第二話「入学式、保護者席に天下人がいた」
引き継ぎお楽しみください
【ナレーション】
入学式というものは、人生の節目である。
新しい制服、新しい教室、新しい友達。
すべてが新鮮で、すべてが眩しい、青春の第一ページ。
佐藤太郎は今日、そのページを——
できれば普通に——
めくりたかった。
◆ 午前九時十五分。市立第三中学校・正門前。
桜並木が美しい。空は快晴。保護者たちが続々と学校へ向かっている。
太郎はバッグを抱えて、正門をくぐろうとした。
その瞬間。
「太郎殿———!!!」
聞き覚えのある声が、桜並木に響き渡った。
太郎の足が止まる。
止まりたくなかったが、止まった。
振り返ると——
正門の脇に、満面の笑みで手を振っている小柄な男がいた。
豊臣秀吉。
なぜか、ちゃんとした和服姿である。よそ行き仕様だ。
隣では、長身の男が腕を組んで桜を見上げていた。
上杉謙信。
その謙信の肩に、なぜかさくらが乗っている。
「お兄ちゃーん!」
「なんで来てんの!!全員!!」
太郎は声を荒げた。周りの保護者たちがちらちらとこちらを見る。恥ずかしい。非常に恥ずかしい。
秀吉が小走りで駆け寄ってくる。
「決まっておろう!太郎殿の晴れ舞台じゃ!拙者、朝から楽しみで楽しみで!」
「来なくていいって言いましたよね!?」
「言ったが——来た」
「開き直るな!!」
謙信がさくらを肩から下ろしながら、静かに言う。
「太郎。我らは保護者席に座るだけだ。迷惑はかけぬ」
「謙信さんが一番目立つんですよ!背が高すぎて!」
「……それは生まれつきだ。義に反することではない」
「そういう話じゃない!!」
【ナレーション】
ここで状況を整理しよう。
本来、今日の入学式に来る予定の保護者は——父・健一、一名のみだった。
父は仕事で来られないと言っていたはずだが、何があったのか。
太郎は恐る恐る聞いた。
「……父さんは?」
秀吉がにこにこしながら答えた。
「健一殿は仕事の都合がつかず。代わりに拙者たちが参った次第!」
「代わりって……保護者じゃないじゃないですか!!」
「なに、細かいことよ」
「細かくない!!」
そのとき。
「……遅い」
低い声。
太郎はゆっくりと振り返った。
正門の柱にもたれかかり、腕を組んでいる男——
織田信長。
「信長さん!?なんで!?」
「……さくらが行くと言ったから」
「ついてきたの!?」
「……文句あるか」
「あります!!」
さくらが信長の袖を引っ張る。
「信長、行こ!」
「……うむ」
信長は何事もなかったようにさくらと並んで歩き始めた。
太郎は頭を抱えた。
「天下人が妹についてきてる……」
【ナレーション】
なお、ナポレオンと信玄とクレオパトラは家に残っている。
ナポレオンはゲームランキングを守るため。
信玄は煮込み料理の火加減を守るため。
クレオパトラは「式典の類は政治的判断で出席を決める」とのことで欠席。
つまり今日の入学式の保護者席には——
秀吉・謙信・信長・さくらの四名が乗り込む予定だ。
太郎の胃が、静かに痛み始めた。
◆ 午前九時三十分。体育館前・保護者受付。
受付には、にこやかなPTAのお母さんが二名座っていた。
「お名前をどうぞ〜」
秀吉がすっと前に出た。
「佐藤太郎の保護者、豊臣秀吉と申す!以後お見知りおきを!」
お母さんたちが固まった。
「と、豊臣……さん?」
「左様!」
「……え、えっと、お父様ですか?」
「いや、居候じゃ!」
「い、居候……」
謙信が静かに一礼する。
「上杉謙信。同じく居候だ。よろしく頼む」
「は、はあ……」
信長が無言で受付の前を通り過ぎようとした。
「あの、お名前は——」
「……織田信長」
「お、おだ……の、のぶ……」
お母さんの手が震えている。
名簿には当然「佐藤」の欄しかない。三人の名前はどこにも載っていない。
太郎が慌てて割り込んだ。
「すみません、父が来られなくなって、えっと、親戚みたいな人たちで……あはは……」
「あ、そうなんですね……では、こちらのリストに……」
お母さんが困惑しながらも手書きで名前を書き始めた。
「と、豊臣……秀吉……様」
書きながら、明らかに「え?」という顔をしている。
太郎は視線をそらした。
◆ 午前九時四十五分。体育館・保護者席。
保護者席は体育館の後方、パイプ椅子が整然と並んでいる。
スーツ姿のお父さん、きれいなお母さんたちが静かに座っている。
その中に——
和服姿で目をきらきらさせている秀吉。
直立不動で前を向いている謙信。
腕を組んで不満そうな信長。
信長の隣でポテポテ座っているさくら。
という四名が並んでいた。
完全に浮いている。
しかも謙信は背が高すぎて、後ろの席から「前が見えない」という状況が発生しており、周りのお父さんたちがそっと席をずれていた。
「謙信さん、もう少し縮んでください」
「それは無理だ」
「わかってます……」
やがて、新入生入場が始まった。
在校生、教職員が整列する中、新一年生たちが体育館に入ってくる。
太郎が入場した瞬間——
「太郎殿———!!!こちらじゃ!!!」
秀吉が立ち上がって、大きく手を振った。
体育館中の視線が集まった。
「座ってください!!」
太郎が小声で叫ぶ。顔が真っ赤だ。
「おお、すまぬすまぬ!」
秀吉が照れながら座る。
隣のお母さんが苦笑いしている。
謙信が静かに言った。
「……太郎、堂々としろ。それが義だ」
「今すぐ消えたいんですが」
「消えるな」
「わかってます」
【ナレーション】
ちなみにこのとき、信長は——
前に座っていた保護者のお父さんと、すでに小声で会話をしていた。
お父さん「……あの、失礼ですが、武道でもやってらっしゃるんですか?雰囲気が……」
信長「……弓馬の術は一通り」
お父さん「やっぱり!うちの子も剣道やってて……」
信長「ほう」
お父さん「強くなれますかね」
信長「……鍛え方による。根性があれば何者にでもなれる」
お父さん「いや〜、かっこいいですね!お名前は?」
信長「……織田だ」
お父さん「織田さん!いいお名前ですね!」
【ナレーション】
こうして信長は入学式開始三分で、隣の保護者に気に入られた。
天下人の人たらし能力は、時代を超えても健在だった。
◆ 式典開始。校長の挨拶。
校長が壇上に立ち、厳かに話し始めた。
「皆さん、本日はご入学、誠におめでとうございます。中学三年間は、皆さんの人生において——」
保護者席。
秀吉が隣のお母さんに小声で話しかけていた。
「お子さんはどちらのクラスですかな?」
「え?あ、一年二組で……」
「おお!太郎殿と同じじゃ!これは縁!拙者、豊臣と申す!以後よろしゅうに!」
「は、はあ……わたし、田中と申します……」
「田中殿!いい笑顔じゃ!お子さんもきっとそのお顔に似て明るい子に違いない!」
「あ、ありがとうございます……」
お母さんが、なんか嬉しそうにしている。
【ナレーション】
秀吉のコミュ力は、保護者席においても全開だった。
入学式が終わるころには、周囲五席のお母さんたちと連絡先を交換している予定である。
一方、謙信は——
ずっと、まっすぐ前を見ていた。
校長の話を、一言も漏らさず聞いていた。
やがて、新入生代表の生徒が「誓いの言葉」を読み上げ始めた。
「わたしたちは、正しく、強く、思いやりを持って——」
謙信の目が、かすかに光った。
「……義だ」
小声だったが、隣の太郎にははっきり聞こえた。
太郎は思わず、少し笑った。
◆ 式典終盤。新入生代表挨拶。
壇上に一人の生徒が立った。新入生代表の挨拶だ。
緊張した様子の女の子が、紙を持ちながら読み上げる。
「本日より、わたしたちは——」
そのとき。
体育館の扉が、静かに開いた。
遅刻者だ。全員の視線が向く。
入ってきたのは——スーツ姿の男。
父・健一だった。
「……仕事、早退してきた」
ちゃんと来たのだ。
太郎は何も言えなかった。
健一は保護者席をざっと見回して、子供たちの席に太郎を見つけると、小さく手を上げた。
それだけだった。
太郎も、小さく頷いた。
健一は空いている席を探して——秀吉の隣に座った。
「健一殿!来られたか!」
「お、秀吉いたか。仕事なんとかなったわ」
「それはよかった!太郎殿、元気そうじゃ!」
「しっ、式典中」
「おっと、失礼!」
◆ 式典終了後。体育館ロビー。
保護者たちが出口へ向かう中、太郎は家族と合流した。
「お父さん、来たんだ」
「まあな。入学式くらい来ないとな」
健一がぽりぽりと頭をかく。照れているらしい。
「……ありがとう」
「なんだ急に、気持ち悪い」
「気持ち悪くないし!」
そこへ秀吉がずずいと割り込んでくる。
「太郎殿!田中殿のお子さんと仲良くするのだぞ!拙者、もう根回し済みじゃ!」
「根回しって何を……」
「謙信、どうじゃった?」
謙信が腕を組んで答えた。
「……よい誓いの言葉だった。あの生徒は将来大物になる」
「入学式一回見ただけで何がわかるんですか」
「目でわかる」
信長が無言でさくらの頭を撫でていた。
さくらが「えへへ」と笑っている。
太郎はそれを見て、ため息をついた。
でもそれは——悪い種類のため息では、なかった。
◆ 帰り道・桜並木。
一同が並んで歩く。
スーツの父。和服の秀吉。長身の謙信。無言の信長。ポテポテ歩くさくら。そして太郎。
端から見たら、完全に意味のわからない家族写真だ。
「太郎、中学校どうじゃった?」
秀吉が聞く。
「まだ式だけだから……これから、だよ」
「そうじゃな!これからじゃ!拙者も足軽のころは何もなかった。でも——なんとかなった!」
「なんとかなったというか、天下取ってるじゃないですか」
「細かいことよ!」
謙信が静かに言う。
「太郎。困ったことがあれば言え」
「……謙信さんが力になれることって、あんまりないんですが」
「義の力は万能だ」
「ポイントカードの話しないでくださいよ」
「していない」
信長が前を向いたまま、ぼそりと言った。
「……学校でなめられたら言え」
「誰に言うんですか、あなたに?」
「……何が悪い」
太郎はしばらく黙ってから、
「……ありがとうございます」
と言った。
信長は何も言わなかった。
ただ、桜の花びらが一枚、信長の肩に落ちた。
健一が太郎の隣を歩きながら、小声で言う。
「いい居候たちだろ」
「……まあ」
「それだけ?」
「……まあ、悪くない、かな」
健一がにやりと笑った。
「正直だな」
「父さんが連れ込んだんじゃないですか」
「住めばって言っただけだ」
「それが連れ込みでしょ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
【ナレーション】
佐藤太郎の中学校生活、第一日目。
入学式の保護者席に、歴史上の偉人三名と父と妹が来るという、前代未聞のスタートを切った。
しかし太郎は、その日の夜——
布団の中で少しだけ思った。
……まあ、悪くなかったかな。
もちろん、口には出さない。
出したら秀吉が「おお!それを聞いて嬉しゅうございます!」と大騒ぎするのが目に見えているから。
◆ 同日夜・佐藤家リビング
「太郎、入学式どうだった?」
ナポレオンがゲームをしながら聞いた。ランキングは現在全国二位。
「普通だったよ」
「フン。戦略的に問題はなかったか」
「小学校の入学式じゃないんだから戦略はいらない」
信玄が夕飯を運びながら言う。
「今日は赤飯にした。祝い事だからな」
「……ありがとうございます、信玄さん」
「礼はいらん。食え」
クレオパトラがワインを傾けながら、
「太郎、今日の政治的収穫は?」
「友達はまだいないです」
「そう。まあ、急かすつもりはないけれど——」
クレオパトラは少し微笑んだ。
「あなたなら大丈夫よ」
太郎はなんとなく、その言葉が嬉しかった。
「……お風呂入ってきます」
「ポイントカード、洗濯に出すなよ」
謙信が言った。
「出さない!そもそもなんで俺が管理してるんですか!」
「お前が一番信用できる」
「……それは……まあ……」
太郎は何も言えなくなって、とぼとぼと階段を上った。
【ナレーション】
こうして、佐藤太郎の中学一年生・第一日目が終わった。
明日からは授業が始まる。
もちろん、家では毎日が歴史レベルの騒動である。
それでも——
赤飯は、おいしかった。
第二話・了
次回もお楽しみに




