第五話「参観日、校長が秀吉に落ちた日」
引き継ぎお楽しみください
【ナレーション】
参観日というものは、保護者にとって子供の成長を確認する大切な機会である。
子供にとっては、親に学校生活を見せる緊張の一日でもある。
佐藤太郎にとっては——
「来るな」という命令が、なぜ届かないのか」を考える哲学的な一日になった。
◆ 前日夜。佐藤家・リビング。
「明日、参観日なんですけど」
太郎が静かに宣言した。
全員がぴくっと反応した。
太郎はその反応を見て、すでに嫌な予感がしていた。
「絶対に来ないでください」
「なぜだ」
謙信が即座に聞いた。
「目立つからです。全員が」
「我らの何が目立つ」
「全部です。全員が全部目立ちます」
秀吉が手を上げた。
「拙者、この前の入学式では静かにしておったぞ」
「してなかったです!!立って手を振ってたじゃないですか!!」
「あれは挨拶じゃ」
「参観日でそれをやられたら俺の中学生活が終わります」
「大げさな」
「大げさじゃない!!」
太郎は全員の顔を順番に見た。
信玄——落ち着いた顔で茶を飲んでいる。来なさそう。
謙信——腕を組んでいる。来そう。
秀吉——目がきらきらしている。絶対来る。
ナポレオン——スマホを見ている。来なさそう。
クレオパトラ——本を読んでいる。来なさそう。
信長——目を閉じている。来なさそう。
「……信玄さん、謙信さん以外は来ない感じですか」
信玄が頷いた。
「俺は留守番する。飯を作っておいてやる」
「ありがとうございます!!信玄さん大好きです!!」
「大げさだ」
謙信が静かに言った。
「……太郎。我は行く」
「謙信さん……なんで」
「義のある授業を、この目で確認したい」
「義のある授業って何ですか」
「行けばわかる」
「行かなくていいです」
「行く」
「……わかりました、謙信さんだけなら……まあ……」
その瞬間。
「さくら、明日参観日じゃって!」
秀吉がさくらに耳打ちした。
さくらが目を輝かせた。
「いくいく!!」
「拙者も行くぞ!」
「「秀吉!!さくら!!」」
太郎は信長の方を見た。
信長は目を閉じたまま、微動だにしない。
「……信長さんは来ませんよね」
「……」
「来ませんよね?」
「……来ない」
「よかった」
「さくらが行くなら——」
「来るじゃないですか!!」
信長が目を開けた。
「さくらの学校での様子が気になる」
「それはさくらの参観日じゃなくて俺のです!!」
「……太郎の様子も、まあ——」
「まあ、じゃない!!」
ナポレオンがスマホから目を離さずに言った。
「俺はゲームがある。行かない」
「ありがとうナポレオンさん!!」
「ただし——授業の内容を帰ってから報告しろ。分析してやる」
「しなくていいです」
クレオパトラがページをめくりながら言った。
「わたしは行かないわ。でも——」
「でも?」
「何かあったら報告しなさい。政治的対処をしてあげる」
「参観日に政治的対処は——まあ、いいです、来ないなら」
太郎は深呼吸した。
「まとめると——謙信さん、秀吉さん、さくら、信長さんが来る。ナポレオンさん、クレオパトラさん、信玄さんは来ない」
「左様!」
「……そうだ」
「うん!」
「……来ない、とは言っていない」
信長が言った。
「来るって言ったじゃないですか!!」
「だから来る」
「それが問題なんです!!」
【ナレーション】
交渉、決裂。
翌朝——
太郎は胃薬を飲んでから家を出た。
人生で初めて胃薬のお世話になった。中学一年生にして。
◆ 参観日当日。午前十時。市立第三中学校・正門前。
保護者たちが続々と学校に入っていく。
お母さんたち、お父さんたち。
スーツの人、カジュアルな人。
ごく普通の参観日の風景だ。
その中に——
和服姿でにこにこしている小柄な男。
長身で腕を組んでいる武将風の男。
小学生の女の子の手を引いた、無言の男。
という三名(+さくら)が混じっていた。
受付のお母さんが固まった。
「あ……先日の入学式の……」
「おお!覚えておってくれたか!豊臣じゃ!よろしゅうに!!」
「は、はあ……」
謙信が静かに一礼した。
「上杉だ。よろしく頼む」
「お、織田です」
信長が最低限の自己紹介をした。
さくらが元気よく言った。
「わたし佐藤さくら!お兄ちゃんのクラスを見に来たの!」
「あ、そうなんですね、かわいい……」
受付のお母さんが、さくらのかわいさに一瞬全部吹っ飛んでいた。
◆ 一年二組教室。
授業が始まる前、太郎は廊下からそっと保護者席を確認した。
謙信が最後列の端に座っていた。
背が高いので最後列でも異様に目立つ。
秀吉が前から三列目に陣取っていた。すでに隣のお母さんと会話している。
信長が窓際の席に座っていた。腕を組んで、無言で前を見ている。
さくらがその隣で足をぶらぶらさせていた。
「……最悪だ」
太郎がぼそっと言った。
隣に木村が来た。
「佐藤、あの人たちまた来てんの?」
「……ちょっといろいろあって」
「あの背の高い人、迫力すごいな」
「謙信さん……まあ、悪い人じゃないんだけど」
「謙信さん?」
「……親戚みたいな人で」
「ふーん」
木村はそれ以上聞かなかった。本当にいい奴だと思う。
◆ 一時間目・国語。
田村先生が入ってきた。
保護者席をちらと見て——一瞬固まったが——プロとして平静を保った。
「えー、では授業を始めます。今日は詩の鑑賞です」
黒板に詩が書かれた。
「春の海 ひねもすのたり のたりかな」
「これは与謝蕪村の俳句です。春の穏やかな海の情景を——」
その瞬間。
保護者席の最後列から、低い声が聞こえた。
「……春の海か」
謙信だ。
周りのお母さんたちがそっと振り返った。
謙信は目を閉じて、何か噛み締めるような顔をしていた。
「……越後の海に似ている」
独り言だ。本人は静かに言ったつもりだろう。
しかし体育館並みに通る声なので、教室全体に聞こえた。
田村先生が少し動揺した。
「え、あ、そ、そうですね。では生徒の皆さん——」
謙信が目を開けた。
「先生」
「は、はい!?」
「この句の『のたり』は、海の波のゆるやかさを表している。そのゆるやかさに——義を感じる」
「ぎ……義?」
「自然の義だ。逆らわず、ただそこにある。人もかくあるべきだ」
教室が静まり返った。
田村先生が、少し感動した顔をした。
「……そ、そうですね。深い解釈です」
太郎が机に突っ伏した。
謙信さんが授業に参加してる……
【ナレーション】
これが序章に過ぎなかった。
田村先生が続ける。
「では、この俳句からどんな情景を思い浮かべますか?生徒の皆さん——」
保護者席の前から三列目。
秀吉が小さく手を上げた。
太郎の背筋が凍った。
田村先生が気づいた。
「あ……保護者の方ですが……」
「よろしいか!」
「え、あ、はあ……」
「拙者、春の海と言えば、瀬戸内を思い出す!穏やかで美しい!太郎殿の情緒の豊かさは、きっとこういう詩から育まれるものと確信する!」
「太郎殿……佐藤くんのお父様ですか?」
「居候じゃ!」
「い、居候……」
クラス中が太郎を見た。
太郎は顔を上げられなかった。
机の木目を、三分間数えた。
◆ 二時間目・数学。
数学の先生は、五十代のベテランの先生だった。
名前は吉田先生。厳しいことで有名らしいが、教え方は丁寧だと評判だ。
「では、方程式の基本から入ります」
黒板に式が書かれた。
「2x + 4 = 10」
「xを求めてください」
しばらくして。
保護者席の窓際から。
「フン」
という鼻息が聞こえた。
信長だ。
吉田先生が聞こえないふりをした。
「では4を右辺に移項して——」
「フン」
また聞こえた。
吉田先生がちらと保護者席を見た。
「……何か?」
信長が腕を組んだまま言った。
「……簡単すぎる」
「は?」
「太郎には物足りないだろう」
「あの、お子さんは——佐藤くんですか?」
「俺は居候だ」
「居、居候……」
「もっと難しい問題を出せ。太郎の能力はこの程度ではない」
吉田先生が少し硬直した。
しかし五十代のベテランは、伊達じゃなかった。
「……では佐藤くん、少し難しい問題をやってみるか?」
太郎が顔を上げた。
「え、あ……はい」
「黒板に出てきなさい」
太郎は仕方なく黒板に出た。
問題が書かれた。
「3(x-2) = 2x + 1」
太郎は解いた。
「x = 7」
「……正解」
吉田先生が少し驚いた顔をした。
保護者席で、信長がわずかに頷いた。
さくらが「すごーい!」と手を叩いた。
太郎は恥ずかしいような、少し誇らしいような、複雑な気持ちで席に戻った。
ナポレオンに昨夜教わっておいてよかった……
【ナレーション】
参観日の午前中が、こうして過ぎた。
そして——昼休みに、事件が起きた。
◆ 昼休み。校長室前の廊下。
保護者たちが廊下で歓談している時間。
秀吉は——当然のように、知らないお母さんたちと話していた。
「田中さんのお子さんは何組ですか!拙者の太郎殿と同じ二組なら、ぜひ仲良くしてやってくだされ!」
「あら、豊臣さん、お名前ユニークですね」
「じゃろ!拙者の家は代々豊臣でしてな!」
「そうなんですか!」
お母さんたちが、なんか楽しそうにしている。
秀吉のコミュ力が、保護者の間でフル回転していた。
そのとき。
廊下の奥から、一人の人物が歩いてきた。
六十代。白髪。背筋がしゃんとしている。
校長先生だ。
参観日なので、校長も廊下で保護者に挨拶をしている。
「本日はお越しいただきありがとうございます。校長の山田と申します」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
順番に挨拶をしながら進んでくる校長。
そして——秀吉の前に立った。
「本日はお越しいただき——」
秀吉が、ぱっと顔を輝かせた。
「おお!校長殿!!お会いできて光栄じゃ!!豊臣秀吉と申す!!以後お見知りおきを!!」
校長が少し固まった。
「と、豊臣……さん」
「左様!太郎殿——佐藤太郎の居候でございます!」
「居候……」
「この学校、素晴らしいですな!門構えから校舎まで、実に立派!人が育つ場所というのは、こういうものでなくてはならない!拙者、感動しております!」
校長の目が、少し動いた。
「……そう言っていただけると、ありがたいですな」
「本当のことを言っただけじゃ!ところで校長殿、この学校を作ったのはいつ頃で?」
「え?あ、創立は昭和三十二年で——」
「ほう!六十年以上の歴史!拙者、歴史ある場所が好きでしてな!」
「そうですか、実はわたしも——この学校の歴史を調べることが趣味で——」
「なんと!!それは話が合いそうじゃ!!」
【ナレーション】
ここから十五分、秀吉と校長は——廊下で歓談した。
校長の話を聞いていた太郎は、三回ため息をついた。
「創立当時は生徒が二百人もいなかったそうで」
「ほう!それが今では何人に?」
「四百五十人ほどに」
「倍以上!素晴らしい成長じゃ!まるで拙者が仕えた——いや、まるで組織の発展とはかくあるべきという見本のような!」
「は、はは……豊臣さん、面白いですな」
「拙者、面白いと言われることは最高の褒め言葉と思うております!」
校長が声を出して笑った。
太郎は校長先生が声を出して笑うのを初めて見た。
謙信がその様子を壁際から静かに見ていた。
太郎がそっと近づいた。
「謙信さん」
「……秀吉は昔から人たらしだった」
「知ってましたか」
「知っていた」
「止めなくていいんですか」
「……問題はない」
謙信が腕を組んだ。
「校長殿は悪い人物ではない。目を見ればわかる」
「そういう問題じゃなくて……」
秀吉と校長の会話は、続く。
「校長殿はこの学校に何年おられる?」
「もう十二年になりますな」
「十二年!それは愛がある!愛のない者は長く続かない!」
「……そうですな。この学校が好きなんですよ」
「それが一番じゃ!拙者も好きな場所には骨を埋める覚悟で臨んでおった!」
「骨を……は、はは、豊臣さんは随分情熱的な方ですな」
「情熱なくして何が人生じゃ!校長殿も同じお気持ちでしょう!」
校長が、少し遠い目をした。
「……そうですな。最近、少し疲れていたんですが——そう言ってもらえると、励みになります」
秀吉の顔が、ふっと真剣になった。
「校長殿」
「は、はい」
「疲れは当然じゃ。四百五十人の子供たちと、その親御さんたちと、先生方を束ねておるのだから。でも——」
秀吉がにっこり笑った。
「疲れを感じるということは、それだけ本気でやっておる証じゃ。本気でない者は疲れない」
校長が、しばらく黙った。
「……豊臣さん、良いことを言いますな」
「拙者の信条でございます!」
【ナレーション】
校長は、この日初めて会った豊臣秀吉という居候に——
完全に落ちた。
「ところで豊臣さん、連絡先を交換しませんか。学校のことで何かご意見があれば——」
「喜んで!!」
秀吉がスマホを取り出した。
太郎がその瞬間を見て、口を開けた。
「……校長先生が自分から連絡先交換してる……」
謙信が静かに言った。
「秀吉の本領発揮だ」
「校長先生ですよ!?生徒の居候と連絡先交換する校長ってどういうことですか!?」
「問題ない」
「問題しかない!!」
◆ 昼休み・後半。廊下。
連絡先を交換した秀吉は、そのままの勢いで廊下を歩いた。
「あ、豊臣さん!先ほどは入学式でお会いした——」
「おお!田中殿!お久しぶりじゃ!LINE交換しましょう!!」
「あ、はい!」
「佐藤さんのとこの居候の方ですよね?わたし鈴木と言います!」
「鈴木殿!お子さんのクラスは!?……二組!同じじゃ!よろしくお願いします!LINE交換しましょう!!」
「豊臣さん、うちの旦那も歴史好きで——」
「なんと!!旦那殿とも交換しましょう!!」
【ナレーション】
秀吉が昼休みの間に連絡先を交換した人数——
十七名。
保護者十四名、先生二名、校長一名。
一時間足らずで。
太郎がぼーっとその様子を見ていると、木村が隣に来た。
「佐藤、あの人すごいな。社交お化けじゃん」
「……本当にそれだけが取り柄なんですよ」
「失礼だろ、それだけって」
太郎は少し考えた。
「……まあ、それだけじゃないけど」
木村が「そっか」と笑った。
◆ 午後。参観授業・社会。
午後の参観授業は社会だった。
担当は中堅の西田先生。
「今日は歴史の単元、戦国時代に入ります」
太郎が固まった。
戦国時代。
今、保護者席に戦国武将が三人いる。
西田先生が教科書を開いた。
「まず織田信長について——」
保護者席の窓際が、ぴくっと動いた。
「——信長は尾張の小大名から身を起こし、桶狭間の戦いで今川義元を討ち取ることで——」
「フン」
信長の鼻息が聞こえた。
西田先生がちらっと見た。
「——その後、室町幕府を滅ぼし——」
「フン」
「——比叡山の焼き討ちを——」
「フン」
西田先生が止まった。
「……あの、保護者の方、何か?」
信長が腕を組んだまま言った。
「……事実と若干異なる部分がある」
「はあ?」
「本能寺の件は——俺の油断だ。教科書には『明智光秀の謀反』とあるが、背後関係については諸説ある。生徒には幅広く教えるべきではないか」
西田先生が固まった。
「……お名前は?」
「……織田だ」
「お、織田さん……歴史に詳しいんですか?」
「まあ——当事者だ」
「か、かとうしゃ……?」
信長がちらと太郎を見た。
太郎は「なんでもないです」という顔をして前を向いた。
心の中では土下座していた。
西田先生が次のページに進んだ。
「——そして豊臣秀吉が天下統一を——」
「おお!拙者!!」
秀吉が元気よく手を上げた。
「豊臣さん!?」
「西田先生、天下統一の詳細について補足してもよいか!?」
「あ、えっと……ど、どうぞ」
「秀吉——つまり拙者は、決して武力だけで天下を取ったのではない!人の心を動かしたのじゃ!敵も味方も、話せばわかる!それが拙者の信条!だからこそ子供たちにも——」
「秀吉さん!!」
太郎が振り返って小声で叫んだ。
「な、なんじゃ太郎殿」
「座ってください!!」
「まだ言い足りない——」
「座ってください!!!」
クラスが爆笑した。
西田先生も笑いをこらえていた。
さくらが「秀吉おかしい!」と笑っていた。
【ナレーション】
さらにその後——
武田信玄のページになったとき。
最後列で、謙信の眉が動いた。
「……信玄」
ひとことだけ、呟いた。
それだけだった。
しかしその一言に、なぜか教室の空気が少し変わった。
西田先生が後で「授業中、なぜか背筋が伸びた瞬間があった」と職員室で言ったという。
◆ 参観日終了後・昇降口。
「お疲れさまでした」
保護者たちが帰っていく中、太郎は秀吉たちと合流した。
「太郎殿!今日は楽しかったぞ!!」
「楽しかったのは秀吉さんだけです!!」
「謙信殿も楽しそうだったぞ」
「俺は——楽しいというより、実りがあった」
謙信が静かに言った。
「何が実りだったんですか」
「田村先生の授業は丁寧だった。太郎が良い教師に巡り合ったことを確認できた」
「……それはありがとうございます」
信長がさくらの手を引きながら、前を歩いていた。
「信長さん、何か言うことないんですか」
信長が振り返らずに言った。
「……吉田先生は良い目をしていた」
「数学の先生ですね」
「……ああ。生徒をよく見ている目だ」
太郎は少し驚いた。
信長が先生の目を見ていたとは思っていなかった。
「……信長さん、人を見るの、得意ですね」
「当然だ。人を見る目がなければ、天下は取れない」
「中学校の先生の話ですよ」
「同じことだ」
そのとき。
校長が昇降口まで見送りに来た。
「豊臣さん!」
「校長殿!!」
二人が握手した。
「今日はありがとうございました。また——いろいろお話ししましょう」
「もちろんじゃ!!LINEはいつでも!!」
「は、ははは……」
校長が太郎に気づいて、にこっと笑った。
「佐藤くん、良い居候さんたちだね」
太郎は何も言えなかった。
「……まあ」
「にぎやかな家庭は良いものだよ」
校長が、少し遠い目をしながら言った。
「わたしも、若いころそういう家に住みたかった」
「……そうですか」
「勉強、頑張りなさい」
「はい」
【ナレーション】
帰り道。
秀吉がスマホを見ながら、にこにこしていた。
「今日だけでLINEが二十三件増えた」
「どこで増やしたんですか!?」
「下駄箱で三人、廊下で十七人、帰り道で三人じゃ!」
「帰り道でも増やしてたんですか!!」
「ご近所さんとすれ違ったのじゃ。ついでに交換した」
「ついでって!!」
謙信が静かに言った。
「……秀吉」
「なんじゃ謙信」
「今日、校長に言った言葉——疲れは本気の証——あれは、誰かから聞いたのか」
秀吉が少し考えた。
「いや?拙者の言葉じゃが……なんか変だったか?」
「……いや、良い言葉だった」
秀吉がにかっと笑った。
「謙信に褒められるのは珍しいのう!」
「勘違いするな。事実を言っただけだ」
「素直じゃのう!!」
「うるさい」
信長がぽつりと言った。
「……秀吉」
「なんじゃ信長様」
「今日の授業で——俺のことを、当事者と言いかけたな」
「……ああ、まあ、つい」
「……次は言うな」
「わかっておる!でも歴史の授業で本人がおるのに黙っているのは難しゅうて——」
「黙れ」
「はーい」
太郎は全員の横顔を見ながら歩いた。
今日一日——正直、いろんな意味でひどかった。
授業は二回止まったし。
秀吉は授業中に立つし。
謙信は廊下の空気を変えるし。
信長は先生に文句つけるし。
校長は秀吉とLINE交換するし。
でも——
木村が帰り際に言った言葉を思い出した。
「佐藤んち、なんか面白そうだな」
太郎は「面白くなくていい」と答えた。
でも、木村は笑っていた。
悪い笑顔じゃなかった。
◆ 夕方・佐藤家リビング。
「おかえり!飯できてるぞ」
信玄が台所から顔を出した。
「ただいま。今日どうだった?」
「平和だった」
「いいな……」
「何かあったか」
「いろいろ」
「そうか」
信玄が、ことさら聞かなかった。
ナポレオンがスマホから目を離して聞いた。
「報告しろ、太郎」
「数学の問題、一個当てられて黒板で解きました。合ってました」
「フン。昨夜教えた甲斐があった」
「ありがとうございます」
クレオパトラが本を置いた。
「社会の授業は?」
「戦国時代のところで——いろいろありました」
「いろいろ、ね」
クレオパトラが少し笑った。
「想像できるわ」
「想像したくなかったですけど、現実になりました」
秀吉がどかっとソファに座った。
「校長殿、いい人じゃったな」
「そうですね」
「今度、学校のイベントの相談に乗ってくれって言われた」
「え!?」
「文化祭の企画について、意見が欲しいと」
「なんで居候が文化祭に意見するんですか!!」
「校長殿が頼んだんじゃ。断れぬ」
「断ってください!!」
謙信が静かにお茶を飲んだ。
「……秀吉、やりすぎるなよ」
「わかっておる。でも——少し楽しみじゃ」
謙信が、ため息をついた。
でもそのため息は、呆れだけではなかった。
信長がさくらの宿題を見ていた。
「信長、これどうやってやるの?」
「……見せろ」
算数の宿題だ。
信長がじっと問題を見た。
「……ここをこうする」
「うん」
「次にこう」
「わかった!」
さくらがノートに書き始めた。
太郎はその光景を見ながら、思った。
信長、完全にさくらの家庭教師になってる。
口には出さない。
絶対に否定するから。
【ナレーション】
佐藤太郎の参観日は、こうして終わった。
後日、校長と秀吉のLINEのやりとりが始まった。
最初は学校のことだった。
次第に世間話になった。
一週間後、校長から秀吉に「近所に美味しいそば屋を見つけた」というメッセージが届いた。
秀吉は「行きましょう!!」と即返信した。
こうして、歴史上の天下人と地方の中学校校長による、謎の友情が始まった。
太郎は報告を聞いて、胃薬を二錠飲んだ。
第五話・了
次回もお楽しみに




