第五十五話:紅蓮
――ガコンッ!!
背後で凄まじい音が響き、私の目の前に分厚い透明な壁が叩き落とされた。
「ニーナ!?」
「ルナイズ! カヤさん!」
咄嗟に剣の柄で力任せに叩きつけるが、キィン!と甲高い音を立てて弾かれるだけで、透明な障壁には傷一つ、ヒビ一つ入らない。
完全な分断。
焦りが心臓を鷲掴みにした、その時だった。
「ニーナ! 背後ですわ!」
障壁の向こうから、ルナイズの緊迫した声が聞こえた。
振り返ると、私の数歩先の床に青白い魔法陣が浮かび上がり、そこから這い出るようにして一体の巨体が姿を現した。
全身を分厚い甲冑で覆い、四本の腕それぞれに巨大な剣を握りしめた、騎士型のゴーレム。
彼女たちの方もただ事ではないはずだ。ここで私がルナイズの足を引っ張るわけにはいかない。
「っ! 大丈夫です、こちらは私がやります! ルナイズはそっちを!!」
叫ぶと同時に、私は盾を構えて前に出た。
騎士型ゴーレムが、無機質な駆動音を鳴らしながら四本の剣を一斉に振り下ろしてくる。
「くっ…!」
斜めに構えた盾で最初の一撃を逸らし、長剣で二撃目を受け流す。
しかし、休む間もなく三撃目、四撃目が襲いかかってきた。
ガァン! ギィィンッ!
重い金属音が石造りの通路に反響する。
(重い…! それに、なんて連撃速度…!)
一撃ごとの質量は、あの街道で遭遇したオーガに匹敵する。それが四本同時に、機械的な正確さで絶え間なく繰り出されるのだ。
防ぐだけで精一杯。反撃の糸口すら見つからない。
ジリ、ジリと、私は後退を余儀なくされる。
盾を持つ左腕が痺れ、呼吸が浅くなる。
敵は私が体勢を立て直す隙を一切与えないように、ただ機械的に前へ前へと距離を詰めてくる。
ガンッ!
強烈な横薙ぎの一撃を盾で受けた瞬間、私の身体は大きく吹き飛ばされ、背中の障壁に激突した。
「かはっ…!」
肺から空気が絞り出される。
ゴーレムは追撃の手を緩めず、四本の剣を頭上高く振りかぶった。
私を障壁ごと唐竹割りにする気だ。
(躱せない…なら!)
私は咄嗟に身を沈め、盾を斜めに突き出した。
直後、四本の剣が私の盾を掠め、その後ろにある透明な障壁に激突した。
――ドゴォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音が響き、火花が散る。
だが、私はその結果から目を離さなかった。
(…傷一つ、ついていない。)
オーガ並みの膂力を持つゴーレムの全力の一撃を受けてなお、ルナイズたちと私を隔てる障壁は、微かな揺らぎすら見せなかった。
(…これなら、いける!)
私のスキル、【爆轟】。
広範囲を無差別に破壊し、味方ごと吹き飛ばしてしまう呪われた力。
だから私は、狭い場所や護衛任務では絶対にこの力を使わないと誓っていた。
けれど、今は違う。
背後にあるのは、絶対に壊れない壁。そしてその向こうにいるルナイズたちには、私の攻撃は絶対に届かない。
前方にいるのは、私を殺そうとするゴーレムだけ。
ガガガッ!とゴーレムが再び剣を振りかぶる。
私は覚悟を決め、長剣の刀身にありったけの魔力を流し込み始めた。
刀身が赤熱し、ジリジリと空気が焦げるような音を立てる。
問題は、敵との距離だ。
私のスキルは、自身の周囲には爆発判定が発生しない。ある程度の距離を離さなければ、敵を爆発の渦に巻き込めないのだ。
(距離を…開ける!)
私はあえて盾を下げ、無防備な胸元を晒した。
ゴーレムの四本の剣が、一斉に私の胴体を狙って突き出される。
その刹那。
「はぁぁぁぁッ!!」
私は前傾姿勢でゴーレムの懐に飛び込み、剣を躱しながら、下からカチ上げるように盾をゴーレムの顎下に叩き込んだ。
シールドバッシュ。
「ガガッ!?」
完全に意表を突かれたゴーレムの巨体が、大きくのけぞり、数メートル後方へたたらを踏む。
(今っ!)
私は後方に飛び退き、障壁に背中を預けた。
これで、私とゴーレムの間に数メートルの空間ができた。
(これなら、あの戦法が使える…!)
かつて一度だけ、試したことがあった。
範囲攻撃であるこのスキルは、障害物がある場合どうなるのか。
木や岩などが存在する程度であれば、爆風はそれを飲み込んで広がるだけだ。
ただし、結界や壁など空間を完全に隔てるものがある場合、壁の向こう側に発生するはずだった爆発の座標が、こちら側の空間で再計算される。
結果として、限られた空間内に爆発が異常な密度で重複し、威力が何倍にも跳ね上がるのだ。
熱く焼けた長剣を、体勢を立て直して再び突進してくるゴーレムへと真っ直ぐに突き出す。
「消し飛びなさい…!」
(――スキル起動、【爆轟】!)
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!!
視界が、極彩色の紅蓮に染まった。
ゴーレムの周囲の空間そのものが、異常な密度で連続して弾け飛んだ。
限られた空間に全ての爆発座標が集中し、幾重にも重なり合う極彩色の紅蓮となって、四腕のゴーレムを飲み込む。
分厚い甲冑が紙切れのようにひしゃげ、四本の剣が溶解して吹き飛んでいく。
当然、その爆発の余波は術者である私にも襲いかかる。
「くぅぅぅっ…!!」
全身を焼くような熱風と、内臓を揺さぶる衝撃。
【爆轟】による耐性が、致命傷だけは防いでくれていた。
やがて、数秒の永遠のような時間が過ぎ、爆炎が収まった。
もうもうと立ち込める土煙の向こう。
そこには、四腕のゴーレムの姿は跡形もなく消え去っていた。
「はぁ…はぁ…っ」
熱気に焼かれた肺が悲鳴を上げ、私はその場に片膝をついた。
全身が痛む。魔力もだいぶ消耗した。
だが、胸の奥には、今まで感じたことのないような確かな達成感があった。
パリンッ!
というガラスの割れるような音が響いた。
「え…?」
振り返ると、あれほど頑丈だった絶対の障壁が、跡形もなく消え去っていた。




