第六話「中間テスト、天才は静かに一位を取る」
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【ナレーション】
中学校に入学して、約一ヶ月半。
五月。新緑が眩しい季節。
そして中学生にとって、最初の試練が訪れる。
中間テスト。
全五教科。国語、数学、英語、理科、社会。
クラス中が勉強モードに入り、図書室が混雑し、みんなが少しぴりぴりし始める時期だ。
さて。
佐藤太郎という人物について、ここで少し説明しておく必要がある。
この男、勉強をしない。
正確に言うと——
「勉強しなくても、できる」のである。
◆ テスト一週間前。午後四時。佐藤家・リビング。
太郎がリビングでゲームをしていた。
信長と対戦している。
「……太郎、テストはいつだ」
「来週です」
「勉強しなくていいのか」
「まあ」
「まあ、とは」
「だいたいわかってるので」
信長が太郎をちらと見た。
「……そうか」
それ以上は言わなかった。
そこへ秀吉が飛び込んできた。
「太郎殿!テスト勉強!拙者が手伝う!!」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃない!中学最初のテストじゃぞ!気合いを入れんと!」
「大丈夫ですって」
「なんで大丈夫と言えるんじゃ!勉強してないじゃろ!」
「してないけど大丈夫です」
秀吉が太郎の顔をじっと見た。
「……強がりか?」
「強がりじゃないです」
「遠慮か?」
「遠慮でもないです」
「……本当に大丈夫なのか?」
「本当に」
秀吉が首をかしげた。
「……よくわからん」
「俺もよくわかってないですけど、毎回そうなので」
【ナレーション】
佐藤太郎の成績について、補足説明をする。
小学校時代、太郎は——
テスト前に特別な勉強をしたことが、ほとんどない。
授業を聞いていれば、わかる。
教科書を読めば、入る。
一度見たものは、だいたい忘れない。
本人はそれが「普通」だと思っていた。
周りから見ると、全然普通ではなかった。
特に歴史は——授業が始まる前から、すでに教科書の内容を知っていることが多かった。
家に歴史好きの父がいて、歴史の本が山積みで、気づけば読んでいた。
そういう環境で育った太郎にとって、歴史の授業は「復習」に近い。
そして今、家には——
世界史と日本史のリアル当事者が、六人住んでいる。
「ナポレオンさん、今日も数学教えてもらえますか」
「フン。持ってこい」
テスト範囲の問題集を出す。
ナポレオンがぱらぱらとめくった。
「……これは全部解けるか?」
「七割くらいは」
「残り三割を今日やる。明日は完璧にしろ」
「わかりました」
ナポレオンが問題を指差す。
「この二次方程式——まだ習っていないが、解き方を知っているか」
「中学一年の範囲じゃないですよ」
「知っているかと聞いた」
「……解けます、一応」
「ならば解いてみせろ」
太郎が解いた。
「……正解だ」
ナポレオンが、少し考える顔をした。
「太郎」
「なんですか」
「お前は——頭がいいな」
「そんなことは」
「事実を言っている。褒めているのではなく、観察した結果だ」
太郎が黙った。
「頭の良さは武器だ。使い方を間違えるな」
「……テストの話ですよね?」
「テストだけの話ではない」
ナポレオンがスマホを置いて、珍しく太郎をまっすぐ見た。
「武器は、振り回すより、構えているだけで効く場合がある。わかるか」
「……少し」
「まあいい。続けろ」
◆ テスト三日前。夕食後。
信玄が緑茶を飲みながら太郎に聞いた。
「太郎、理科は大丈夫か」
「たぶん」
「たぶん、ではなく」
「……大丈夫です」
「根拠は」
「授業で全部理解してるので」
信玄が太郎をじっと見た。
「……お前は、授業中に何をしている」
「聞いてます」
「それだけか」
「それだけです」
信玄が少し黙った。
「……俺が若いころ、軍師に言われた言葉がある」
「なんですか」
「『戦の前に勝つ者は、戦う前にすでに勝っている』」
太郎がぽかんとした。
「……どういう意味ですか」
「準備が完璧な者は、本番で慌てない。お前が授業中に理解するのは——準備を戦場でやっているようなものだ」
「……褒めてるんですか?」
「観察した結果だ」
「ナポレオンさんと同じこと言いますね」
「……フン」
信玄が珍しく、少し照れたような顔をした。
◆ テスト二日前。夜。
クレオパトラが太郎の部屋のドアをノックした。
「太郎、入るわよ」
「どうぞ」
クレオパトラが入ってきた。手に本を持っている。
「英語の教科書、見せて」
「え?なんでですか」
「チェックするわ」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫かどうかは、わたしが判断する」
太郎は仕方なく教科書を渡した。
クレオパトラがぱらぱらとめくる。
「……あなた、英語の発音記号を全部読めるの?」
「だいたい」
「文法は?」
「範囲は全部」
クレオパトラが教科書を閉じた。
「太郎、あなた何ヶ国語できるの」
「日本語だけですよ」
「英語は?」
「読み書きはまあまあ」
クレオパトラが少し考えた。
「わたしは九ヶ国語を話せたわ」
「知ってます、歴史で」
「言語は武器よ。多いほどいい」
「中学英語の話をしてるんですけど」
「将来の話をしているの。中学英語は通過点に過ぎない」
クレオパトラが太郎をじっと見た。
「太郎、あなたは賢いわ」
「……そんなことは」
「謙遜しなくていい。事実を認識することは、戦略の基本よ」
「みんな同じこと言いますね、事実とか観察とか」
クレオパトラが少し笑った。
「賢い人間は、事実から目を背けないから。それだけよ」
「……クレオパトラさんは、なんで俺のことそんなに見てるんですか」
「あなたが面白いから」
「面白い?」
「賢いのに、それを隠す。なぜかしら」
太郎が黙った。
「……目立つのが好きじゃないので」
クレオパトラが頷いた。
「わかった。でも——」
「でも?」
「目立つことと、実力を持つことは別よ。実力は持ちなさい。いつか必要になるから」
太郎は何も言えなかった。
クレオパトラが部屋を出ていった。
【ナレーション】
テスト前日。
太郎は結局、特別な勉強を何もしなかった。
強いて言えば——毎日のナポレオンとの数学の時間が「テスト勉強」に近かった。
あとは夕食後に信玄と理科の話をして、クレオパトラに英語を少し確認して、謙信に歴史の話を聞いて——
「聞いて」というより「謙信の語りが授業になっていた」のだが——
それだけだ。
◆ テスト前日の夜。謙信が太郎の部屋に来た。
「太郎」
「謙信さん、どうしたんですか」
謙信が座った。珍しく少し遠慮がちに。
「……明日は歴史のテストか」
「社会ですね。歴史分野があります」
「……何か、聞きたいことはあるか」
太郎は少し考えた。
「……じゃあ、川中島の戦い。あれって、実際どうだったんですか」
謙信が、少し目を細めた。
「……教科書には何と書いてある」
「武田と上杉が五回戦って、決着がつかなかった、と」
「そうだ」
「どうして決着がつかなかったんですか」
謙信が少し黙った。
「……信玄が強かったからだ」
「謙信さんから見て?」
「そうだ」
「素直ですね」
「事実だ。信玄は——強かった。俺も負けなかった。それだけのことだ」
太郎が少し考えた。
「謙信さんって、信玄さんのこと、嫌いじゃないですよね」
謙信が黙った。
少し間があった。
「……今は同じ屋根の下にいる」
「それは答えになってないですよ」
「……なってる」
謙信が立ち上がった。
「テストで川中島が出たら——第四次を書け。一番激しかった」
「覚えておきます」
「義のある答案を書け」
「答案に義はあるんですか」
「ある」
謙信が部屋を出た。
太郎は少し笑った。
◆ テスト当日。
朝、太郎がリビングに降りてきた。
全員がいつも通りだった。
信玄が朝食を作っている。
ナポレオンがゲームをしている。
謙信が瞑想している。
秀吉が「今日の太郎殿の健闘を祈る!」と言っている。
信長がゲームを太郎に渡した。
「……緊張したらゲームしろ」
「テスト中にはできないですよ」
「前に、だ」
「……ありがとうございます」
クレオパトラが一言だけ言った。
「実力通りにやりなさい」
「はい」
家を出る直前。
父が玄関で言った。
「太郎、テスト頑張れよ」
「うん」
「まあ、お前のことだから大丈夫だろうけど」
「父さんは知ってたの、俺が勉強しなくてもできること」
父が少し笑った。
「お前が小三のとき、歴史の本を一晩で読んで翌日全部話してくれただろ。その時から知ってた」
太郎が少し驚いた。
「……言ったことなかったじゃないですか」
「言う必要なかったから」
父がぽんと太郎の肩を叩いた。
「自分の武器は、自分で使えばいい」
太郎は玄関を出た。
【ナレーション】
テスト、一日目。
国語・数学・英語。
太郎は淡々と解いた。
難しい問題は、ほぼなかった。
数学の最後の問題が少し手こずったが——ナポレオンの顔が浮かんだ。
「この式をこう変形して……」
解けた。
英語の長文は、クレオパトラが「言語は武器」と言っていたのを思い出した。
すらすら読めた。
テスト二日目。
理科・社会。
理科は信玄と話した内容が、そのまま出た。
社会の歴史分野——
川中島の戦いが出た。
太郎は、謙信の言葉を思い出した。
「第四次を書け。一番激しかった」
迷わず書いた。
◆ テスト終了日・下校。
「佐藤、どうだった?」
木村が隣を歩きながら聞いた。
「まあまあ」
「数学難しくなかった?最後の問題」
「少し手こずったけど」
「俺、全然わかんなかった。佐藤って数学できるの?」
「……普通かな」
「英語は?」
「……まあまあ」
「歴史は?」
「……好きだから」
木村が少し笑った。
「全部できてる気がするんだけど」
「そんなことないよ」
「謙遜するなよ」
クレオパトラと同じことを言われた。
太郎は少し笑った。
「……木村は?」
「俺は数学が死にたい」
「それは困ったね」
「教えてくれよ」
「……いいよ、今度」
「マジか。助かる」
木村が笑った。
悪くなかった。
◆ 帰宅。佐藤家・リビング。
「太郎殿!!テストどうじゃった!!」
秀吉が玄関まで飛んできた。
「まあまあです」
「まあまあってどのくらいじゃ!」
「全部解けたので、たぶん大丈夫です」
秀吉が固まった。
「……全部?」
「全部」
「五教科全部?」
「全部」
秀吉がゆっくりと振り返った。
「……みんな!太郎殿が全部解けたと言っておる!!」
リビングから顔が出た。
「そうか」と信玄。
「フン。当然だ」とナポレオン。
「……そうか」と謙信。
「言ったとおりだろ」と信長。
「ちゃんと報告しなさい」とクレオパトラ。
父が夕飯前にビールを開けた。
「よしよし」
「父さん、まだ結果出てないし」
「結果より過程だよ」
「どっちも大事ですけど」
さくらが太郎に抱きついた。
「お兄ちゃんすごーい!!」
「まだ結果出てないって」
「でもすごい!!」
「……ありがとう」
【ナレーション】
そして——約一週間後。
テストの結果が返ってきた。
◆ 結果発表日。教室。
田村先生がホームルームで言った。
「えー、今回の中間テストの結果を返します。学年平均は——国語六十八点、数学六十一点、英語六十五点、理科六十三点、社会七十点でした」
プリントが配られる。
太郎のプリントが手元に来た。
国語——九十四点。
数学——九十七点。
英語——九十二点。
理科——九十六点。
社会——百点。
合計——四百七十九点。
太郎はそれを見て、少し息を吐いた。
社会が百点なのは——謙信が「第四次を書け」と言ったから、そのまま書いたら記述問題の配点が高かったのだ。
田村先生が続けた。
「今回、学年で一番点数が高かった生徒を発表します」
太郎が微妙な顔をした。
「一年二組、佐藤太郎くん。四百七十九点です」
教室がざわめいた。
「えー!」
「すご!」
「四百七十九って何それ!」
木村が隣で目を丸くした。
「佐藤……まあまあって言ってたじゃないか」
「……まあまあです」
「まあまあじゃないだろ!!」
田村先生が太郎を見た。
「佐藤くん、すごいね。テスト前、何か特別な勉強したの?」
太郎は少し考えた。
「……家で、いろんな人に教えてもらいました」
「塾?」
「……いや、居候の人たちに」
「居候……」
田村先生が、入学式と参観日のことを思い出したようだった。
「……あの方々が教えてくれたの?」
「まあ、そんな感じです」
「そうか……それはすごい先生たちだね」
太郎は何も言わなかった。
まあ、世界史と日本史の当事者ですからね。
もちろん、口には出さない。
【ナレーション】
帰り道、木村が言った。
「佐藤、次のテストも一位取る気か?」
「別に一位を目指してるわけじゃないけど」
「でも取るだろ」
「……取るかも」
「俺に数学教えてくれよ、本当に」
「いいよ」
「あと、なんか——お前の家、面白そうだよな」
太郎が少し笑った。
「面白くはないですよ」
「でも居候の人たちが勉強教えてくれるんだろ。どんな人たちなの」
太郎は少し考えた。
「……いろんな人です」
「いろんな、ね」
「うん」
「一回会ってみたい気もするな」
太郎はその言葉に、少し黙った。
木村を家に連れて行く。
そうなったら——何が起きるか、想像がつかない。
秀吉がLINE交換を求める。
謙信が義について語り始める。
ナポレオンが戦略を語る。
信長が無言で威圧する。
信玄がほうとうを出す。
クレオパトラが政治の話をする。
「……いつかね」
「なんで渋るんだ」
「心の準備があるので」
「誰の?」
「……全員の」
木村が笑った。
「なんじゃそりゃ」
◆ 帰宅。佐藤家・リビング。
「ただいま」
「おかえり!結果は!?」
秀吉が飛んでくる。
太郎がプリントを出した。
秀吉がそれを見た。
「……四百七十九点!!」
「そんなに大声で言わなくていいですよ」
「学年一位!!太郎殿が学年一位じゃ!!」
リビング中に響き渡った。
信玄がそっとプリントを見た。
「……理科、九十六点か」
「惜しかったですね」
「どこを間違えた」
「電流の計算で……」
「次は百点にしろ」
「はい」
ナポレオンがプリントを奪い取った。
「数学、九十七点。三点落としたな」
「あの問題は——」
「俺が教えた問題に似ていたはずだ。どこで間違えた」
「えっと……符号を……」
「凡ミスだ。次は許さない」
「厳しい!!」
謙信がプリントの社会を見た。
「……百点か」
「謙信さんのおかげです」
謙信が少し黙った。
「……第四次を書いたか」
「書きました。記述の配点が高かったので、ほぼそこで点が来ました」
謙信がゆっくりと頷いた。
「……そうか」
それだけだった。
でも謙信の目が、少し、柔らかかった。
信長がプリントを一瞥した。
「……国語、九十四点か」
「国語は難しいですよね、記述が」
「……俺が教えてやれることは少なかったが」
「信長さんから学んだことは、たくさんありましたよ」
信長が太郎を見た。
「……何を」
「簡単に諦めないこと、ですかね」
信長が少し黙った。
「……それは俺から学ぶことではなく、お前の中にあったものだ」
「……そうですか」
「そうだ」
信長がゲームを手に取った。
「……よくやった」
三文字。
でも太郎には、それで十分だった。
クレオパトラがプリントを最後に見た。
「英語、九十二点ね」
「記述が難しくて……」
「次は九十五点以上」
「目標高くないですか」
「あなたならできる。それが事実よ」
クレオパトラがプリントを返した。
「太郎」
「なんですか」
「実力を持つことと、それを誰かのために使うことは——両立できる。覚えておきなさい」
「……どういう意味ですか」
「木村くんに数学を教えてあげなさいということよ」
「なんで知ってるんですか!」
「顔に書いてあった」
「書いてない!!」
クレオパトラが微笑んだ。
「書いてたわ」
さくらが太郎に抱きついた。
「お兄ちゃん、すごーい!!一番だって!!」
「ありがとう」
「わたしも一番取る!!」
「頑張れ」
「信長に教えてもらう!!」
「うむ」
信長が即答した。
太郎は信長を見た。
「信長さん、さくらの勉強も見てるんですね」
「……何か問題があるか」
「ないですけど」
「ならいい」
「……さくるに甘いですよね、信長さん」
「甘くない」
「甘いですよ」
「うるさい」
信長の耳が、少し赤かった。
夕食。
信玄が珍しく赤飯を炊いていた。
「信玄さん、また赤飯ですか」
「祝い事だ」
「前も炊いてくれましたよね、入学式のとき」
「祝い事には赤飯だ。これは変わらない」
「……ありがとうございます」
全員で夕食を食べた。
ナポレオンが食べながら言った。
「太郎、次は五教科全部百点にしろ」
「高すぎる目標ですよ」
「高い目標がなければ、人間は成長しない」
「ナポレオンさんの名言ですか」
「俺の持論だ」
秀吉が「じゃろじゃろ!」と同意した。
謙信が「義のある目標を持て」と言った。
信玄が「無理はするな」と言った。
クレオパトラが「でもできるわよ」と言った。
信長が「フン」と言った。
さくらが「お兄ちゃん頑張れ!」と言った。
父が「まあ、お前のペースでな」と言った。
【ナレーション】
佐藤太郎、中学一年生、初の中間テスト——
学年一位。
本人は「まあまあ」と言っている。
教えた六人は、それぞれの方法で満足している。
ナポレオンは「俺の指導の賜物」と思っている。
信玄は「準備の勝利」と思っている。
謙信は「義のある答案だった」と思っている。
秀吉は「太郎殿の努力の結果」と思っている。
信長は「当然の結果」と思っている。
クレオパトラは「実力通り」と思っている。
全員が正しく、全員が少しずれている。
太郎が一位を取った本当の理由は——
毎日、本物の歴史を生きた人たちと話して、本物の数学者に習って、本物の言語使いに英語を見てもらって——
気づいたら、普通の中学のテストが「簡単」に見えていたからだ。
太郎本人は、まだそれに気づいていない。
気づくのは——もう少し先の話だ。
その夜。
布団の中で太郎は思った。
木村に数学を教えてあげよう。
それだけだった。
でもその「それだけ」が——
クレオパトラが言っていた「実力を誰かのために使う」ということだと——
薄々わかっていた。
口には出さないけれど。
第六話・了
次回もお楽しみに




