第五十二話:遺跡
翌朝、軽く朝食を済ませ、わたくしたちは森の奥へと向かいました。
木漏れ日が差し込む穏やかな森は、奥へ進むにつれて少しずつその様相を変えていきます。
木々の幹は太く苔むし、植物が足元を覆い隠すように生い茂っていました。
時折、カヤさんが立ち止まり、周囲の植生を確認したり、手際よく薬草を採集したりしながら、のんびりとした時間が過ぎていきます。
「日も高くなってきましたし、一旦休憩しましょうか。」
前方を歩いていたニーナが振り返り、提案してくれました。
「そうですね。この辺りで一度休みましょう。」
カヤさんも額の汗を軽く拭い、微笑んで頷きます。
わたくしたちは、森の中で少し開けている倒木のある場所で休息を取ることにしました。
「カヤさん、今日はどこまで行かれるのですか?」
わたくしが尋ねると、カヤさんは持参した古い羊皮紙を広げました。
「この先をもう少し行くと、古い遺跡があるんです。今日はそのあたりで採集します。できれば…中にも入りたいのですが、可能でしょうか?」
「遺跡の…中、ですか?」
ニーナが少しだけ眉をひそめました。
「ええ。この森は奥に行くほど魔力濃度が高くなっていますが、その遺跡の内部は特に濃い魔力が溜まっており、そこでしか育たない珍しい薬草があるんです。」
「なるほど…分かりました。ルナイズ、大丈夫ですよね?」
ニーナがわたくしに判断を委ねてきます。
「実際に遺跡を見てみないことにはなんとも言えませんわね。あからさまに崩れそうとか、危険な魔物が巣食っているとかでない限りはいいと思いますわ。」
わたくしがそう答えると、カヤさんはほっとしたように「ありがとうございます。」と微笑みました。
***
休憩を終え、さらに森の奥へ進むこと数十分。
木々が不自然に開けたその場所に、目的の遺跡はありました。
長い年月を経て、半ば森に飲み込まれるようにして佇む石造りの建造物。
蔦が絡まり、至る所が崩れかけてはいますが、かつては壮麗な神殿か何かであったことを思わせる太い円柱が残っています。
(先生、どうですか?)
『《フン。かなり古いな。魔力濃度は確かに高いが、ネモの装置のような人為的な澱みではない。長い年月をかけて自然に溜まったものだ。》』
(【真理解析】)
わたくしは左目に意識を集中させました。
[対象:古代遺跡(詳細不明)]
[状態:著しい経年劣化、崩落の危険(小)]
[魔力濃度:高(自然蓄積)]
[生体反応:小動物、昆虫類のみ。大型魔獣の気配なし]
[特記事項:地下構造の存在を確認。詳細は不明。]
(地下構造もありますわね。)
『《古代の防衛機構の残骸だろう。魔力が枯渇してとうの昔に機能停止しているはずだ。崩落にさえ気をつければ、まあ入る分には問題あるまい。》』
(分かりましたわ。)
わたくしは解析結果を噛み砕き、二人に伝えます。
「ざっと視たところ、大型の魔物などは潜んでいないようですわ。ただ、かなり古い建物ですので、壁や柱にはあまり寄りかからない方がよろしいかと。足元も崩れやすくなっているかもしれません。」
「了解しました。では、私が先頭を歩きます。カヤさんは私のすぐ後ろを。ルナイズは後方警戒をお願いします。」
ニーナが剣の柄に手を当て、慎重に遺跡の入り口へと足を踏み入れました。
内部はひんやりと冷たく、外の熱気が嘘のように澄んだ空気が漂っていました。
天井の崩れた隙間から差し込む光と、壁に群生する淡く光る苔のおかげで、松明がなくても十分に視界が確保できます。
「うわぁ…神秘的ですね。」
ニーナが感嘆の声を漏らしました。
「ええ、本当に。静かで、美しい場所です。」
カヤさんは目を輝かせ、さっそく壁際や石畳の隙間に生えている植物の観察を始めました。
「ありました。これも、探していた薬草の一つです。」
カヤさんは小さなナイフを取り出し、石の隙間から慎重に青白い葉を持つ植物を切り取っていきます。
わたくしは周囲を警戒しながら、壁に刻まれた風化しかけたレリーフや古代文字を眺めていました。
「カヤさん。この遺跡は、元々何のための施設だったのでしょうか?」
「さあ…正確なことは私にも分かりません。ですが構造から推測するに、古代の魔術師たちの工房か、あるいは星を観測するための祭祀場だったのではないかと言われています。」
カヤさんは薬草をポーチに収めながら、優雅に微笑みました。
「私の生まれた時ですら、この遺跡が建てられた時代よりはずっと後になりますからね。」
「なるほど…相当昔のものなのですね。」
わたくしも壁の文字を【真理解析】で解読しようと試みましたが、欠損が激しく、断片的な単語しか読み取れません。
ただ、どこか不自然な魔力の揺らぎを感じるような気がしました。
(…先生。遺跡の機構は、本当に完全に停止していますの?)
『《ん? ああ、中枢の魔力炉のようなものは完全に死んでいる。ただ、遺跡全体に染み付いた魔力が濃すぎるせいで、残骸のような回路がたまにノイズを発することはあるだろうな。》』
そう会話を交わしていた、その時でした。
カヤさんが、部屋の奥にある少し盛り上がった石の台座のような場所に向かって歩き出しました。
「あ、あそこにとても状態の良い『月光草』が…」
カヤさんが、その台座の前の石畳に足を踏み入れた瞬間。
——カコン。
遺跡の奥深く、あるいは地の底から。
何かの重い歯車が噛み合うような、乾いた音が響きました。
「えっ…?」
カヤさんが動きを止めます。
ニーナも即座に反応しました。
「ルナイズ! 今の音は!?」
(っ! 遺跡の機構が!?)
【真理解析】は足元の石畳に張り巡らされた古代の術式が、突如として青白く発光し始めるのを捉えました。
『《ルナイズ、足元だ!!》』
「二人とも、そこから離れて!!」
わたくしが叫んだのと、床の石畳が消失したのは、ほぼ同時でした。
「きゃあっ!?」
「カヤさん!」
足場を失い、カヤさんが悲鳴を上げて暗闇へと落ちていきます。
ニーナは咄嗟にカヤさんの腕を掴もうと手を伸ばしましたが、二人揃って大穴へと落下していきます。
(術式起動——【空踏】!)
わたくしは咄嗟に空中に風の足場を作り、二人を助けようと大穴の上へと飛び込みました。
「ルナイズ!」
ニーナの叫び声が響きます。
「くっ…! 間に合わない…」
『《ルナイズ! 身体強化を使うのはやめろ、さほど高くない! 追いつくのは無理だ!》』
(承知しました! 術式起動——【軽身】!)
わたくしは暗闇の中を落ちていく二人の姿を目で追いながら、冷たい地下の奈落へと真っ逆さまに落ちていきました。




