第八話・続き「二日目、山の中で偉人たちに育てられたことを知る」
引き継ぎお楽しみください
【ナレーション】
林間学校、二日目。
朝五時。
山の夜明けは早い。
鳥の声が、カーテンの向こうから聞こえてくる。
太郎はその声で目が覚めた。
時計を見た。
五時三分。
信玄と同じ時間に目が覚めた。
「……習慣になってる」
太郎は苦笑いした。
毎朝、信玄が五時半に起きて朝食を作る。
その気配で、気づいたら太郎も早起きになっていた。
部屋の中を見渡す。
木村を含む班のメンバーが、全員まだ寝ている。
寝袋の山が、規則正しく並んでいる。
太郎はそっと起き上がって、窓を開けた。
山の朝の空気が、顔に当たった。
冷たくて、透き通っていて——
「……いい」
思わず声が出た。
遠くの山が、朝日でオレンジ色に染まっている。
鳥の声が、どこからともなく聞こえる。
太郎はしばらく、ぼんやりとその景色を見ていた。
謙信が言っていた言葉を思い出した。
「山は義がある。どんな季節でも、山はそこにある」
「……まあ、わかる気がする」
誰もいないので、声に出してみた。
山は、ただそこにあった。
何も言わず、何も求めず、ただそこに在り続けていた。
それが——なぜか、心地よかった。
◆ 午前六時。朝食。
食堂に行くと、すでに何人かの生徒が来ていた。
田村先生が眠そうな顔でコーヒーを飲んでいた。
「おはよう、佐藤くん。早いね」
「習慣で」
「何時に起きたの」
「五時ごろです」
「えらいね。朝型なの?」
「……最近そうなりました」
「いいことだよ」
田村先生がにっこりした。
朝食は、パンとスープと目玉焼きだった。
太郎はパンを食べながら、思った。
信玄の朝ごはんのほうが豪華だな。
失礼なことを考えているのはわかっているが、事実だった。
木村が眠そうな目をこすりながら来た。
「佐藤、もう食べてるの?早すぎだろ」
「目が覚めた」
「俺、今日まだ寝れたのに先生に起こされた……眠い」
「今日は飯盒炊爯があるから早起きの意味があるよ」
「そっか。まあ飯はうまいもんな、早起きしてでも」
太郎はうんと頷いた。
それは信玄が言いそうなことだな。
「木村って料理好きなの?」
「好きというか、飯がうまいと全部うまくいく気がするんだよな」
「それはそう」
「佐藤も料理するの?」
「……少し。習った」
「誰に」
「……信玄さんに」
「また武田さんか。いろいろ教えてくれる人なんだな」
「そうですね」
太郎は少し考えた。
信玄に教わったこと。
料理。早起き。準備の大切さ。
「無理をするな」という言葉。
気づいたら、たくさんあった。
◆ 午前九時。本日のメインイベント・飯盒炊爯。
施設の広場に、班ごとに分かれて場所が設けられた。
薪、飯盒、食材、コンロ——一式が配られる。
田村先生が説明する。
「今日の飯盒炊爯はカレーを作ります。各班で協力して、火起こしから挑戦してください」
「火起こし!?」
「マッチと薪を使います。ライターは禁止」
「難しそう……」
生徒たちがざわめく中——
太郎は薪を手に取った。
組み方を見た。
細い薪、中くらいの薪、太い薪——
頭の中で、信玄の声が再生された。
「火を起こすには順序がある。最初は細い薪で火口を作り、そこに中くらいのものを重ねる。太いものは最後だ。焦るな」
「佐藤、火の起こし方わかる?」
班のメンバーが聞いてきた。
「たぶん」
「やってみて!」
太郎が薪を組み始めた。
「細いやつをまず真ん中に置いて——こうやって井桁に組んで——」
木村が横で見ていた。
「……詳しいな」
「山の本を読んで」
「山の本……」
マッチを擦った。
一回目——消えた。
二回目——消えた。
三回目——
小さな火が、細い薪の先に灯った。
太郎は息を吹きかけた。
ゆっくり、丁寧に。
「焦るな。火は焦ると消える。待つのも技術だ」
火が——大きくなった。
「おお!!」
班の全員が歓声を上げた。
「佐藤すごい!!」
「どこで覚えたんだよ!」
太郎は少し照れた。
「……教えてもらって」
「誰に」
「……居候の人に」
「武田さん?」
「そうです」
木村が笑った。
「武田さん、本当に何でも知ってるな」
「そうなんですよ」
【ナレーション】
太郎の班の火は、六班中で一番早く安定した。
田村先生が巡回して来た。
「佐藤くん、上手いね。どこで覚えたの」
「居候の人に教わりました」
「あ、あの方々に……」
田村先生が遠い目をした。
「……色々教えてくれる方たちなんだね」
「そうですね」
「羨ましいような、大変なような」
「大変のほうが多いですけど……まあ」
田村先生が少し笑った。
「まあ?」
「……悪くないです」
◆ 野菜を切る。
火が安定したところで、次は食材の準備だ。
じゃがいも、人参、玉ねぎ、肉——
「誰か野菜切れる?」
班のメンバーが顔を見合わせた。
「俺、あんま料理しないんだよな」
「私も……」
「佐藤は?」
太郎が包丁を手に取った。
じゃがいもを持つ。
どのくらいの大きさに切るか——
「食材は均一に切れ。火の通りが揃う」
信玄の声。
「じゃがいもは面取りしろ。煮崩れを防ぐ」
また信玄の声。
「面取り……」
太郎がじゃがいもの角を落とし始めた。
木村が横で見ていた。
「……面取りまでするの?」
「崩れないように」
「それ、普通の中学生は知らないぞ」
「……そうですか」
「絶対そうだよ。どこで覚えたの」
「……信玄さんに」
「武田さん、料理の先生みたいだな」
「……そうかもしれない」
人参を切る。
玉ねぎを切る。
信玄が言っていた通り、均一に。
玉ねぎを切り始めたとき——
目が染みてきた。
「……っ」
「佐藤、大丈夫?」
「玉ねぎが——」
「泣いてる?」
「泣いてない、染みてるだけです」
木村が笑った。
「顔真っ赤だよ」
「うるさい」
「玉ねぎは冷蔵庫で冷やしてから切ると染みにくい」
また信玄の声。
「……冷やしてなかった」
「え?」
「なんでもない」
◆ カレーを作る。
火にかけた鍋に、材料を入れた。
順番——肉を炒めて、野菜を炒めて、水を入れて煮込む。
「炒めるときは強火。煮込むときは弱火。これが基本だ」
信玄。
「弱火に落として……」
「佐藤、なんかぶつぶつ言ってるけど大丈夫?」
「集中してるだけです」
「料理中に声出る人なの?」
「……教わったことを思い出してて」
「武田さんに?」
「そうです」
班のメンバーが感心した顔をした。
「佐藤、料理うまいんだな」
「うまくはないですけど」
「でも手際いいし、包丁も使えるし——普通に主婦みたいだよ」
「中一男子に主婦は失礼では」
「褒めてるよ!」
煮込んでいる間、太郎は火の前に座った。
炎が揺れている。
ぱちぱちと薪が爆ぜる音がする。
木村が隣に座った。
「なあ、佐藤」
「なに」
「居候の人たち、今頃何してるかな」
太郎が少し考えた。
「ナポレオンさんはゲームしてます」
「確実だな」
「謙信さんは瞑想してます」
「謙信さんってどんな人?背の高い人?」
「そうです。真面目で、義義言う人です」
「義?」
「義理とか正義とかそういう。なんかすべてに義を見出す人で」
「変わってるな」
「変わってるけど……芯がある人です」
「芯がある?」
「ぶれないんですよ。何があっても自分の信念を曲げない」
木村が少し黙った。
「かっこいいな、それ」
太郎も少し黙った。
「……そうですね」
「信長さんはどんな人?」
「短気で、ゲーム好きで、妹に甘くて——でもなんか……裏表がない」
「裏表がない?」
「好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、ってはっきりしてる。わかりやすい人です」
「いいじゃないか」
「怒るとすごいけど、理由のない怒り方はしない」
「それ大事だよな。大人でも理由なく怒る人いるし」
「そうですね」
木村がカレーの鍋を見た。
「いい匂いしてきたな」
「もうすぐですね」
「カレールー入れる?」
「もう少し煮込んでから」
「わかった。待つわ」
「待つのも技術だ」
信玄の声が、また頭に流れた。
太郎は笑いそうになった。
山の中で飯盒炊爯をしている間中、信玄の声が再生され続けている。
それはつまり——
信玄に、それだけのことを教わってきたということだ。
気づいていなかった。
毎日一緒に住んでいて、毎日何かを聞いていて——
「いつの間に」
「何が?」
「いや、なんでもないです」
木村が首をかしげた。
太郎は黙って、カレーの火を見ていた。
◆ 正午。カレー完成。
飯盒のご飯と、手作りカレーが完成した。
「いただきます!!」
全員で食べた。
「うまい!!」
「外で食べるとうまいな!」
「佐藤が切った野菜、ちゃんと形残ってる!」
「崩れてないのすごくない!?」
木村がカレーをひとくち食べた。
「……うまい。佐藤、本当に料理うまいな」
「そんなことは」
「うまいよ。火も上手かったし、切り方も上手かったし——正直俺より主婦力高いと思う」
「だから中一男子に主婦力って言わないでください」
「褒めてるって!」
班のみんなが笑った。
太郎も、少し笑った。
山のカレーは——うまかった。
外で食べているから、というのもある。
でも——
信玄に教わった通りにやったから、というのもある気がした。
「温かければ、それでいい」
温かいカレーを、みんなで食べた。
それだけで——十分だった。
◆ 午後。自由時間と川遊び。
昼食後、しばらく自由時間があった。
施設の近くを流れる川で、希望者は川遊びができる。
「佐藤、川行こうぜ!」
「行く」
川は透き通っていて、冷たかった。
「つめたー!!」
木村が飛び込んだ。
太郎も入った。
「……冷たい」
「でも気持ちいいな!!」
クラスメートたちが川の中ではしゃいでいる。
水をかけ合ったり、石を積んだり、魚を探したり。
太郎は冷たい水に足を浸しながら、空を見上げた。
青い空。白い雲。
木々の緑。
川の音。
みんなの声。
「……いいな」
声に出た。
木村が水をはねかけてきた。
「佐藤、ぼーっとしてないで遊べよ!」
「今遊んでます」
「足浸してるだけじゃないか!」
「これが俺の遊び方です」
「つまんない奴だな!」
「うるさい」
木村が笑いながらまた水をかけてきた。
太郎も少し笑いながら水をかけ返した。
【ナレーション】
川遊びの最中、太郎は一人で川岸に上がって、石の上に座っていた。
ポケットの護符を取り出した。
小さな、古びた布きれ。
信長が「昔、持っていたものだ」と言っていた。
信長は——いつこれを持っていたのだろう。
戦の前か。
何か大切な場面か。
太郎には、わからない。
でも——信長が「持っていけ」と言った。
それだけで十分だった。
太郎は護符をポケットに戻した。
川の向こうで、木村がまだはしゃいでいる。
「佐藤ー!こっち来いよー!」
「行きます」
太郎は川に戻った。
◆ 夕方。入浴と夕食。
夕食は食堂で、豪勢だった。
唐揚げ、サラダ、味噌汁、白米。
「うまい!!」
木村がはしゃぐ。
太郎も食べた。
うまかった。
でも——味噌汁を飲んだとき。
「……信玄さんのと似てる」
またその言葉が出た。
「さっきもそれ言ってなかった?」
木村が聞いた。
「言いましたっけ」
「昼飯のときも」
「……習慣になってるみたいです」
「武田さんの料理と比べる習慣?」
「なんか、比べちゃうんですよ。基準になってるみたいで」
木村が少し笑った。
「それって、すごく良い影響受けてるってことじゃないか」
太郎が少し止まった。
「……そうですかね」
「基準になるくらい美味しいもの作ってもらってるんだろ。普通に幸せなことじゃないか」
太郎は何も言えなかった。
◆ 夕食後。キャンプファイヤー。
夜、施設の広場でキャンプファイヤーが行われた。
大きな炎が、夜の山の中で燃えている。
生徒たちが輪になって座った。
炎が揺れる。
火の粉が、夜空に舞い上がる。
「きれいだな」と木村。
「うん」と太郎。
田村先生が言った。
「このキャンプファイヤーは、皆さんの友情の象徴です。三日間、この火のように——」
太郎は炎を見ていた。
揺れる炎。
ぱちぱちという音。
昼間に自分で起こした小さな火が、頭に浮かんだ。
細い薪に、ゆっくりと息を吹きかけて。
焦らず、待って。
火が大きくなった瞬間。
あの火も——こんなふうに揺れていた。
「火は焦ると消える」
信玄の声。
「待つのも技術だ」
太郎は炎を見ながら、思った。
信玄が料理を教えてくれたとき、信玄は料理だけを教えていたわけではなかったのかもしれない。
「待つこと」。
「焦らないこと」。
「準備をすること」。
「温かくあること」。
それを、全部——料理を通して教えていた。
気づかなかった。
毎日一緒にいたのに、気づかなかった。
「……信玄さん」
声に出た。
「え?」
木村が聞いた。
「あ、なんでもないです」
「武田さんのこと考えてた?」
「……まあ」
「ホームシックじゃないの?」
「ホームシックとは違う」
「どう違うの」
太郎は少し考えた。
「……感謝、かな」
「感謝?」
「今日一日、信玄さんに教わったことが全部役に立ったな、と思って」
木村が少し黙った。
「……いい居候じゃないか」
「そうですね」
「本当に羨ましいよ」
太郎は炎を見た。
「……俺も、最近そう思い始めてます」
【ナレーション】
キャンプファイヤーが終わった。
炎が消えた後も、しばらく余韻が残っていた。
生徒たちが部屋に戻っていく。
木村が「今日疲れたな」と言いながら歩いている。
太郎も歩きながら——空を見上げた。
山の夜の空には、星がたくさん出ていた。
街の中では見えないような、細かい星まで見える。
「……すごい」
思わず立ち止まった。
「佐藤?」
「星が」
木村も立ち止まって、空を見た。
「……本当だ。めちゃくちゃ出てるな」
「こんなに見えるんですね」
「街じゃ見えないよな、こんなに」
二人でしばらく、星を見上げた。
誰も何も言わなかった。
言わなくても——いい時間だった。
◆ 夜。部屋。消灯前。
部屋に戻って、寝袋に入った。
班のメンバーが今日の話をしている。
「飯盒炊爯楽しかったな」
「カレーうまかった」
「川、冷たかったけど気持ちよかったな」
「キャンプファイヤーきれいだった」
「明日は長いハイキングか……」
「佐藤、明日も早起きするの?」
「たぶん」
「俺も起こしてくれ」
「わかりました」
「佐藤、今日ありがとうな。カレー、お前がいたから美味しかった」
「みんなで作ったから」
「でも中心はお前だったよ。火も、切り方も」
「……ありがとうございます」
しばらくして、部屋が静かになった。
みんな眠ったようだ。
木村だけが、まだ起きていた。
「佐藤、寝れない?」
「少し考えてた」
「何を」
「今日一日」
「楽しかったな」
「うん」
「お前、なんか——変わった?」
太郎が少し考えた。
「変わった?」
「なんか、今日一日、すごく落ち着いてた。慌てないし、焦らないし。料理のときも、火起こしのときも」
「……そうかな」
「そうだよ。俺だったら絶対焦ってた。なんでそんなに落ち着いてられるの」
太郎はしばらく黙った。
「……信玄さんが、待つのも技術だって言ってたんです」
「武田さんが」
「うん。焦ると失敗する、準備が大事だって。料理を教わりながら、ずっとそれを言われてて」
「料理の話だけじゃないな、それ」
「……そうなんですよ」
「今日気づいた?」
「うん」
木村がうんと言った。
「いい人たちだな、本当に」
太郎は天井を見た。
「……うん」
「全員?」
「全員、それぞれ何かしら」
「例えば」
太郎が少し考えた。
「謙信さんは——ぶれない芯。信長さんは——裏表のない正直さ。秀吉さんは——人を大切にすること。ナポレオンさんは——諦めない戦略。クレオパトラさんは——実力を持つこと。信玄さんは——待つこと、準備、温かさ」
木村が少し沈黙した。
「……それ、全部お前に必要なことじゃないか」
太郎がはっとした。
「……そうかも」
「偶然じゃない気がするな」
「偶然じゃない?」
「なんか、その人たちって——お前のために来たんじゃないかな」
太郎は何も言えなかった。
「なんか、スピリチュアルな話になったな。ごめん、変なこと言って」
「……いや」
太郎は天井を見たまま言った。
「……そうかもしれない、と少し思った」
木村が笑った。
「寝よう」
「うん」
「明日も楽しもうな」
「うん」
「おやすみ、佐藤」
「おやすみ、木村」
部屋が静かになった。
木村の寝息が、すぐに聞こえ始めた。
太郎は目を閉じた。
ポケットの護符が、手の中にある。
今日一日。
火起こし——信玄。
包丁さばき——信玄。
待つこと——信玄。
落ち着くこと——信玄。
でも——
ぶれないこと——謙信。
正直であること——信長。
友達を大切にすること——秀吉。
諦めないこと——ナポレオン。
実力を持つこと——クレオパトラ。
護符——信長。
行動食——信玄。
「楽しんでこい」——信玄。
「武運を祈る」——秀吉。
「義のある三日間を」——謙信。
「遭難するな」——ナポレオン。
「実力通りにやりなさい」——クレオパトラ。
「帰ってこい」——信長。
太郎は思った。
普通の中学生の家に、歴史上の偉人が六人住み着いた。
最初は「なんでうちに」と思っていた。
今も、たまに「なんでうちに」と思う。
でも——
今日一日で、あの人たちに教わったことが、何度も役に立った。
気づかないうちに、たくさんのものをもらっていた。
毎朝のほうとう。
毎晩の数学。
ポンタカードと「義」の話。
茶碗蒸しと、自己紹介のアドバイス。
「人の名前を覚えろ」という秀吉の言葉——
今日、班のメンバー全員の名前を、一日で覚えた。
当たり前のようにできていたが——それは秀吉が言い続けていたからだ。
気づかなかった。
全部、気づかなかった。
木村が言っていた。
「その人たちって——お前のために来たんじゃないかな」
わからない。
理由は今も誰も知らない。
ある朝、玄関に六人立っていた。
父が「住めば?」と言った。
それだけだ。
でも——
もし本当に「太郎のために来た」のだとしたら。
太郎は少し——
いや、かなり——
嬉しい、と思った。
もちろん、口には出さない。
帰ってから言うことも、たぶんない。
でも——
心の中で、ちゃんと思った。
山の夜は静かだった。
虫の声。
風の音。
川のせせらぎ。
どこかで、梟が鳴いた。
太郎は、ゆっくりと眠った。
【ナレーション】
その夜、佐藤家では——
「太郎殿、今頃星を見ておるかな」
秀吉がベランダから空を見ていた。
信玄が隣に来た。
「……山の星は綺麗だ」
「行ったことあるか、信玄?」
「ある。川中島は山に囲まれていた」
「……そうか」
二人がしばらく、夜空を見ていた。
リビングでは、信長がさくらの宿題を見ていた。
謙信が瞑想していた。
ナポレオンがゲームをしていた。
クレオパトラが本を読んでいた。
「……太郎、今日楽しんでいるかしら」
クレオパトラがぽつりと言った。
誰も答えなかったが——
全員が、少し——
微笑んでいた。
第八話・二日目、了
次回もお楽しみに




