21
リリアは腕を組み、しばらく黙考した。
部屋には静寂が流れる。
数分後。
ゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐラグナール侯爵を見据えた。
「侯爵。頼みがある」
「何だ?」
「セレナが事故に遭い、意識不明の重体であることを公表してくれ」
その提案に、その場の全員が息を呑んだ。
リリアは続ける。
「ただし、誰とも面会はさせるな。面会謝絶だ」
何を狙っているのか。
ルシアンは眉をひそめた。
「何を考えている?」
「アウレリア公爵はセレナを殺そうとした」
リリアは淡々と言う。
「ならば、魔法局から正式に『意識不明』と発表されれば、奴は次の手を打つはずだ」
セレナがまだ生きている以上、公爵の目的は達成されていない。
だからこそ、必ず動く。
「その行動を見れば、本当の狙いも見えてくる」
ラグナール侯爵は腕を組み、静かに耳を傾けている。
「それに」
リリアは僅かに目を細めた。
「ただの婿養子である奴が、一人でここまでの計画を立てたとは思えない」
部屋の空気が張り詰める。
「セレナはアウレリア家唯一の正統な後継者だ。奴は当主にはなれなくても、父親という立場を利用してセレナを操るつもりだったはずだ」
だが、その計画は思いどおりには進まなかった。
だから殺そうとした。
「つまり、公爵の背後には別の誰かがいる可能性が高い」
リリアは静かに断言する。
「公爵だけ捕らえても終わらない」
その紅い瞳が鋭く光る。
「セレナを取り巻く闇は、まだ残っている」
だからこそ。
「私は、その根まで断つ」
静かな宣言だった。
しかし、その場にいた誰もが、その言葉が決して虚勢ではないことを悟っていた。
「承知した。それでは早速手配しよう」
ラグナール侯爵がソファから腰を浮かせる。
「――まだだ」
リリアは片手を上げ、その動きを制した。
「長期休暇の後半になったら、もう一つ情報を流してほしい」
「どんな情報だ?」
「セレナが回復した、と」
その一言に、部屋の空気が凍りついた。
「……何だと?」
最初に口を開いたのはルシアンだった。
「おい、本気か? そんな確証もない情報を流していいのか?」
身を乗り出し、リリアを見る。
「それとも、お前はセレナがその頃までに目を覚ますと確信しているのか?」
「いや」
リリアは静かに首を横へ振った。
「今のところ、セレナを目覚めさせる術はない」
「だったら!」
ルシアンは思わず立ち上がる。
「目覚めなかったらどうする!」
「問題ない」
リリアは一切表情を変えなかった。
「セレナの代わりを用意する」
その言葉に、アルヴィンが初めて口を開く。
「……彼らも愚かではありません。下手な変装など、一目で見抜かれます」
「そうだ!」
ルシアンも頷く。
「それに、セレナの代わりなんているわけ――」
「影武者を立てること自体は難しくない」
今度はラグナール侯爵が静かに口を開いた。
「だが、学院は違う。休暇が明ければセレナ嬢は学院へ戻らなければならない」
侯爵は腕を組む。
「何年も彼女と過ごした者たちの前で、言動や癖まで完全に再現することは極めて困難だ」
ノアも静かに頷く。
「仮に誤魔化せたとしても一時的でしょう。疑念を抱かれ、身辺を調べられれば終わりです」
部屋に沈黙が落ちる。
誰もが、リリアの策は無謀だと思っていた。
ただ一人を除いて。
リリアだけは、静かに口元を緩めていた。
「私がいるだろう」
リリアは優雅に脚を組み、腕を組んだまま淡々と言った。
その一言に、一同は言葉を失う。
最初に我へ返ったのはルシアンだった。
「……今、何て言った?」
「ああ。私がセレナになる」
「はぁ!?」
ルシアンは勢いよく声を上げた。
「セレナと何もかも正反対のお前が、彼女の振りをするっていうのか!?」
「私以上の適任はいない」
「絶対に無理だ!」
ルシアンは机へ身を乗り出す。
「セレナは心優しく、誰にでも手を差し伸べる人なんだ! 聖女……いや、女神みたいな人なんだぞ!? 本当に分かって言ってるのか!?」
「貴様より分かっている」
リリアは一蹴した。
その声音に揺らぎはない。
「いや、分かってない!」
ルシアンは食い下がる。
「お前は自分のことを全然分かってない! ガサツで、大雑把で、図太くて、口も態度も悪い! セレナとは正反――」
ゴッ。
鈍い音が部屋に響いた。
いつの間にかリリアは剣を抜くことなく鞘を握り、ルシアンの口へ容赦なく押し付けていた。
「むぐっ!?」
突然のことにルシアンは目を見開く。
「殿下」
リリアは冷え切った赤い瞳で彼を見上げた。
「口は災いの元だ。覚えておけ」
その場にいた全員が思った。
(……いや、殿下の言う通りでは?)
しかし、それを口にする者はいない。
ルシアンは鞘を払いのけると、涙目になりながらリリアを指差した。
「そういうところだって言ってるんだ!」
部屋に沈黙が落ちる。
リリアは何事もなかったかのように剣を腰へ戻した。
そして、一言。
「続けるぞ」
リリアは再びラグナール侯爵へ視線を向けた。
先程、頼み事をした時と同じ真剣な眼差しだった。
「侯爵。もう一つ頼みがある」
「聞こう」
「私をセレスティア魔導学院へ編入させてほしい」
一同が息を呑む。
リリアは構わず続けた。
「表向きは『リリア』という生徒を編入させる。だが、その情報を知るのは学園長だけでいい。教職員を含め、他の者には伏せてくれ」
そして、静かに言い放つ。
「私はセレナと同じクラスへ入り、暫くの間、セレナとして学院で過ごす」
部屋が静まり返った。
「新たに影武者を用意するより、私の方が遥かに適任だ」
リリアは淡々と理由を並べる。
「私はセレナの双子だ。同じ血が流れ、容姿も瓜二つ。どれだけ調べられても、血縁者であることに違いはない」
双子である以上、顔立ちだけで見破ることは極めて難しい。
「それに」
リリアは一拍置いた。
「リリアは六年前に失踪した人間だ。今さら私の存在を疑う者などいない」
その言葉には重みがあった。
影武者を立てれば、いずれ正体を暴かれる。
だが、リリアは違う。
彼女は紛れもなくアウレリア家の血を引く娘だった。
だからこそ、どれほど調べられても”偽物”とは断定できない。
「では、言動はどうする?」
ラグナール侯爵が静かに尋ねる。
セレナを知る者ほど、その違いには敏感だ。
リリアは迷うことなく答えた。
「事故の後遺症だ」
一同がリリアを見る。
「事故の影響で記憶の一部を失い、自分がどんな性格だったのかも思い出せない――そう説明すればいい」
言葉を続ける。
「多少言動が変わろうと、記憶障害の一言で説明はつく」
部屋は再び静まり返った。
そこまで計算していたのか。
誰もが、そう思わずにはいられなかった。
「分かった」
ラグナール侯爵は静かに頷いた。
「学院への編入はこちらで手配しよう」
「助かる」
リリアは短く礼を告げると、ゆっくりと立ち上がった。
「話は以上だ」
その紅い瞳は、既に隣の部屋を見つめている。
「私はセレナのところへ戻る。何かあれば呼んでくれ」
「待て!」
ルシアンも慌てて立ち上がる。
「俺もセレナのところへ行く。まだ……ちゃんと彼女の顔も見てないんだ」
その声には、隠しきれない焦りと心配が滲んでいた。
話し合いはそこで一区切りとなった。
それぞれが静かに立ち上がる。
ラグナール侯爵は、情報公開や学院への編入など、必要な手配を進めるため部屋を後にした。
アルヴィンも父に付き従い、魔法局内の調整へ向かう。
ノアは今後に備え、自身にしかできない準備を進めるため別行動を取る。
そしてリリアとルシアンは、再びセレナの眠る部屋へと足を向けた。




