第五十四話:中枢
それからの道中もいくつか防衛機構の迎撃を受けましたが、わたくしたちの敵ではありませんでした。
『《右前方、壁の裏から二体来るぞ!》』
(視えていますわ。術式起動―【白氷ノ矢】!)
通路の角から飛び出してきた二体の自律型石球に対し、わたくしは先手を取って氷の矢を放ちました。
矢は正確に球体の駆動部に命中し、パキキッ!という音と共に動きを凍りつかせます。
そこへ踏み込み、遠心力を乗せたコピシュの一撃でコアごと粉砕。
「背後、任せますわよニーナ!」
「はいっ!」
背後から迫る別の防衛機構には、カヤさんを庇うように立ち塞がったニーナが、鋭い剣閃で的確に弱点を貫き、ただの石の塊へと変えていきます。
わたくしたちは無駄な魔力や体力を消費することなく、遺跡の深部へと順調に歩を進めていきました。
「お見事ですね。お二人がいれば、どんな場所でも安心して歩けそうです。」
カヤさんが後方で優雅に微笑みます。
「油断は禁物ですわ。…魔力濃度が、先ほどとは比べ物にならないほど濃くなってきました。もうすぐ、中枢の『動力部』です。」
やがて、わたくしたちの前に、古代の精緻なレリーフが刻まれた巨大な両開きの石扉が立ちはだかりました。
わたくしとニーナが顔を見合わせ、同時に重い扉を押し開けました。
ズズズ…という重低音と共に開かれた先は、ドーム状の広大な空間でした。
部屋の四隅には太い魔力供給の柱が立ち、中央には、幾重もの金属の輪に囲まれた巨大な青い水晶が浮遊しています。
「これが、この遺跡の動力部…」
わたくしたちが足を踏み入れた、その瞬間でした。
――ガコンッ!!
背後で凄まじい音が響きました。
振り返ると、わたくしとカヤさんが部屋の中央に進んだ直後、天井から分厚い透明な魔力障壁が叩き落とされ、入り口付近にいたニーナと分断されてしまいました。
「ニーナ!?」
「ルナイズ! カヤさん!」
壁の向こうでニーナが叫び、剣の柄で障壁を叩きますが、キィン!と弾かれるだけで傷一つ入りません。
ニーナの背後に、魔力で編み上げられた巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから甲冑を着込んだ四腕の騎士型ゴーレムが姿を現しました。
「ニーナ! 背後ですわ!」
「っ! 大丈夫です、こちらは私がやります! ルナイズはそっちを!!」
ニーナは即座に長剣を構え、騎士型ゴーレムの凶刃を盾で弾き返しました。
激しい剣戟の音が、分厚い障壁越しに響いてきます。
(ニーナなら、やれますわ。)
彼女の腕を信じるしかありません。わたくしが今すべきことは、こちらの脅威を排除し、この防衛機構そのものを停止させることです。
「ルナイズさん、前を!」
カヤさんの緊迫した声に前を向くと、部屋の中央に浮遊していた巨大な水晶が、激しく明滅を始めていました。
[対象:遺跡防衛中枢]
[状態:侵入者殲滅モード]
[特性:古代魔力障壁(物理・魔術攻撃無効)]
[攻撃手段:広域魔力レーザー、床面トラップ]
「侵入者ヲ確認。排除シマス」
無機質な古代語の音声が部屋に響き渡った直後、部屋の壁面に無数の小さな砲台が展開されました。
『《来るぞルナイズ! 回避に専念しろ!》』
「カヤさん、わたくしから離れないで!」
シュォォォォンッ!!
砲台から、青白い魔力のレーザーが雨あられと降り注ぎます。
(術式起動―【魔導盾】)
わたくしはカヤさんを背に庇いながら、極小の盾を連続で展開し、直撃コースのレーザーだけを弾き飛ばします。
しかし、攻撃はそれだけではありませんでした。
「足元もですわ!」
わたくしたちが立っている床の石畳が赤く発光し、数秒のタイムラグの後に爆発的な魔力の炎を噴き上げます。
(術式起動―【空踏】!)
わたくしは空中に風の足場を作り、カヤさんの腰を抱き寄せて跳躍しました。
直後、先ほどまでいた床が炎に包まれます。
「くっ…!」
空中に逃れても、レーザーの追尾は止まりません。
(先生、あの水晶本体を叩く方法は!?)
『《見えんのか! 奴の周囲には防壁が展開されている! あの四隅にある柱だ! あの柱から水晶に魔力が供給されている!》』
四隅の柱から、中央の水晶に向けて太い魔力のラインが繋がっています。
(あの四本の柱を破壊、あるいは停止させれば、バリアは消える…!)
「カヤさん、あの四隅の柱を壊します! 少し振り回しますが、舌を噛まないように!」
「ええ、お任せします!」
わたくしは空中で再び【空踏】を展開し、レーザーの弾幕を掻き潜りながら、一番近い右奥の柱へと肉薄しました。
「まずは一本!」
遠心力を乗せたコピシュの一撃が、柱の魔力回路を物理的に断ち切ります。
バチバチッ!と火花が散り、水晶へ繋がるラインが一つ消えました。
その途端、残る砲台のレーザーの密度が倍増しました。
さらに、床からの炎の噴出もランダムかつ広範囲になります。
「なっ…!?」
先生と共に展開する【魔導盾】が連続でレーザーを弾きますが、魔力の消費が激しすぎます。
このままでは、残りの三本を壊す前にわたくしの魔力が尽きてしまう。
(一気に決めるしか…魔力はほとんどなくなってしまいますが。)
『《死ぬよりマシだ、やるしかあるまい。》』
「カヤさん、すみません。ある程度安全な場所に降ろしますわ。」
「ええ、シズクもいます。私のことはお気になさらず。」
わたくしはカヤさんを安全な場所に降ろすと、全魔力を脚部に集中させました。
(術式起動―【身体強化】、【軽身】!)
体重を消し、爆発的な脚力で床を蹴ります。
床から噴出する炎を紙一重で躱し、迫るレーザーは最小限の【魔導盾】で逸らす。
解析が導き出す完璧な回避ルートを、ただひたすらにトレースし、二、三本目の柱をコピシュで粉砕していきます。
残るは一本。
しかし、管理者は最後の足掻きとばかりに、全ての砲台をわたくし一人にロックオンしました。
「ルナイズさん!」
カヤさんが叫びます。
全方位からの、回避不能なレーザーの飽和攻撃。
(いいえ、視えていますわ…!)
わたくしは、最後の柱の影に滑り込む軌道を予測し、そこに全魔力を込めて跳躍しました。
(術式起動―【空踏】!)
空中で足場を蹴り、強引に軌道を直角に曲げます。
無数のレーザーがわたくしの残像を貫き、背後の壁を焦がしました。
「これで…終わりですわ!」
渾身の力を込めたコピシュが、四本目の柱を両断しました。
ガァンッ!!
その瞬間、中央の水晶を覆っていた魔力障壁が、パリンッ!と音を立てて砕け散りました。
わたくしは最後の力を振り絞って跳躍し、丸裸になった巨大な水晶の頭上を取りました。
剣を上段に構え、コピシュの重みと落下のエネルギーを全て切っ先に集中させます。
「沈みなさいッ!!」
わたくしの一撃が、水晶の中心を深々と貫きました。
ピキ…ピキピキピキッ…!!
水晶に無数の亀裂が走り、眩い光が溢れ出します。
そして、カァンッ!という甲高い音と共に、管理者は完全に光を失い、バラバラに砕け散って床に落下しました。
同時に、部屋中の砲台が沈黙し、不気味に光っていた床の魔法陣もフッと消え去ります。
「はぁ…はぁ…っ」
わたくしはコピシュを杖代わりに床に膝をつき、荒い息を吐きました。魔力はほぼ空っぽです。
「ルナイズさん! お怪我は!?」
カヤさんがシズクと共に駆け寄ってきてくれました。
「ええ…なんとか。カヤさんも、無事ですか?」
「ええ、大丈夫です。」
息を整えながら、わたくしはハッとして振り返りました。
そのとき、部屋を二分していた透明な障壁から凄まじい爆音が聞こえてきました。
「ニーナ…!」
わたくしは、薄暗い入り口の向こう側へと、慌てて声を上げました。




