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リリアが王都へ来てから数日が経った。
セレナが意識不明の重体だという情報を公表して以来、魔法局には連日のように問い合わせが殺到していた。
その大半は、城下町や商店街の者たちからの安否を気遣う声。
残る者たちは、この機に見舞いを口実としてアウレリア公爵家との縁を得ようとする貴族たちだった。
ラグナール侯爵の話では、中でも厄介なのが王族とアウレリア公爵だという。
王族は権力を、アウレリア公爵は肉親であることを盾に、連日のように「一目だけでも会わせろ」と圧力を掛けてきていた。
そして、それは大人たちだけではない。
アルフレッドをはじめ、セレナの幼馴染たちもまた、毎日のように面会を求めてきているらしい。
もっとも、大人たちとは違い、彼らは本気でセレナを案じているのだろう。
――どの口が言う。
報告を聞きながら、リリアは鼻で笑った。
「ラグナール侯。例の件の進捗はどうだ」
リリアはセレナの病室の隣室で、ラグナール侯爵から王都の情勢について報告を受けていた。
部屋にはルシアンの姿もある。
さらに、ローゼンクロイツ侯爵と、アビスへ向かう途中でリリアたちが既に王都入りしたとの報せを受け、急ぎ引き返してきたグランヴェル辺境伯も同席していた。
「五大公爵家のうち、半数以上がアルフレッド殿下とセレナ嬢の婚約を白紙に戻すことへ賛同した」
「身内を王家へ送り込みたい家もあれば、アウレリア公爵家へ反感を抱く家もある。当然の結果だな」
ラグナール侯爵の報告に、ローゼンクロイツ侯爵が補足する。
「アウレリア家へ婿入りしたあの男は最後まで反対するかと思うたが、随分あっさり賛同したものだ」
グランヴェル辺境伯は顎髭を撫でながら、意外そうに呟いた。
「問題は陛下じゃ」
その一言に、ラグナール侯爵とローゼンクロイツ侯爵も静かに頷く。
「陛下はセレナ嬢が精霊王と契約を結んでいることをご存じだ。そう簡単に婚約解消を認めはせんでしょうな」
「だが、それも時間の問題だろう」
ラグナール侯爵が続ける。
「精霊王との契約を知る者は、陛下とヴァルハイン帝国皇帝、そして我ら三家のみ」
一拍置き、声を低くした。
「……加えて、入手経路は不明だが、確実にその事実を掴んでいるであろう、あの一族くらいのものだ」
「精霊王の存在を公にできぬ以上、陛下お一人が反対したところで、この流れを覆すのは難しかろう」
ローゼンクロイツ侯爵は腕を組みながら言った。
「しかし、予想外だったのは殿下だ」
何かを思い出したようにグランヴェル辺境伯が目を細めた。
「最近になって、妙な動きを見せ始めてな」
その言葉にリリアが口を挟む。
「どういう事だ。セレナとの婚約解消を望んだのは奴だろう」
「私たちも、殿下自身セレナ嬢との婚約解消を望んでいるのだとばかり思っていた。だが、今では自らの発言を覆してまで婚約解消を取り消そうと動いているとの情報があった」
ラグナール侯爵の言葉に、ローゼンクロイツ侯爵が静かに目を細める。
「セレナ嬢は同世代の令嬢の中でも抜きん出ている。それどころか、民からの信頼は厚く、母親譲りの美貌に加え、品行方正で誰よりも気遣いの出来る娘だからな」
その評価に異を唱える者は、この場には一人としていなかった。
「はっ……。今更手放すのが惜しくなったと言うのか」
リリアは鼻で笑う。
その笑みには、呆れと侮蔑しかなかった。
「幼い頃から一緒にいたセレナが離れることなど考えもしなかったのだろう。離れるはずがないと思っていた相手が、自分を見なくなっていた事に気付き慌てたか」
「奴らは同じ人間か? 醜いな……」
ルシアンは苦々しく眉を顰めた。
一人の令嬢を蔑ろにし、深く傷付けておきながら、自らは他の令嬢との未来を望む。
それにも拘らず、いざセレナが本当に離れようとすると、今度は必死に引き止めようとする。
その身勝手さは、同じ王族であるルシアンから見ても理解し難いものだった。
「失って初めて、その存在の大きさに気付いたということか……」
吐き捨てるように漏らした声には、軽蔑が滲んでいた。
◇
リリアたちの計画は着々と進んでいた。
アルフレッドとセレナの婚約解消は正式に可決され、婚約は白紙となった。
アウレリア公爵の背後にいる者の捜査、セレナを貶めた数々の証拠や情報の収集、リリアが魔法局へ依頼した最新型の魔道具の完成、そして長年追い続けてきた叔父へと繋がる僅かな手掛かり。
その全てが、少しずつではあるが確実に前へ進んでいた。
「私は今日から病院へ移り、セレナとして生活する」
リリアは厳かに告げた。
その傍らには、しばらく姿を見せていなかったノアの姿もある。
「アビスとは違って、不快だからって誰彼構わず殴っちゃダメだよ」
「わかっている」
ノアの言葉に、リリアは素直に頷く。
「蹴るのもダメだからね」
「わかってる」
「武器を使った物理攻撃も禁止」
「しつこいな! わかっている!」
とうとう堪えきれず、リリアは苛立たしげに声を荒らげた。
リリアを聞き分けのない子供のように扱えるのは、グランヴェル辺境伯とノアくらいのものだろう。
もっとも、彼の言葉は決して冗談ではない。
誰もが心配しているのは、リリアではなかった。
――リリアに手を出す愚か者の方だ。
彼女が一度でも堪忍袋の緒を切れば、待っているのは反撃では済まない。
その矛先を向けられた者がどのような末路を辿るか、この場にいる誰もがよく理解していた。
そして、リリアは未だ深い眠りにつくセレナの元へと向かった。
静まり返った病室には、規則正しい呼吸音だけが静かに響いている。
眠るセレナの傍らまで歩み寄ると、リリアはそっと前髪を撫でた。
「セレナ……待っていて。貴方が目覚めた時、ただ笑って過ごせる世界になるよう、この現状を変えてくるわね」
その声は、普段の冷淡さを微塵も感じさせないほど穏やかで、慈しみに満ちていた。
しかし、セレナへ背を向けた瞬間、その表情は静かに消える。
そこにいたのは、いつもの冷たい眼差しをしたリリアだった。
入れ替わるように、ルシアンがセレナの傍らへ歩み寄る。
眠る彼女の手を両手で優しく包み込むと、小さく微笑んだ。
「セレナ、行ってくるよ。君に自由と幸せを取り戻す為に」
その言葉を最後に、ルシアンもまたリリアの後を追って病室を後にした。
再び静寂が訪れた病室。
二人の願いが届いたかのように、誰にも気付かれることなく、セレナの指先が僅かに震えた。
◇
リリアたちは一般病棟へ移り、その一角に用意された個室へ入った。
予定通り、セレナが意識を取り戻したという情報が王都中へ流される。
それから間もなく、病院には見舞い客が訪れ始めた。
室内では、ルシアンとノアが既に見舞いへ訪れているという体で、ベッド脇に腰掛けている。
「殿下、お待ちください。まだ中にはお見舞いに来られた方がいらっしゃいます」
「私たちも見舞いに来たのだ。一緒でも構わないだろう」
「困ります。面会の順番は守っていただかなければ」
部屋の外から押し問答する声が聞こえてきた。
「そもそも、王族である私が何故一番ではないのだ! そこを退け。私はセレナの婚約者だぞ」
苛立ちを隠そうともしないアルフレッドの声が、扉越しに部屋の中まで響く。
あまりにも予想通りの展開に、リリア、ルシアン、ノアの三人は顔を見合わせ、小さく苦笑した。
やがて扉が静かに叩かれる。
「入れ……」
一瞬だけ普段の口調が漏れる。
リリアは小さく咳払いをすると、すぐに柔らかな声音へと切り替えた。
「どうぞ」
ゆっくりと扉が開かれる。
最初に姿を現したのは、アルフレッド、レオンハルト、フェリクス、ユリウス、カイン――そしてエミリアだった。




