第五十一話:休息
カヤさんと森から戻ると、設営を終えたニーナが一足先にくつろいでいました。
パチパチと燃える焚き火が、夕闇が迫る周辺を温かく照らしています。
「おかえりなさい、お二人とも。目的の野草はとれましたか?」
ニーナが立ち上がり、声をかけてくれました。
カヤさんは籠の中の青々とした野草を見せながら、柔らかく微笑んで答えます。
「ええ、無事に。素朴な料理になりますが、楽しんでいただければ幸いです。」
カヤさんは手早く籠を置き、水筒と調理器具の準備を始めました。
「このまま料理に取りかかりますが…他に何かお手伝いすることはありますか?」
ニーナが気を利かせて尋ねますが、カヤさんはふわりと首を横に振りました。
「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。こちらはお気になさらず、ゆっくり休んでいてくださいな。」
「分かりました。ルナイズ、どうしますか?」
ニーナに問われ、わたくしは腰のコピシュにそっと手を当てました。
「そう…ですね。念の為、わたくしは少し離れたところで鍛錬しながら警戒に当たりますわ。」
***
わたくしは野営地から少しだけ離れた、しかし全体が見渡せる開けた場所に立ち、コピシュを鞘から引き抜きました。
夕闇の中、重厚な鋼鉄の刃が鈍く光ります。
(ふう…)
小さく息を吐き、ゆっくりと剣を振り下ろしました。
ブンッ、と重たい風切り音が響きます。
「すごい…独特な剣術ですね。見慣れない型ですが、とても理にかなっているように見えます。」
不意に声がして振り返ると、ニーナが感心したような顔でこちらを見ていました。
手持ち無沙汰になって、わたくしの鍛錬を見学しに来たようです。
「お恥ずかしい限りですわ。正規の剣術を学んだわけではないので、見よう見まねの我流ですのよ。」
「それでも、その剣の特性を完全に理解している動きでした。私なら、あの重心の剣をあそこまでスムーズには振れません。」
ニーナの純粋な称賛に、わたくしは少しだけ頬が熱くなるのを感じ、コピシュを鞘に納めました。
「解析スキルなので、特性を読み取ったり、敵の動きを読んでの大ぶりなんかは得意なんですよ。」
『《その分弱点もわかりやすいがな、じっくり戦うスタイルと貴様の魔力量は相性最悪である。》』
(そうなんですよね、その辺りもどうにかしたいところです。)
ニーナは相槌を打ちながら、思い出したように野営地の方を指差します。
「そういえば、ルナイズ。そろそろカヤさんの料理ができそうですよ。」
「承知しました、では、戻りましょうか。」
***
野営地に戻ると、焚き火の上に掛けられた鍋から、ふつふつと湯気が立ち上っていました。
カヤさんが木杓子で鍋をかき混ぜながら、わたくしたちに微笑みかけます。
「ちょうどいいところに戻られましたね。出来上がりましたよ。」
「ありがとうございます、とても良い香りがしますわ。」
わたくしたちが丸太に腰を下ろすと、カヤさんが木製の器に温かい料理を取り分けて手渡してくれました。
「エルフに伝わる、野草と干し肉の煮込みです。お口に合うと良いのですが。」
器を受け取ると、澄んだ黄金色のスープの中に、わたくしたちの持参した保存用の干し肉と、先ほど森で採集した様々な野草がたっぷりと入っていました。
まずはスープを一口、口に運びます。
(…あっ。)
驚きました。ただの塩味のスープではありません。
野草から出た爽やかな風味が、干し肉の獣臭さを完全に消し去り、深い旨味だけを引き出しているのです。
「美味しい…!」
隣でニーナが目を丸くして感嘆の声を上げました。
「干し肉が、こんなに柔らかくなるなんて…それに、このスープ、体にじんわりと染み渡るようです。」
「ふふ、良かったです。今日採った野草の中には、お肉を柔らかくする作用があるものや、疲労回復に効く薬草も混ぜてあるんです。長旅の疲れを癒やすには最適ですよ。」
カヤさんは自身の器を手に持ち、嬉しそうに目を細めました。
「本当に素晴らしいお味ですわ。森の恵みとカヤさんの知識が合わさった、最高の料理です。」
わたくしも心からの賛辞を贈りながら、スプーンを進めます。
『《ぬう…エルフの薬膳料理か。匂いだけでもその質の高さが分かる。》』
(ふふ、わたくしが先生の分までしっかりと味わっておきますわ。)
食事の最中、パチパチとはぜる焚き火の音を背景に、自然と会話が弾みました。
「カヤさんは、よくこうしてご自分で料理をされるのですか?」
ニーナが尋ねると、カヤさんは静かに頷きました。
「ええ。エルフは森の恵みをいただくことを大切にしていますから。それに、長い時間を生きていると、色々な知識が身について、それを試すのが楽しくなるんです。」
カヤさんの視線が、焚き火の炎の向こうで揺れます。
「お二人は、まだお若いのですね。こうして旅をしていると、色々な困難があるでしょう?」
「困難…そうですね。でも、ルナイズが一緒ですから、心強いです。」
ニーナがわたくしを見て力強く言ってくれました。
「わたくしは、ただ世界を見て回りたいだけですわ。正直なところ明確な目的があるわけではありません。」
わたくしがそう答えると、カヤさんは優しく笑いました。
「ふふ…本当に、お二人は見ていて心地よいですね。」
カヤさんは温かいお茶を注ぎながら、わたくしたちを慈しむような目で見つめます。
「若く、力強く、そして真っ直ぐに前を向いている。長い時間を停滞して生きる私たちエルフから見ると、貴女たちのような存在は、とても眩しく映ります。」
その言葉には、昼間の森で感じたのと同じ、深い達観と少しの寂しさが混ざっているように聞こえました。
「わたくしたちは、ただ今を必死に生きているだけですわ。…ですが、そう言っていただけるのは光栄です。」
わたくしがティーカップを受け取りながら応えると、カヤさんは短く頷き、夜空を見上げました。
「今日は、とても良い夜ですね。」
木々の間から覗く星空は澄み渡り、わたくしたちを祝福してくれているようでした。




