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アパートに住む僕と隣人のデスゲームスタッフ  作者: そばあきな
アパートに住む僕と隣人のデスゲームスタッフ
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5/7

5話

 その後、あの人がどうなったか僕は知らされていない。


「あとはこちらでどうにかしますから」と言っていた隣人にしつこく食い下がって処遇を聞きたがるほど、僕はあの人に興味はなかった。

 良くて解雇、悪くて地下送りなのだろう。

 どちらにせよ、もう僕があの人のことを見ることはないんだという、妙な確信はあった。


 実際、職場でもアパートの廊下でも、あの人を見かけることはなくなった。


「そういえばしばらく来てくれていた髪の長いお客さん、最近めっきり来なくなったねえ」


 あの人を見かけなくなって数日後、喫茶店で洗い場でコップを洗っていると、近くにいたマスターがぽつりと呟いた。


「そうですね」と僕が答えると、マスターは少し申し訳なさそうに僕を見る。


「……今だから言うけど、そのお客さんって君目当てだと思っていたんだよね。だから見かけなくなったのは、君が理由かと思ってたけど、違ったみたいだね」


「僕ですか?」


「うん。違ったってことは、たまたま仕事が休みだっただけなのかな。君が休みの日は、その人もいなかったから」


 実際、あの人は僕を目当てに来ていたようなので、マスターの予想は正しいことになる。


 ただ、マスターには何も知らないまま平和に暮らしていて欲しいと思うので、それについては特に何も言うことなくコップを洗い続ける。


 代わりに「また新しい常連ができるといいですね」と微笑んでおいた。



「おはようございます。今日は曇りですね」


 それからさらに数日後、日数にすると五日ぶりに会った隣人は、相変わらず天気のことを二言目に口にしていた。


 ちらりと空を見る。確かに百人中九十八人は「曇り」だと答えるだろう。

 残りの二人は天邪鬼なので「いや、曇りとは空全体の九割以上が雲で覆われている状態を指すため、今の天気は晴れになります」と答えて、相手の機嫌を損なわせようとするだろう。

 僕は相手の機嫌を損ねたいと思うほどの天邪鬼ではないので、「そうですね」とうなずいた。


 互いに顔を合わせた状態で、しばらく無言の時間が続く。

 次に沈黙を破ったのは、隣人の方だった。


「申し訳ありません。うちの同僚が迷惑をかけてしまって」


 頭を下げた隣人に「いえ、気にしないでください」と声をかける。

 実際、僕は気にしていなかった。まあそういうこともあるかと忘れかけていたくらいだった。


「いえ、同じ職場で働いていた者として謝らせていただきます。一度ならず、《《二度までも》》同じ経験をさせてしまい、申し訳ありません」


「……二度?」


 隣人の言葉に引っかかって、僕は口にする。

 隣人は一瞬「しまった」という表情をしてから、僕の顔を見て、申し訳なさそうに口にした。


「すみません、あなたの過去を知っているんです」


「……ああ、なるほど」


 その言葉だけで察した。

 無意識に握っていた手から力が抜ける。



 未成年で、しかも被害者側だったから、テレビで顔や名前が報道されることはなかった。


 ただ、ネットで事件のことを調べれば出てくるはずだった。



「ストーカー化した女性に拉致監禁された高校生」の事件で出てくる顔は、数年前のものとはいえ、紛れもなく僕自身なのだから。



 ――当時のニュースや新聞での僕は「誰に対しても親切で優しい生徒」と伝えられていた。


 これが、元々素行が悪く問題ばかり起こす生徒だったなら、世間の反応も変わっていたのだろうと思う。

 学校では品行方正で通していた生徒が、初対面の女性に親切にしたら、拉致監禁され、ひどい目に遭わされた。

 善意で行った恩を仇で返されるなんて、と周りからはかなり同情された。


 ただ、怖いもの見たさで検索した事件のまとめで、僕の顔が載せられていたのを見た時。

 決して多くはなかったが「こんな子に優しくされたら勘違いしても仕方ない」と書き込まれていたのを見た時の驚きが、まず顔写真を載せるなという怒りよりも脳裏に焼き付いて、どうしてだか印象に残っていた。



「……だから、年上の女性が苦手だと思っていまして。この間まで勤めていた同僚も、あなたより年上でしたから」


 言いにくそうに、隣人は言葉を紡いでいく。

 この間まで、ということは、あの人はやはり、今は隣人と同じ職場にはいないらしい。

 それが解雇で済んでいるのかは、第三者の僕には判断できなかったけれど。


「……どうでしょう。別に今、働いている中でそれくらいの女性と会っても、そこまで苦手意識はないんです。ただ、この間手を握られた時は、確かに身体が一瞬固まった気がします」


「それは、あの同僚の距離が近かったからでしょう。人にはパーソナルスペースというものがありますから。その空間に入られたら、不快になるのも自然な反応です」


「……そうなんですかね」


 同意ではなく疑問をこぼした僕の言葉に、隣人は首をかしげる。


 自然って何だろう、と思う。

 きっと僕は、これからも自然から外れたまま、普通の人にはなれないのだろう。


「おそらく僕には、パーソナルスペースという概念はないような気がします。他人に対しては、だいたい同じくらいの距離感で接してしまうので」


「……でも、それは事件のことがあって」


「事件のトラウマと言われたら、そうなのかもしれません。でも、事件前の僕と本質的には変わっていないんです。だって、事件前の僕も、まったくと言っていいほど他人に興味はなかったんですから」



 幼少期から、僕には特定の人物を「特別に好き」だと思う感情が分からなかった。

 それは恋愛に限らず、僕には昔から、親友などのいわゆる「特別」と呼べる相手も作れないでいた。


 だからこそ、誰に対しても優しくできた。

 なぜなら、誰が相手だとしても僕の態度を変える理由がなかったからだ。

 顔見知りの友達でも、ついさっき会ったばかりの赤の他人でも、同じ態度で接した。


 ただ、そんな僕でも家族を慈しむという感情は持っていたし、僕のことを育ててくれたことへの感謝の気持ちはあったので、数年前までの僕にとって、一番気にかけていた人は両親だった。


 両親が僕の欠落に気付いていたのかは分からない。ただ、どれだけ年を重ねても、特別に思う相手についての話題を一切出さない息子に、疑問くらいは抱いていたのかもしれない。


 しかし、その人たちが高校生の頃にいなくなってしまってからは、本当に一律になってしまった。


 それ以降はニュースで言われていた通り、僕は「誰に対しても親切で優しい生徒」だった。


 だけど、それがよくなかった。

 僕の悪かった点は、優劣をつけられないのに誰彼構わず優しくしてしまったことなのだろう。


 その中でも思い込みの激しい女性に執着され、マズいと感じた時には既に手遅れになっていた。


 事件前にも、僕は一度その女性を助けたことがあったらしい。

 僕は覚えていなかったけれど、女性の方は覚えていた。

 次に僕に会ったら事を起こそうと思っていて、事件当日、僕はまたその女性と会うこととなった。


「すいません、荷物が重くて運べないので手伝ってくれませんか」と声をかけられ、僕は「分かりました」と答え、その女性のアパートの入り口まで荷物を運んでいった。


 荷物を玄関口に置いた瞬間、耳元で静電気のような音がして、僕の意識が遠くなっていった。

 それがスタンガンだ、というのを知ったのは、事件の後のことだった。


 それから一週間ほど、僕はその人なしでは自由に移動できないように手錠で繋がれて、あまり言いたくないこともされた。

 人に言ったら、確実に「可哀想に」と同情されるような一週間だったように思う。

 だけど、周りが思っているより、僕はこの件に関してトラウマを持っていなかった。


 その人に閉じ込められている間に僕が思っていたのはただ一つ。

 これが両親の生きている時に起きなくて良かったということだったのだから。


「そして、あの人は僕と過ごしたことで、僕がどんな人間か知ってしまったんです」


 監禁されて一週間後、目を覚ますと全て終わっていた。


 手錠が外されていた自由な手足で寝室に行くと、あの人は首を吊っていた。

 一目見て、死んでいることは分かった。

 悲鳴は出なかった。涙も流れなかった。

 だって僕は、この人のことをほとんど知らなかったのだから。


 それから僕は部屋の電話を使って警察を呼び、警察の元に保護された。

 僕が見た通り、監禁したあの人は死んでいたので、被疑者死亡で事件は片づけられた。

 ニュースでは「犯人は罪の意識に耐えられず死を選んだ」と伝えられていた。

 実際自殺だったのだから、そう解釈するのが自然だった。


 ただ、僕には分かっていた。


 あの人は僕の態度次第では死ななかった。

 閉じ込められていた時、僕はあの人に何度も愛をささやかれていたし、無理やりにだけど、性的な行為もさせられた。

 それでも、僕は初めて会った時から態度を変えなかった。


 多分、浮気して捨てたと言っていたあの人の元カレの方が、あの人に対して関心を持っていたと思う。

 たとえそれが、邪険や嫌悪などの負の感情だったとしても、何一つとして感情の動かなかった僕よりはマシだったはずだ。


「好きの反対は無関心」とよく言われるけれど、実際その通りなんだと思う。


 元カレに振られた時よりも、僕の無関心な様子に絶望して、あの人は首を吊ったのだ。


「だから、この間はすいませんでした。僕は、あの事件で犯人だった女性を絶望させて自殺に追い込んだことがあったんです。だから、デスゲームを運営していて、人の死が身近にあるあなたに、勝手に親近感を持っていました。仕事上でそうしているあなたと僕では、まったく違っていたはずなのに」


 元々、両親が火事に巻き込まれた事件で、僕は近所や高校でも目立っていた。

 そして、あの拉致監禁事件で、さらに人目を引くようになったのだ。

 基本は同情的な視線が多かったけれど、事件のことを知りたがるような興味津々な表情や、不気味に思われて奇異の目で見られることもあった。


 後追いしたいという自殺願望はなかった。

 ただ、両親が死に、事件に巻きこまれたことを知るあの街で暮らしていけるほど、僕は図太くなかった。

 だから僕は、僕の過去を誰も知らない街で、誰にも迷惑をかけずに生きていこうと思ったのだ。


 それなのに、同じように死を身近にまとう彼に、仲間意識を持って距離を詰めようとしてしまった。

 彼に合わせる顔がなく、僕は俯いて地面に視線を向ける。


 僕は、身の丈に合わない願いを持ってしまったのだろう。



「……あなたのせいじゃありません」



 言葉とともに、温かな感触が身体に伝わる。

 隣人が抱きしめてくれたと気付いたのは、自分の視界いっぱいに隣人の服が映りこんだからだった。


「……誰かに抱きしめてもらうのなんて久しぶりです。もしかしたら、事件に巻き込まれた時以来かもしれません」


 しかも、その相手は犯人だった女性だ。

 天涯孤独だった僕を抱きしめる人なんていないと思っていたのに、人生何が起きるか分かったものではないなと思う。


「そんな前ですか。……久しぶりの抱擁が、こんな職業の人間で申し訳ないです」


「別に僕は気にしません。相手が根っからの善人でも、デスゲームの運営に加担している人でも、この温かさに変わりはないですから」


「……やはり、あなたは不思議な人ですね」


 笑っているのか、隣人の身体が小刻みに揺れる。


 恐る恐る隣人の背中に手を回して、僕はゆっくりと目を閉じた。


「別に不思議ではないですよ。僕は、ただ平穏にこれからも暮らしたいだけですから」

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