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うちに歴史の偉人が住み着いた  作者: 膝栗毛


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3/11

第三話「初めてのHR、そして家に帰ったらカオスだった」

引き継ぎお楽しみください

【ナレーション】

中学校生活、二日目。

入学式の翌日、最初のホームルーム——通称「HR」が行われる。

担任の先生との顔合わせ、クラスメートとの自己紹介、係決め。

普通の中学生にとっては、少し緊張する、でも楽しみな時間だ。

佐藤太郎にとっても、それは同じだった。

家を出るまでは。


◆ 午前七時。佐藤家・リビング。


「太郎」

朝食のほうとうを食べていた太郎に、クレオパトラが声をかけた。

今日も朝から完璧な美しさである。朝七時に何故そんなに完成しているのか、太郎には理解できない。

「今日のHRで、係を決めるでしょう?」

「……なんで知ってるんですか」

「あなたの学校のしおりを読んだわ」

「なんで読んでるんですか!!」

クレオパトラは気にせず続ける。

「図書委員か学級委員をとるべきね。情報と権力、どちらを先に持つかという問題だけど——」

「中学の係決めに政治を持ち込まないでください」

「すべては政治よ、太郎」

「朝からやめてください」


信玄が箸を置いて、落ち着いた声で言う。

「太郎、今日は無理せんでいい。最初は周りをよく見ることだ」

「……信玄さん、それは普通にいいアドバイスですね」

「当たり前だ。戦でも最初は地形を読む」

「戦じゃないですけど、まあ……ありがとうございます」

信玄がうんと頷く。この人だけは、たまに本当にまともなことを言う。太郎の中で信玄の株が定期的に上がるのはそのためだ。


「太郎殿!」

秀吉が台所から顔を出した。なぜかエプロンをしている。信玄の料理を手伝っていたらしい。

「今日のクラスの子たちの名前、全員覚えて帰ってくるのだぞ!人脈は財産じゃ!」

「三十五人いるんですけど」

「初日で覚えられれば、一生忘れぬぞ!拙者、草履取り時代に信長様の家臣の名を三日で全員覚えた!」

「それはすごいけど、俺には俺のペースが——」

「名前を覚えられた者は必ず心を開く!これ真理!」

「……まあ、それはそうかも」

「じゃろ!」

秀吉がにかっと笑う。

太郎はため息をつきながらも、心のどこかにメモした。


ナポレオンはソファでスマホを握りしめたまま、ちらと太郎を見た。

「太郎、授業でわからないことがあれば戻ってから教えてやる」

「ナポレオンさん、何が得意なんですか」

「数学。地理。戦略論」

「戦略論は科目にないですよ」

「いずれ必要になる」

「中学では……まあ、数学はありがとうございます」

ナポレオンが満足そうに頷いた。

ランキングは現在全国一位に返り咲いている。昨夜三時まで起きていたらしい。


謙信が、すっと太郎の前に何かを差し出した。

ローソンのポンタカード。

「……持っていけ」

「なんで学校にポイントカードが必要なんですか」

「お守りだ」

「お守りじゃない!!」

「義のカードだ」

「ポイントカードに義はない!!」


信長は朝から無言でゲームコントローラーを握っていた。

太郎が「行ってきます」と言おうとしたとき——

「……太郎」

「なんですか」

信長は画面を見たまま、ぼそりと言った。

「……自己紹介、大きい声で言え」

「……なんでわかるんですか、緊張してるの」

「顔に出てる」

太郎は少し驚いた。

「……はい」

「以上だ。行け」

太郎は玄関に向かった。

靴を履いていると、さくらが二階から駆け下りてきた。まだパジャマだ。

「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」

「ありがとう。さくらも学校頑張れよ」

「うん!帰ってきたらゲームしよ!」

「いいよ」

太郎は玄関を出た。

春の空気が、顔に当たった。


【ナレーション】

午前八時十五分。

佐藤太郎は、普通に学校へ向かった。

家の中では信長が引き続きゲームをしており、謙信が瞑想を始め、秀吉が信玄に料理を教わろうとして断られ、ナポレオンがランキング防衛戦に入り、クレオパトラが何か読書をしていた。

平和な朝である。

この時点では。


◆ 午前八時四十分。市立第三中学校・一年二組教室。


教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。

太郎は自分の席——出席番号順に割り振られた席、窓際の真ん中あたり——に座った。

隣の席の男子が話しかけてきた。

「おはよ。昨日入学式で隣だった。佐藤くん?」

「あ、うん。佐藤太郎。よろしく」

「俺、木村健太。よろしく。昨日の……あの、保護者席の人たち、親戚?」

太郎の笑顔が、一瞬固まった。

「……まあ、そんな感じ」

「なんか、すごい人たちだったよね。特に背の高い人」

「……ちょっといろいろあって」

「へえ」

木村はそれ以上聞かなかった。

太郎は内心で感謝した。これが友達になれるかもしれない最初の人物だ。変に思われたくない。


やがて、担任の先生が入ってきた。

三十代くらいの男性。眼鏡で、少し気の弱そうな顔をしているが、目は優しそうだ。

「えー、皆さんおはようございます。一年二組の担任になりました、田村です。よろしくお願いします」

先生は黒板に「田村 誠」と書いた。

「今日は初めてのHRということで、まず自己紹介をしてもらって、その後係を決めたいと思います。では出席番号順に、名前と、一言何か——好きなことでも趣味でもいいので——話してください」


出席番号一番の生徒から始まった。

「青木花。好きなことは料理です」

「石田翔太。サッカーやってます」

「岩本美里。読書が好きです」

……

順番が近づくにつれて、太郎の心拍数が少し上がってくる。

信長の声が、頭の中でよみがえった。

「自己紹介、大きい声で言え」

太郎は小さく息を吸った。

「佐藤太郎です。歴史が好きです。よろしくお願いします」

大きい声、出た。

田村先生が少し嬉しそうに言った。

「おお、歴史好き!先生も歴史好きなんですよ。いいね」

クラスの何人かが太郎を見た。

悪い視線ではなかった。


【ナレーション】

自己紹介は無事終わった。

続いて係決めが始まった。

クレオパトラのアドバイスを思い出した太郎は、少し考えてから——

図書委員に手を挙げた。

本が好きだし、図書室に理由ができれば一人になれる時間も作れる。

戦略、というほどでもないが、まあ悪くない選択だ。

クレオパトラには報告しない。絶対に「そうでしょう」と言われるから。


HRが終わったのは午前十時ごろ。

その後は各教科のオリエンテーションが続き、気づけばあっという間に昼になっていた。

木村と一緒に購買のパンを買いに行った。

廊下ですれ違った女子グループに「昨日の入学式の保護者席の背が高い人、お父さんの知り合い?」と聞かれた。

太郎は「ちょっと特殊な親戚みたいなもんで……」と答えた。

「なんか強そうだったよね」

「まあ……強いです、確かに」

太郎は苦笑いした。

謙信が強くないわけがない。


◆ 午後三時。下校。


木村と校門まで一緒に歩いた。

「明日もよろしくな、佐藤」

「うん、よろしく」

悪くなかった。

最初の一日目よりずっと普通に、中学校が始まった気がした。

太郎は帰り道を歩きながら、少し気分が軽くなっているのに気づいた。

家の近所まで来たとき。

何かが聞こえた。


ドーン!!!!


「……え?」


ドーン!!ドドーン!!!!


太郎の家の方向から、何かが——爆発しているわけではないが、明らかに尋常ではない音がしていた。

走った。

玄関を開けた。


◆ 午後三時二十分。佐藤家・リビング。


「我の戦術を見よ!!」

「フン!その程度の策、読めている!」

「なんと……!ではこれは!?」

「甘い!!」

リビングのテレビの前に、ナポレオンと信長が並んで座り、熾烈な戦いを繰り広げていた。

スマホゲームの対戦モードである。

「な、なんの音だったんですか今のは!?」

太郎が叫ぶ。

秀吉がひょいと顔を出した。

「ああ、太郎殿おかえり!謙信殿が怒ったんじゃ!」

「謙信さんが!?何で!?」

謙信が、仁王立ちでリビングの隅に立っていた。

腕を組んで、明らかに不機嫌だ。

「……あの二人が、また朝から争いを始めた」

「ゲームで?」

「ゲームで」

謙信の声が、微妙に低い。

「我は昼に『少し静かにせよ』と言った。だが聞かなかった」

「それで?」

「……拳で机を叩いた」

「それがさっきの音!!机壊れてない!?」

「壊れておらん。叩き加減はわきまえている」

「わきまえないでほしい前に静かにしてほしい!!」


【ナレーション】

状況を整理しよう。

今日の午前中——太郎が学校に行っている間に、佐藤家では何が起きていたのか。

時系列で説明する。


午前九時。

ナポレオンがゲームの対戦相手を求め、信長に声をかけた。

「信長、対戦しろ」

「……面白そうだな」

こうして、フランス皇帝と尾張の大うつけによる、世紀の一戦が始まった。


午前十時。

信玄が止めに入った。

「二人とも、そのあたりにせよ」

「黙れ信玄、今いいところだ」

「フン、邪魔するな」

信玄は深いため息をついて台所に引き上げた。


午前十一時。

秀吉が「拙者も混ぜてくれ」と参入。

三つ巴になった。

秀吉は開始五分で負け、「これは戦場ではなく外交じゃ!」と言い訳しながら撤退。


午後十二時。

信玄が昼食を作った。

ナポレオンと信長は食事中も「さっきの局面は」「貴様の策は読めていた」と議論を続け、信玄が「飯の間は黙れ」と言った。

二人は黙った。

信玄だけは全員が従う。なぜかはわからない。たぶん飯がうまいからだ。


午後一時。

再び対戦が始まった。

クレオパトラが読書しながら言った。

「二人とも、少し声が大きいわよ」

「申し訳ない、クレオパトラ殿」

ナポレオンはすぐ謝った。クレオパトラには頭が上がらないらしい。

しかし五分後にはまた大声になっていた。


午後二時。

謙信が瞑想から戻ってきた。

「……うるさい」

「謙信、貴様には関係ない」

「義のある空間に騒音は不要だ」

「義とゲームは関係ない!!」

謙信と信長の言い合いが始まった。


午後三時。

謙信の拳が、テーブルに落ちた。

ドーン。

全員が静止した。


◆ 現在に戻る。


太郎がリビングを見渡す。

ナポレオンと信長がゲームを持ったまま固まっている。

謙信が腕を組んで立っている。

秀吉が「まあまあ」という顔をしている。

信玄が台所で何か切っている。

クレオパトラがワインを飲みながら本を読んでいる。

さくらはまだ学校から帰っていない。

太郎は深呼吸した。

「……信長さん、ナポレオンさん。昼間、どのくらい対戦してたんですか」

「……朝から」

「六時間!?」

「白熱していた」

「六時間白熱するな!!」

「太郎、この対戦は歴史的意義がある」

ナポレオンが真顔で言った。

「ゲームに歴史的意義はない!!」

「現代の戦術を学べる」

「学ばなくていいです!!」

謙信が静かに言う。

「太郎。我はただ、静かな昼を求めていた」

「ですよね……謙信さんが正しいですよ、今回は」

謙信が、わずかに表情を緩めた。

「……お帰り、太郎」

「……ただいまです」


そこへ、玄関が開いた。

「ただいまー!!」

さくらが元気よく帰ってきた。ランドセルを廊下に放り出して、リビングに飛び込んでくる。

「信長ー!今日ね、クラスの子にゲーム教えてって言われた!」

「ほう」

「信長が教えてくれたやつ!友達になった!」

「……そうか」

信長の目が、少し柔らかくなった。

太郎はそれを見て、思った。

こいつ(信長)、さくらには弱いな。

口には出さない。言ったら絶対否定されるから。


「太郎殿!学校どうじゃった!?」

秀吉が前のめりで聞いてくる。

「普通だったよ。友達になれそうな人もいたし」

「名前は覚えたか!?」

「……木村健太、とりあえず一人」

「一人じゃ!!まだ三十四人おるぞ!!」

「初日にコンプリートしなくていいですよ!」

クレオパトラが本から目を上げた。

「図書委員になったのね」

「……なんで知ってるんですか」

「しおりに書いてあったから。候補として推測していたわ」

「……正解です、一応」

クレオパトラが微かに微笑んだ。

「そうでしょう」

言われた。やっぱり言われた。


信玄が台所から顔を出した。

「太郎、腹は減ったか」

「減った」

「おやつを出す。少し待て」

「……ありがとうございます、信玄さん」

ナポレオンがスマホを置いて、ちらと太郎を見た。

「数学、わからないところはあったか」

「今日はオリエンテーションだったからまだ——でも、あとで教えてください」

「フン。それくらい朝飯前だ」

「お願いします」

謙信が、すっと太郎の前にポンタカードを差し出した。

「これは返す」

「朝渡されたやつじゃないですか。持ってかなかったよ」

「……今日の義は果たされた。だから返す」

「意味わかんないです」

「いずれわかる」


【ナレーション】

佐藤太郎、中学校二日目、終了。

学校では——木村健太という友達の候補ができた。図書委員になった。自己紹介で大きい声が出た。

家では——ナポレオンと信長が六時間ゲームで対戦し、謙信がテーブルを拳で叩き、信玄が黙らせ、秀吉が仲裁に失敗し、クレオパトラが静観していた。

どちらが「日常」なのかは、もはやわからない。

おそらく両方が、太郎の日常だ。


◆ 夕食後・太郎の部屋。


ナポレオンに数学を教わりながら、太郎はふと思った。

「ナポレオンさん、教えるの上手ですね」

「当然だ。軍を動かすには、全員が理解せねばならない。わかりやすく伝えるのは指揮官の基本だ」

「……なるほど」

「太郎、この問題を解け」

「はい」

太郎は問題を解いた。

間違えた。

「違う。ここをよく見ろ」

「……あ、そうか」

「わかったか」

「わかった」

「フン。覚えが早い」

ナポレオンが、珍しくほんの少しだけ、満足そうな顔をした。

太郎は問題を解きながら、思った。

この人、教師に向いてるな。

もちろん、口には出さない。

調子に乗るから。


夜十時。

全員がそれぞれの場所にいる。

信長は部屋でゲーム。謙信は瞑想。秀吉は父と晩酌。信玄は読書。ナポレオンはランキング防衛。クレオパトラは……何をしているのか、よくわからない。

太郎は布団に入って、天井を見た。

今日一日を思い返す。

自己紹介、うまくいった。

木村、いい奴そう。

図書委員、まあいいか。

家では謙信がテーブル叩いてたけど。

信玄のおやつがうまかった。

ナポレオンの数学、わかりやすかった。

悪くない。

悪くない一日だった。

太郎は目を閉じた。


【ナレーション】

春の夜。

佐藤家の電気が、一つ、また一つと消えていく。

最後まで電気がついていたのは——ナポレオンの部屋だった。

ランキング一位の防衛は、終わらない。

それはまた別の話である。


第三話・了

次回もお楽しみに

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