第一話「入学式の朝、我が家はすでに歴史の教科書だった」
私としては珍しくコメディに全力投球してみました。ぜひ読んでみてください
【ナレーション】
春。桜が咲き、新しい命が芽吹く季節。
日本全国の新中学一年生たちが、希望と緊張を胸に、新たな門出を迎えていた。
佐藤太郎、十二歳。ごく普通の中学生。成績は中の上、身長は中くらい、性格もまあ中くらい。
そんな彼にとって、今日は人生の節目——中学校の入学式である。
しかし。
この男の家庭は、三週間前から、すでに「ごく普通」ではなくなっていた。
◆ 午前七時。佐藤家・リビング。
「……なあ、謙信」
朝のリビングに、男の声が響いた。
畳の上に正座し、目を閉じて瞑想している長身の武将——上杉謙信が、静かに片目を開ける。
「何用か、太郎」
「コンビニのポイントカード、また財布に入れてるだろ。昨日捨てたじゃん」
謙信は、すっと懐から一枚のカードを取り出した。ローソンのポンタカード。
「……義に背くことは、できぬ」
「ポイントカードは義じゃない!!」
【ナレーション】
上杉謙信。戦国時代最強とも名高い越後の龍。義を重んじ、敵にも塩を送ったという伝説の武将。
そんな彼が現在はまっているのが、コンビニのポイント制度である。
「貯めたら何かもらえるのか」ではなく、「これほど公平な仕組みを作った者は義の化身である」という謎の感動から、財布の中が現在ポイントカード八枚になっている。
ドタドタドタ——。
階段を駆け下りる音。
「太郎くーん!ナポレオンさんがまたスマホ充電器独占してる!」
現れたのは妹の佐藤さくら、小学五年生。ピンクのパジャマ姿で、眠そうに目をこすりながらも、その可愛さは朝から全開である。
そしてその後ろから——
「フン。このゲーム、あと一時間で頂点に立てる」
ソファの上で足を組み、スマホを握りしめているのは、ナポレオン・ボナパルト。フランス皇帝。ヨーロッパを席巻した不世出の英雄。現在レベル98。
「ナポレオンさーん!充電貸してよー!」
「戦略的撤退は認めん」
「わかった。じゃあお菓子あげる」
「……交渉成立だ」
太郎は頭を抱えた。
「チョコ一個でヨーロッパの覇者が動くな!!」
【ナレーション】
そもそも、なぜこんなことになったのか。
時は三週間前に遡る。
ある朝、佐藤家の玄関に六人の「来訪者」が現れた。理由は誰にもわからない。気がついたら立っていた。それだけである。
歴史学者が見たら卒倒しそうな顔ぶれが、なぜか埼玉県某市の普通の一軒家の玄関に、ぽかんと立っていた。
そのときの家族の反応がこれである。
◆ 三週間前・フラッシュバック
「……父さん。玄関に武将が六人いるんだけど」
「おお!ホンモノだ!」
太郎の父、佐藤健一、四十二歳。自称歴史オタク。会社員。趣味は歴史小説と居酒屋。
この男は玄関に歴史上の偉人が六人立っていたとき、驚くより先にテンションが上がった。
「信長くんじゃないですか!本物!すごい!写真いいですか!?」
「…………貴様、誰だ」
織田信長が低い声で言った。
「佐藤健一!歴史大好きサラリーマン!信長くんの大ファンです!」
「……ファン?」
「住んでいかない?うち広いよ?」
「「「父さん(お父様)(御主)!!!」」」
太郎・クレオパトラ・謙信が同時に叫んだ。
【ナレーション】
こうして、歴史上の偉人六名が佐藤家に居候することになった。
理由:父のノリが軽すぎたから。
以上である。
◆ 再び現在・午前七時二十分
キッチンから、いい匂いが漂ってくる。
「太郎、飯ができたぞ」
エプロン姿で鍋をかき混ぜているのは、武田信玄。甲斐の虎。戦国最強の騎馬軍団を率いた名将。現在の役職:佐藤家の料理担当。
「今日は何?」
「ほうとうだ」
「朝から?」
「ほうとうはいつ食べてもうまい」
「それはそう」
太郎は素直に席についた。信玄のほうとうは本当においしいのだ。これだけは認める。
「信玄さん、わたしにはお肉多めで!」
さくらがぱっと椅子に飛び乗る。
「わかった。特別だぞ」
「やったー!」
【ナレーション】
武田信玄。生涯無敗とも言われる戦国の巨星。
佐藤家では「落ち着いたお父さん枠」として機能しており、現在の悩みは「南瓜がスーパーに行けば簡単に買えること」と「だしの素という便利すぎる発明品への複雑な感情」である。
「太郎くん、これ着ていく?」
リビングに入ってきたのはクレオパトラ。古代エジプト最後の女王。絶世の美女にして、複数の言語を操る天才政治家。
現在は太郎の制服のネクタイを手に持って、首をかしげていた。
「あ、ありがとうございます……」
太郎は若干赤くなりながらネクタイを受け取る。クレオパトラは本当に綺麗なのだ。朝から直視するのがつらい。
「今日は入学式ね。太郎、この家の政治を任せるわ」
「え?」
「あなたが一番まともだから。わたしは補佐するわ」
「いや、中学一年生に家の政治って……」
「カエサルも若いころは——」
「カエサルの話はしなくていいです!!」
【ナレーション】
クレオパトラ七世。古代エジプト最後のファラオ。カエサルやアントニウスを虜にした伝説の女性。
佐藤家では実質的なボスとして君臨している。本人いわく「政治の空白は悪」。
なお、さくらとは最高に仲がいい。理由は「かわいいもの同士は引き合う」とのことである。
廊下から、どかどかという足音。
「太郎よ!今日は入学式であろう!吉日じゃ!」
現れたのは小柄な男——豊臣秀吉。天下統一を成し遂げた農民出身の天才。現在の肩書き:町内会副会長(就任三日目)。
「秀吉さん、なんで正装してるんですか」
「決まっておろう!大事な日に付き添うためじゃ!」
「来なくていいです」
「なんと薄情な……!拙者、昨日から近所の方々に太郎殿の入学を触れ回っておいたのに!」
「なんでそんなことするんですか!!」
【ナレーション】
豊臣秀吉。足軽から天下人へ。その圧倒的なコミュニケーション能力で時代を動かした男。
佐藤家の近所では「健一さんのとこの陽気な居候」として大人気である。特に町内会のおばちゃんたちに異様に好かれており、先週は一人で夏祭りの企画を通した。
太郎の入学を近所中に知らせたのは余計なお世話だったが、それで近所が温かくなったのも事実だったりする。
最後に、ドカッとソファに座り直したのは——
「今日は何のゲームが来る」
織田信長。尾張の大うつけから天下布武へ。革命的な発想で戦国時代を塗り替えた男。
現在の趣味:ゲーム全般。特にFPS。
「信長さん、入学式だから今日はゲームできませんよ」
「……なに?」
「夜になったらできますから」
「…………わかった。待つ」
太郎は軽く安堵した。信長が「わかった」と言ったのは割と珍しい。
「信長ー、このゲームの敵強すぎてクリアできないー」
さくらがタブレットを持って駆け寄る。
信長はちらと画面を見た。
「……貸せ」
三分後、クリアされていた。
「うわーすごーい!信長天才!」
「フン。当然だ」
信長が、ほんのわずかに口元を緩めた。
太郎はそれを見て、深くため息をついた。
「なんで天下人が妹のゲーム攻略してんだよ……」
◆ 午前八時。玄関。
「行ってきます」
太郎がランドセル——ではなく、新品のスクールバッグを背負って玄関に立つ。
「行ってらっしゃい、太郎」
クレオパトラが微笑む。
「気張れよ、太郎」
信玄が頷く。
「ポイントカード、忘れるなよ」
「謙信さん、それ学校には関係ないです」
「義は日常にある」
「ないない」
「太郎殿!帰りに商店街寄ってくれ!肉まん仕入れておきたい!」
「自分で行ってください秀吉さん」
「ナポレオン、充電ありがとな」
「フン」
「……信長さんは?」
信長は振り向かず、ゲームコントローラーを握りながら言った。
「……行け」
「それだけ?」
「……風邪ひくな」
太郎は思わず笑いそうになるのをこらえた。
「行ってきます」
父・健一が玄関まで出てきて、にやにやしながら言う。
「入学式、楽しんでこい」
「父さんは来ないの?」
「仕事だよ。でもまあ——」
父は玄関の方向に目を向けた。リビングから、料理の音、ゲームの音、謙信の静かな声、秀吉の笑い声、クレオパトラとさくらのやりとりが聞こえてくる。
「お前には最強のサポーターがいるだろ」
太郎は一瞬黙ってから、
「……最強かどうかは微妙だけど」
と言って、玄関を出た。
【ナレーション】
佐藤太郎、中学一年生。
今日から新しい生活が始まる。
毎朝ほうとうを食べて、ナポレオンの充電問題に悩んで、謙信のポイントカードを捨てて、信長の機嫌を取って、秀吉の暴走を止めて、クレオパトラに政治を押し付けられながら。
これが、歴史上最も騒がしい普通の家庭の、普通じゃない日常である。
春の陽光の中、太郎は新しい学校へ向かって歩き出した。
バッグの中には、歴史の教科書。
そこに載っている顔が、全員いまごろ家で何かやらかしていると思うと、
「……はあ」
思わずため息が出た。
でも、なぜか——口元は少し、緩んでいた。
◆ エピローグ・同時刻、佐藤家リビング
「信玄、醤油どこだ」
「棚の右から二番目だ、信長」
「謙信、そこ俺の場所だ」
「義のある者に場所は関係ない」
「ナポレオン、またランキング上がった」
「当然だ」
「クレオパトラさま、さくらとお菓子食べよ!」
「ええ、喜んで」
「みんなー!今日の昼は拙者が近所の定食屋に交渉してきた特別メニューじゃー!」
「「「おお!」」」
健一がコーヒーを飲みながら、にっこり笑う。
「いい家だなあ」
【ナレーション】
太郎が帰ってくるのは、三時間後の予定である。
その間に何が起きるかは——
神のみぞ知る。いや、歴史が知っている。
第一話・了
次回もお楽しみに




