめる。

 だが、丸眼鏡のレンズへ光が反射し、その奥にある瞳は窺えない。

 結局、彼の真意を読み取ることはできなかった。


 待つこと数分――。

 ノアが戻って来た。

 その後ろには、ラグナール侯爵の姿もあった。

 多忙な彼が自ら足を運んだということは、ノアから事情を聞いて魔法局から急いで駆け付けたのだろう。

 それも無理はない。

 自ら「セレナの代役になる」と名乗り出て、一番の適任者だと豪語していたリリアが、今度は自ら検査を申し出たのだから。


 だが、ラグナール侯爵の落ち着いた様子を見る限り、ノアが上手く事情を説明してくれたのだろう。

 リリアの企みなど、彼には最初からお見通しだ。

 その意図を汲んだからこそ、ラグナール侯爵もこの場で検査を行うことを了承したのだ。


「セレナ嬢のお母様――前アウレリア公爵家当主、エレノア・フォン・アウレリア様の血液サンプルをお持ちしました」


 ラグナール侯爵は、血液サンプルと透明な液体の入った器を載せたステンレス製のトレーを静かにテーブルへ置いた。


「本来、エレノア様の血液サンプルは門外不出だ。だが、セレナ嬢を疑うというのであれば、エレノア様との血縁関係を調べるのが最も確実だろう」


 静かな口調で言葉を続ける。


「アウレリア家の正統な血筋であることを証明するには、これ以上ない方法だからな」


 準備を進めるラグナール侯爵を見ながら、リリアはふと思い付いたように口を開いた。


「そうだわ、殿下。一つ賭けをしませんか?」

「賭けだと?」

「ええ」


 リリアは薄く微笑む。


「この検査で私がアウレリア家の正統な血筋であることが証明されたなら、今日のところは皆様を連れてお帰りください」


 一拍置き、言葉を続ける。


「ですが、もし偽物という判定が出たのであれば、先ほどの発言も含め、これまでの非礼について正式に謝罪いたしますわ」


 その声音には、不思議と余裕があった。


「いいだろう」


 アルフレッドは鼻で笑う。


「貴様のその態度が、セレナであるはずがない」


 そう言い切ると、鋭い眼差しをリリアへ向けた。


「言っておくが、魔法で細工をしようとしても無駄だ。私もいる。それに、カインもいるからな」


 アルフレッドは自信満々に賭けを受けて立った。

 リリアは躊躇なく腕を差し出した。

 ラグナール侯爵はその腕から静かに採血を行う。


「この器には、既にエレノア様の血液が入っている」


 ラグナール侯爵は透明な液体が入った器を掲げながら説明した。


「ここへセレナ嬢の血を加える。血縁関係があれば光を放ち、なければ何も起こらない」


 その説明を聞き、病室に緊張が走る。

 誰もが固唾を呑み、結果を見守った。

 採取したばかりのリリアの血が、一滴、器へ落とされる。


 二つの血がゆっくりと混ざり合った、その瞬間――。

 器全体が淡く神秘的な光を放った。

 アウレリア家の正統な血を引く者である証。

 現在、その条件に当てはまる者は、行方不明となっている叔父と、失踪したとされるリリアを除けば、セレナただ一人だった。


「そんな……馬鹿な……」


 アルフレッドは愕然と呟いた。

 信じたい現実と、目の前の結果が噛み合わない。


「殿下。この賭け、私の勝ちですわね」


 リリアは微笑を浮かべたまま告げる。


「本当に……セレナなのか」


 アルフレッドは呆然とリリアを見つめた。


「受け入れられないのでしたら、それでも構いません」


 穏やかな声で答える。


「ですが、賭けのことはお忘れなきよう」


 そう言って、リリアは指先を揃えた手を静かに扉へ向けた。


 ――お帰りください。


 その仕草だけで十分だった。


「くっ……」


 アルフレッドは悔しげに顔を歪める。


「帰るぞ」


 その一言で、一同は重い足取りのまま病室を後にした。

 ようやく静けさが戻る。

 そう思い、リリアが小さく息を吐いた、その時だった。

 まだ彼等のいた場所に一人だけ残っている気配があった。

 視線を向けると、フェリクスがその場に立ち尽くしていた。


「何か御用かしら」


 リリアは感情のない声で尋ねる。


「私はセレナ様の従者です」


 フェリクスは真っ直ぐリリアを見つめた。


「セレナ様がお目覚めになられた以上、身の回りのお世話は私が務めます」

「結構よ」


 返答は即答だった。


「貴方はもう私の従者ではないわ」


 一切の情を挟まない声が続く。


「解任し、エミリアへ譲ったでしょう。今さら貴方に尽くしてもらう理由はないわ」

「何故ですか!」


 フェリクスは思わず声を荒らげた。


「私は長年、貴方様の腹心としてお傍に仕え、お守りしてきました! それなのに突然解任だなんて……!」


 その言葉に、リリアは堪えきれず小さく笑った。

 それは愉快だからではない。

 あまりにも滑稽だったからだ。


「お守りしてきた?」


 冷え切った声が病室に響く。


「事故に遭った時、貴方は何をしてくれたのかしら」


 フェリクスは答えられなかった。

 唇を固く結び、俯くことしかできない。


「それが答えよ」


 リリアは容赦なく言い放つ。


「使えない駄犬はいらないの」


 フェリクスは拳を強く握り締めた。

 肩が小刻みに震える。

 怒りなのか。

 それとも、自らの無力さを悔いているのか。

 リリアには、どちらでもよかった。

 今の彼に興味など、一欠片もない。


「……申し訳、ございませんでした」


 震える声で深く頭を下げる。

 ゆっくりと顔を上げても、リリアの視線は一度も彼へ向かなかった。

 その態度だけで十分だった。

 自分は完全に切り捨てられたのだと、フェリクスは悟る。

 何かを言いかけて口を開く。

 だが、言葉は出てこない。

 やがて静かに口を閉ざすと、踵を返し、誰にも呼び止められることなく病室を後にした。

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