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 リリアは腕を組み、しばらく黙考した。

 部屋には静寂が流れる。

 数分後。

 ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐラグナール侯爵を見据えた。


「侯爵。頼みがある」

「何だ?」

「セレナが事故に遭い、意識不明の重体であることを公表してくれ」


 その提案に、その場の全員が息を呑んだ。

 リリアは続ける。


「ただし、誰とも面会はさせるな。面会謝絶だ」


 何を狙っているのか。

 ルシアンは眉をひそめた。


「何を考えている?」

「アウレリア公爵はセレナを殺そうとした」


 リリアは淡々と言う。


「ならば、魔法局から正式に『意識不明』と発表されれば、奴は次の手を打つはずだ」


 セレナがまだ生きている以上、公爵の目的は達成されていない。

 だからこそ、必ず動く。


「その行動を見れば、本当の狙いも見えてくる」


 ラグナール侯爵は腕を組み、静かに耳を傾けている。


「それに」


 リリアは僅かに目を細めた。


「ただの婿養子である奴が、一人でここまでの計画を立てたとは思えない」


 部屋の空気が張り詰める。


「セレナはアウレリア家唯一の正統な後継者だ。奴は当主にはなれなくても、父親という立場を利用してセレナを操るつもりだったはずだ」


 だが、その計画は思いどおりには進まなかった。

 だから殺そうとした。


「つまり、公爵の背後には別の誰かがいる可能性が高い」


 リリアは静かに断言する。


「公爵だけ捕らえても終わらない」


 その紅い瞳が鋭く光る。


「セレナを取り巻く闇は、まだ残っている」


 だからこそ。


「私は、その根まで断つ」


 静かな宣言だった。

 しかし、その場にいた誰もが、その言葉が決して虚勢ではないことを悟っていた。


「承知した。それでは早速手配しよう」


 ラグナール侯爵がソファから腰を浮かせる。


「――まだだ」


 リリアは片手を上げ、その動きを制した。


「長期休暇の後半になったら、もう一つ情報を流してほしい」

「どんな情報だ?」

「セレナが回復した、と」


 その一言に、部屋の空気が凍りついた。


「……何だと?」


 最初に口を開いたのはルシアンだった。


「おい、本気か? そんな確証もない情報を流していいのか?」


 身を乗り出し、リリアを見る。


「それとも、お前はセレナがその頃までに目を覚ますと確信しているのか?」

「いや」


 リリアは静かに首を横へ振った。


「今のところ、セレナを目覚めさせる術はない」

「だったら!」


 ルシアンは思わず立ち上がる。


「目覚めなかったらどうする!」

「問題ない」


 リリアは一切表情を変えなかった。


「セレナの代わりを用意する」


 その言葉に、アルヴィンが初めて口を開く。


「……彼らも愚かではありません。下手な変装など、一目で見抜かれます」

「そうだ!」


 ルシアンも頷く。


「それに、セレナの代わりなんているわけ――」

「影武者を立てること自体は難しくない」


 今度はラグナール侯爵が静かに口を開いた。


「だが、学院は違う。休暇が明ければセレナ嬢は学院へ戻らなければならない」


 侯爵は腕を組む。


「何年も彼女と過ごした者たちの前で、言動や癖まで完全に再現することは極めて困難だ」


 ノアも静かに頷く。


「仮に誤魔化せたとしても一時的でしょう。疑念を抱かれ、身辺を調べられれば終わりです」


 部屋に沈黙が落ちる。

 誰もが、リリアの策は無謀だと思っていた。

 ただ一人を除いて。

 リリアだけは、静かに口元を緩めていた。


「私がいるだろう」


 リリアは優雅に脚を組み、腕を組んだまま淡々と言った。

 その一言に、一同は言葉を失う。

 最初に我へ返ったのはルシアンだった。


「……今、何て言った?」

「ああ。私がセレナになる」

「はぁ!?」


 ルシアンは勢いよく声を上げた。


「セレナと何もかも正反対のお前が、彼女の振りをするっていうのか!?」

「私以上の適任はいない」

「絶対に無理だ!」


 ルシアンは机へ身を乗り出す。


「セレナは心優しく、誰にでも手を差し伸べる人なんだ! 聖女……いや、女神みたいな人なんだぞ!? 本当に分かって言ってるのか!?」

「貴様より分かっている」


 リリアは一蹴した。

 その声音に揺らぎはない。


「いや、分かってない!」


 ルシアンは食い下がる。


「お前は自分のことを全然分かってない! ガサツで、大雑把で、図太くて、口も態度も悪い! セレナとは正反――」


 ゴッ。


 鈍い音が部屋に響いた。

 いつの間にかリリアは剣を抜くことなく鞘を握り、ルシアンの口へ容赦なく押し付けていた。


「むぐっ!?」


 突然のことにルシアンは目を見開く。


「殿下」


 リリアは冷え切った赤い瞳で彼を見上げた。


「口は災いの元だ。覚えておけ」


 その場にいた全員が思った。


(……いや、殿下の言う通りでは?)


 しかし、それを口にする者はいない。

 ルシアンは鞘を払いのけると、涙目になりながらリリアを指差した。


「そういうところだって言ってるんだ!」


 部屋に沈黙が落ちる。

 リリアは何事もなかったかのように剣を腰へ戻した。

 そして、一言。


「続けるぞ」


 リリアは再びラグナール侯爵へ視線を向けた。

 先程、頼み事をした時と同じ真剣な眼差しだった。


「侯爵。もう一つ頼みがある」

「聞こう」

「私をセレスティア魔導学院へ編入させてほしい」


 一同が息を呑む。

 リリアは構わず続けた。


「表向きは『リリア』という生徒を編入させる。だが、その情報を知るのは学園長だけでいい。教職員を含め、他の者には伏せてくれ」


 そして、静かに言い放つ。


「私はセレナと同じクラスへ入り、暫くの間、セレナとして学院で過ごす」


 部屋が静まり返った。


「新たに影武者を用意するより、私の方が遥かに適任だ」


 リリアは淡々と理由を並べる。


「私はセレナの双子だ。同じ血が流れ、容姿も瓜二つ。どれだけ調べられても、血縁者であることに違いはない」


 双子である以上、顔立ちだけで見破ることは極めて難しい。


「それに」


 リリアは一拍置いた。


「リリアは六年前に失踪した人間だ。今さら私の存在を疑う者などいない」


 その言葉には重みがあった。

 影武者を立てれば、いずれ正体を暴かれる。

 だが、リリアは違う。

 彼女は紛れもなくアウレリア家の血を引く娘だった。

 だからこそ、どれほど調べられても”偽物”とは断定できない。


「では、言動はどうする?」


 ラグナール侯爵が静かに尋ねる。

 セレナを知る者ほど、その違いには敏感だ。

 リリアは迷うことなく答えた。


「事故の後遺症だ」


 一同がリリアを見る。


「事故の影響で記憶の一部を失い、自分がどんな性格だったのかも思い出せない――そう説明すればいい」


 言葉を続ける。


「多少言動が変わろうと、記憶障害の一言で説明はつく」


 部屋は再び静まり返った。

 そこまで計算していたのか。

 誰もが、そう思わずにはいられなかった。


「分かった」


 ラグナール侯爵は静かに頷いた。


「学院への編入はこちらで手配しよう」

「助かる」


 リリアは短く礼を告げると、ゆっくりと立ち上がった。


「話は以上だ」


 その紅い瞳は、既に隣の部屋を見つめている。


「私はセレナのところへ戻る。何かあれば呼んでくれ」

「待て!」


 ルシアンも慌てて立ち上がる。


「俺もセレナのところへ行く。まだ……ちゃんと彼女の顔も見てないんだ」


 その声には、隠しきれない焦りと心配が滲んでいた。


 話し合いはそこで一区切りとなった。

 それぞれが静かに立ち上がる。


 ラグナール侯爵は、情報公開や学院への編入など、必要な手配を進めるため部屋を後にした。

 アルヴィンも父に付き従い、魔法局内の調整へ向かう。

 ノアは今後に備え、自身にしかできない準備を進めるため別行動を取る。

 そしてリリアとルシアンは、再びセレナの眠る部屋へと足を向けた。

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